2-2 犬吠埼灯台
千葉県銚子市、犬吠埼。
日本最東端に位置する岬は、昼間は港町だが夜になれば犬吠埼灯台に光が灯り、絶景の天体観測スポットへと変わる。
西洋風の真っ白な灯台は高さ32メートルのレンガ造り。犬吠埼灯台博物館も隣接しており、肉の重要文化財にも指定されている。
日本一早い日の出としても有名で元旦には多くの人で賑わうらしい。
僕ら天文部の生徒は朝八時に千葉駅で集合し、JR総武本線の電車に乗る。早朝という事もあってか、電車は比較的空いており銚子に近づくにつれ乗客は減り、いつの間にか僕ら天文部の生徒だけの貸し切り状態となっていた。
千葉駅を出発して約二時間で銚子駅に到着、そこから地元の銚子電鉄に乗り変える事になる。
銚子電鉄の駅のホームで僕らは電車を待つ、僕以外は終始期待に胸を膨らませ、実に楽しそうに談笑していた。
肝心の僕は、他人のカウントダウンを目撃し気分が落ち込んでいた。何故こんな日に他人の寿命をみなければならないのか。
最悪な事にこの銚子電鉄の男性駅員の寿命が明日までだと言う事を知った時だった。男性駅員のカウントダウンは『10:45』、残り12時間足らず。一泊二日の合宿観測なので、明日僕らが帰る頃には男性は亡くなっている計算になる。
最低だ。
男性駅員は僕らを笑顔で見送ってくれた、どうして彼が亡くならなければならないのだ。彼が何をした。神様、本当に貴方は残酷なのですね。
「織部……くん?」
銚子駅のホームで僕はベンチに座り落ち込んでいた。そんな時、沢口先輩が僕に話しかけて来た。
「先輩……」
「どうしたの? 何か……辛そうな顔している……気分でも悪いの……?」
まずい、そんな顔だったのか。楽しい合宿観測を僕のせいで台無しにするわけにはいかない。僕は無理矢理笑顔を作り沢口先輩に答える。
「あ、えっと……電車に酔ってしまったみたいで。あはは」
「そ、そうなの……?」
沢口先輩が僕の前にまで来て、その場にしゃがみ込む。そしてベンチに座り込んでいた僕の顔を覗き込んだ。
「大丈夫……?」
丁度、先輩が前かがみになり襟首から先輩の胸元がチラリと見える。
ヤバい、この角度はまずいです先輩。ピンク色の下着がチラチラと視界に入る。
落ち込んでいるのに、そんなサービスショット。元気にならない訳がないじゃないですか。
「だ、だいじゅおぶです!」
僕は少し噛んだ。慌てて先輩の胸元から視線を逸らす。これ以上はまずいです。僕のカウントダウンが早まってしまうではないですか。
「お茶飲む?」
先輩が鞄から飲みかけのペットボトルを僕に差し出す。僕は目の前に差し出されたペットボトルを凝視する。残りは半分。もしこれを僕が受け取って飲んだら、これは間接キスというやつじゃないですか。
「ほ、ほんと大丈夫ですから!」
僕は我慢出来ず立ち上がる。先輩、僕を骨抜きにする気ですか。
「そう。無理しないでね」
先輩はそういうとペットボトルを鞄にしまい何かに気づいた。
「あ、電車来たよ。行こ?」
今日の先輩はセミロングの黒髪をお団子にピンク色のシュシュでまとめていた。白のパーカーに薄手のチェック柄のロングシャツ、黒のタイツに黒のブーツ。
なんて可愛らしい恰好なのだろうか。
「おい、沢口。電車来たぞ」
佐藤先輩がまた先輩に声をかけた。またかあの人。千葉駅で集合してからというもの、二年生の集団に混じり何かと先輩に話しかけている。
「ん? 何だ織部。何ジロジロ見てる」
僕は佐藤先輩をこれっぽっちも興味は無い。けれど、沢口先輩に何かをするなら話は別だ。僕は足元に置いていた鞄を持ち上げ、沢口先輩の後を追い並ぶように電車へ乗り込んだ。
後ろから『ちっ』という舌打ちが聞こえたのは言うまでもない。
そして銚子駅から銚子電鉄で約20分。目的地である犬吠駅へ到着。
そこから佐々木先生の実家である民宿『ささき』まで歩いてまた10分程。僕らは佐々木先生のご両親に挨拶を済ませ部屋に着く。
部屋は一年生と二年生の二階の五人部屋。幸い佐藤先輩は三年生なので一緒の部屋ではない。一旦部屋で休憩を取った後、僕ら生徒は民宿にある大広間に集合し、昼食を頂いた。
さすが銚子港が近いと言う事もあり、刺身の盛り合わせやアラ汁など実に豪勢な昼食だった。
そしてそのまま大広間、今日のスケジュールを確認するため、簡単なミーティングを開いた。久坂部長が進行と説明を行う。
今日はこれから歩いて犬吠埼灯台と灯台博物館を観光し、一度民宿へ戻り早めの夕食の後、夜間の天体観測を行う。
「今日の予定は以上だ、質問はあるかな?」
各自、首を振ったり沈黙でそれを返す。観光には興味は無いが灯台となると話は別だ。国の重要文化財をみられるなんてなかなかあるものじゃない。本当は夜間に行ってみたいものだが、僕らはまだ高校生。そこは我慢するしかない。
そして僕らは歩いて15分程で犬吠埼灯台へ行った。
僕の目に飛び込んできたのはやはり高く聳えた『犬吠埼灯台』、思っていたよりも巨大で周囲を岩礁で囲まれている為か、太平洋から来る風がとても強く感じられた。
白塗りのレンガでそれは建っており、建設は明治5年。実に150年近くここに建っている計算になる。
世界の灯台百選にも選ばれる程で、その聳え立つ姿は歴史の重みを感じさせた。
中に入ると九十九里浜にちなんで設計されたと言う九十九の螺旋階段を上り展望台へとたどり着く。そして広がる太平洋の海。これでワクワクしない男子なんていないのではないか。
太平洋からの荒波が岸壁に打ち突きけられる。潮風の香り、時折打ち上げられた海水が強い風で舞い上げられ僕の身体を潤す。あまり海を見たことが無い僕にとってはこの光景は、本当に絶景と言える。
手すりに掴まり僕は太平洋を眺める。
ここは良い、目の前には広がる太平洋、そこに人は居ない。他人の寿命なんてみえるせいで僕は落ち込む事ばかりだ。でもそれを防ぐ事も助ける事もしない。僕は神様を残酷だと罵っているが、もしかしたら僕は誰かを助けるためにこの能力を授かったのかもしれない。
そう思わせる程の絶景が目の前に広がっていた。
「綺麗だね」
そんな時、隣に一人の女性が僕と同じように手すりに掴まり太平洋を眺めた。
「はい」
「もう気分は落ちついた?」
「はい」
実に清々しい、心が晴れる。この眺め。そして隣で一緒に眺める沢口先輩。本当に心が落ち着く。僕の頬が緩んだ。
ずっとこのまま二人でここに居られたらどんなに幸せだっただろうか、その時の僕はそれを心から願った。
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