2-1 天文部

「それでは今から部会をはじめます。まずは久坂部長から一言をどうぞ」


 書記を務める二年生の真壁先輩が口を開いた。


 ここは天文部の部室。視聴覚室を使わせてもらい天文部の部室にしている。

 僕が所属する天文部は月の初めに行われるミーティングがあり、それを元に月内のスケジュールを発表される。それに参加するのは自由だが、観測実習や発表会、制作活動などがある。

 部員数はさほど多くない。一年生である僕らで五人、二年生が六人。三年生が四人。合計十五人の小さな部活だ。それに顧問の歴史の教師、佐々木先生が加わっている。


「うん、先月からはじめたプラネタリウム制作は無事終わり、一年生、二年生の尽力に感謝を述べたい。本当にありがとう。不慣れ中三年生をサポートをしてくれて」

「三年の俺らには労いの言葉は無しですか?」


 三年生の一言で部室がドッと笑い声に包まれた。


「い、いやそういうつもりで言った訳じゃ……。おい佐藤、茶々を入れるな!」


 クスクスと女子部員の笑い声が続く。久坂部長は優しく真面目な性格なのでこういう場でからかわれると、いつもしどろもどろになる。三年生の佐藤先輩は逆にそれが面白くて敢えて言っている気がする。実にいいコンビだなと僕は感じていた。


 天文部と聞くと夜のイメージだけれど、実際は結構色々な作業をする。勿論、天体観測が一番の楽しみではあるが、学生の僕らでも出来る簡易的なプラネタリウムを制作したり、各自が好きな星や星座を題材にした発表会を開いたりする。文化祭などでもそれらを使った催しも行われる。また他の学校との合同制作や交流会もあり、意外とやる事は多いのだ。


 久坂部長が黒い縁の牛乳瓶眼鏡を指でクイッと上げる。何かを話すときにする久坂部長の癖だ。


「さ、さて。先月のスケジュールは無事終了した。今月は夜間観測の実施と、待ちに待った合宿観測がある。この合宿で三年である俺たちは引退するが、その前に二年生から次期部長と副部長を選出したいと思う」


 僕は遠くに座る沢口先輩に視線を送る。

 沢口先輩は静かに椅子に座り机の上に両手を置いていた。その姿は前に映画館で見た可愛らしい姿ではなく、夏の制服姿。時折髪をかき上げる仕草が本当に可愛らしい。


「次期部長、副部長は来月行われる文化祭の実行委員も兼ねる事になるけれど、俺たち三年生もサポートするし、そんなに重く考える必要はないと思う」


 それは十分重い。責任重大じゃないか。


「一応、聞いておくが……やりたい者はいるかな?」


 久坂部長は二年生に視線を向ける。すると多くの二年生は顔を伏せ『やりたくない』といった意思表示を見せた。


「部長……それを言われてやりたいと手を上げる生徒は居ないと思います」


 書記の真壁先輩が言った。一年生と三年生の笑い声が部室内に聞こえた。

 それはそうだろう。文化祭の実行委員となると相当忙しいはずだ。そこに部活の内容と引き継ぎが加わる。どう考えても多忙な毎日になると思われる。


「ご、ごめん。脅かす訳じゃなかったんだけど……。実はこうなると思って……事前に三年生一同と佐々木先生を交えて協議させてもらった」


 二年生が少しざわつく、


「部長には、沢口里奈さんを推薦したい。それと副部長には今書記を務めている真壁佐代子さんを推したい」


 僕は『えっ』と小さな声を上げた。僕は慌てて沢口先輩の表情を伺う。先輩はいつものポーカーフェイスで動揺は見られない。

 真壁先輩へも視線を向ける、彼女にも動揺はない。


 すると沢口先輩が右手を上げ言った。


「あの……どうして私を……?」

 

