第18話 鬱憤晴らし



 公爵家を後にして。



「――やっちまった」


 公爵家から飛び出し【空間把握サーチ】に導かれる様に魔物がいる場所へ駆ける。今の須藤は冷静さを取り戻していた。そしてさっきまでの自分の態度を反省する。


「あぁ、本当に、成長しないな。公爵家の人達を――なんて。魔物で鬱憤を晴らすか――」


 それでもやってしまったものはしょうがない。今悔やんでいても意味がないと思った須藤は魔物を倒し、自分の鬱憤を晴らそうと思った。それでせめて公爵家に貢献出来ればと思いながら。


 須藤が魔物を追っている時、逸れてしまった娘を探していると言う女性と会った。その女性の話を聞いた須藤は魔物を倒すついでに娘さんを見つけようとしていた。その時。



 「キャッァァァーーー!!」と言う少女の叫び声が前方から聞こえてきた。その声に釣られる様に先を見ると今まさに少女に襲い掛かろうとする赤黒い体を持つ小型のドラゴン――レッドワイバーンが5頭いた。


「――マナ!」


 「危ない!」と心の中で須藤が思っていると一緒に行動していた女性が名前を叫ぶ。それを聞いて今、魔物に襲われている少女が女性が探している娘だと確信した。

 襲われている人が誰であろうと助けるつもりでいた。でも自分とまだ距離がある。ただ今は躊躇してる時間はない。レッドワイバーン達に右手を翳す。そして届いてくれよと心の中で願い、あるスキル名を紡ぐ。



       【スロウ】



 須藤は実践で初めて【スロウ】を使った。範囲がどのぐらいとか、効果があやふやなままだった。でも、須藤が今出せる敵の妨害手段はしかない【空間断裂スピリットエア】は今の距離で放てば少女や周りの人々を巻き込む恐れがあった。なので苦肉の策で【スロウ】を使った。


 それが功を成した。


 須藤が放った【スロウ】は想った通りレッドワイバーンだけの動きを停めた――様に動きを緩やかなものにした。


 それを確認した須藤は自分と行動している女性に「私の背後にいてください」と言って駆ける。


 そして――


「――【空間断裂消えろ】」


 自分の持つ最高にして最大の一撃。攻撃スキルを右手を振って唱える。相手の首を空間ごと切り飛ばす様に。



 ワイバーン。


 小型の飛竜者にして異世界ではメジャーな存在。序盤では強いイメージがある。だがそれがどうした。いくらその外皮が硬かろうが、その強化個体で強かろうが――自分の魔法は


 【ロック】を壊せないという欠点はあるが、逆に【ロック】以外の空間に存在するもの全てを断裂する絶対的な破壊力を誇る力。


 その力の前にレッドワイバーン達は断末魔すら上げることが出来ず絶命する。


 魔石が5つあることを確認し、【空間把握サーチ】に反応していた魔物がいなくなったことを確認した須藤は困惑している人々と、親子を置いて次の魔物の元へ赴こうとした。


 親子達に止められるとお礼を言われる。そのまま立ち去るのも印象が悪いと思った須藤は「――当然のことをしたまでですよ」――という言葉を残す。


 その時に周りで囁かれていた『救世主様』という言葉には触れない。



 ◇



「――あの、我々を助けて頂きありがとうございました。ただその、つかぬことをお聞きしますが、貴方様はどなたでしょうか?」


 完全に立ち去るタイミングを見失った須藤は武器を持った一人の男性に尋ねられる。


 他の面々も「こんなに強いお方、いたっけ?」や「それも美男子じゃない。絶対に見たことないわ」などなど囁かれていた。


 さて、どうするか。助けに入ったはいいが……周りの言う通り、俺を知らないよな。今日来たばかりだし、知るわけないよな――ん? 今誰か「美男子」とか言ってたが……聞き間違いだよな?