 沢口先輩が質問を投げかける、という事は事前の知らされていたわけでは無く、ここで初めて告げられたと言う事か。

 先輩の反応は同然だろう、いきなり部長を務めろと言われても心の準備も全く出来ていないのだから。


「私も納得出来ません」


 真壁先輩も沢口先輩に続き異論を唱えた。


「誤解の無いようにしたい、これはあくまでも立候補する生徒が居なかった場合だ。部長副部長は来月のミーティングまでに考えてくれればいい。もし二人が断っても問題はないが、残る二年の四人から選出させてもらう事になる。それでも……」


 久坂部長はまた眼鏡をクイッと直した。


「僕らは二人が適任だと思っている」

「理由を教えてください」

「星に対する熱意、それは必要不可欠な要素……と言うのは建前で。熱意はみんな持っているはずだからね。それを比べるのは失礼だと俺は思う。二人を選出した理由は先月のプラネタリウム制作時、二人は各自のスケジューリングを買って出てくれた。そういった能力は部をまとめるには必要だと思う。天体観測や星への熱意、情熱だけじゃ部はまとめられない」


 つまり上に立つ者はやる気だけではどうにもならない。人を扱う能力が必要だと言う事か。確かに先月のプラネタリウム制作では二人は進んで発言していたし、他の誰よりも熱心に取り組んでいたと感じた。

 そう言われてみれば、二人が適任という理由も頷ける。


「勿論、それだけじゃない」

「そうそう、可愛いって事も重要だ!」


 佐藤先輩がいきなり口を開いた。この先輩は一体何を言っているんだ。


「お、おい。それは関係ないだろ」

「関係あるだろ、ただでさえ暗いと言われている天文部だぞ。来年の新入生を獲得する為には可愛い部長が居た方が良いだろ」

「佐藤……お前……」


 佐藤先輩の言い分に半分同意出来る。確かに黒縁眼鏡の部長より美人の部長の方が部は和みやすいのかもしれない。

 けれど、半分は反対だ。沢口先輩をそういう目で見てほしくない。正直、そういう発想は下卑ているし、もし自分がそういう目で見られていると思うと不快だ。


「な? 沢口。お前が部長をやれよ。真壁も可愛くない訳じゃないが沢口の方が美人だ」

「佐藤! いい加減にしろ。そういう言動は慎め」


 佐々木先生が初めて口を開く。佐々木先生も歴史の美人教師と言われている。男子生徒からは良く話しかけられており、体育の鴨志田から言い寄られているという噂もある。


「天文部は星が好きな生徒の部活だ。ナンパがしたいなら部を去ってもらうぞ」


 珍しく口を開いた佐々木先生は少し怒っているようだった。


「ちっ……」


 視聴覚室が一瞬沈黙に包まれる。佐々木先生に怒鳴られた佐藤先輩は舌打ちをし、皆に背を向け、そのまま口を閉ざした。教室内に重苦しい空気に包まれたが、それを察した佐々木先生が再び口を開いた。


「部長、副部長の選出はまた改めて知らせる、勿論本人の意向は汲むつもりだが、二年生から選出する事は変わらない。さて、堅苦しい話はここまでにして……久坂、次の議題に移ろう」

「あ、はい……! さて今日の本題では合宿観測についてだ。場所は同じ千葉の犬吠埼。佐々木先生の実家である民宿がある。そこに今回もご邪魔させてもらう」


 部長副部長の選出、これは避けられない、沢口先輩が部長なら僕も嬉しい。けれど佐藤先輩の嫌らしい目は気に入らない。願わくば別の二年生が部長になってくれることを祈るしかない。

 そして天文部の部員が待ちに待った合宿観測の議題へと移った。先程までの重苦しい空気は無くなり、皆期待に胸を膨らませた楽しいミーティングとなった。


 僕も柄にもなく『普通の高校生活』に胸が高鳴る。この瞬間、他人の寿命が見える事なんて忘れさせてくれる。佐藤先輩は気がかりだけれど、本当に楽しみだ。


 僕は普通の高校生になりたい。

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