 なんと答えたらいいか考え。そして周りの囁きが気になってしまう。だが今はそんな事よりも自分が「何者」なのか伝えなくてはと思い――少し嘘をつくことにする。


「――初めまして。私は――今日公爵様にお呼ばれされました『旅商人』のスカー・エルザットと申します。こうして魔物も討伐出来ますので公爵様の命で皆様を助けに参りました」


 右手を胸に置き、90°のお辞儀をする。そして――少しでも信頼・信用して貰う為に顔を上げると人の良い笑みを見せる。


(まあ、別に嘘は――あまりついてないからな。『公爵家』に呼ばれたのは本当。『旅商人』もしてるのも一応、本当。魔物は知らん)


 なんとか信じてくれ!と思っていると。


「そうだったのですね!――服装や姿勢、そしてその寛大な態度――何処かの『お偉い方』と思っていましたが、やはり公爵様にお呼ばれされるほどの『貴族様』だったのですね!――今回は私達を助けて頂きありがとうございます!!!!」


 目の前にいる男性は何を勘違いしたのか須藤のことを『お偉い方』『貴族様』と呼ぶとその場で膝立ちになり畏まる。


 いや、あの? ちょっと?


 男性のその勘違いに物申したい想いだったが――

 

「『貴族様』自ら私達民草を助けてくださるとは!」

「お優しいお方でよかった。そしてなんて凛々しいのでしょう」

「流石公爵様。私達のことを案じてこの様なお強いお方を呼んでくださるとは」


 他の面々も勘違いを起こしているのか、最初の男性と同じ様に膝立ちになり、須藤に向けて手を合わせている。


「――皆様が怪我等なくて良かったです。私はまだいる魔物の残党を討伐して来ますので、皆様は出来るだけ安全な場所に避難を」


 みんなの考えを訂正したかった。でもそんな時間はないと思った。なのでもう勘違いされたままでも良いと思ってしまった。


「――あ、申し訳ありません。つい嬉しさのあまりエルザット様の歩みを妨害してしまいました。他のみんなも助けを求めている可能性がありますので、どうかお願い致します」


 須藤の話を聞いた男性は立ち上がり、頭を下げてくる。そんな男性に続く様に他の面々も頭を下げる。


 うん。もう、良いや。流れに任せるのも、また一興。


「――はい、皆様もどうかお気をつけてください――では」


 少しカッコをつけながらも逃げる様にその場から離れる。 



 須藤は知らない。ネフェルタでは『商人』=『裕福層』又は『お偉い方』を示すことだと。

 そして須藤は『見た目』と『公爵家の知り合い』ということどちらともが当てはまった存在だった。


 そんなことを知りもしない須藤は残り8頭のレッドワイバーンの討伐に向かう。



 

 その頃の公爵家。


「――スカー君が、スカー君が危ないわ! 私が、私が助けに行くの!!」

「待つんだ、マリー。その気持ちはわかるが私とダニエルが探しに行くから君は待っているんだ!」


 須藤の雰囲気がおかしくなり、一人で出ていってしまった。須藤のことを既に「息子」と認識しているマリーは我に帰ると自分自ら探しに行こうと暴れだした。そんなマリーを体で止める夫のレイン。


 妻の取り乱しているところはあまり見たことがないので新鮮だと思う反面、本当に一人で魔物が蔓延る外に出ていきそうなので怖いと思い、必死に止める。


 ただ暴れているのはマリーだけではなかった。


「ダニエル、チャン。そこを退け。私の愛する夫、スカー殿に会いに行くだけだ」

「いや、あの。ですからローズお嬢様、話を聞いてください。私とレイン様で探しに行きますので――」

「そ、そうでございますぞ。ローズお嬢様。少し落ち着いて――」


 マリーと同じくローズも自分も赴こうとしていた。それを阻止するダニエルとチャン。


「ダニエル兄さんとチャンさんは黙っていてください。が危ない目に遭っている可能性があるのですよ?――それにを守るのはの役目です。だから、そこを退いてください」


 何を血迷ったのかナタリーは須藤のことを「弟」と呼び、自分のことを「姉」と呼んでいた。なんでも妹の為に一人で健気に頑張る姿。そして守ってあげたくなる様な儚さを見て自分が「」という狂気的な考えを持ってしまったらしい。


「ナタリー、君もか。それにスカー殿を弟って……」

「そ、それでもここは引けません!」


 新たな伏兵に戸惑う二人だが、是が非でも通さない。


 そして、そんな三人は想う。



『早くスカー(君、殿、お坊ちゃん)戻ってきてくれ!!』と。



 騎士、自警団、冒険者誰の力も借りずに一人で13頭のレッドワイバーンを討伐した須藤はそんなカオス極まる場所公爵家にノコノコ戻って来たところをマリー達に抱きつかれ、動きを封じられたのは懐かしい記憶。



 ただ三人に捕まった須藤は思う。



 女性、怖い――と。

 






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