第19話 家族の証明



 人肌が恋しかった。

 誰かと寄り添いたかった。

 誰かとこの気持ちを共有したかった。


 幸せに、なりたかった。


 俺はまだ残る微睡の中ある夢を思い出していた。



「――嗣兄。早く行こ!」


 妹の鈴音が自分のことを呼ぶ声。


「金嗣ったらお寝坊さんなんだから。中学生になっても変わらないわね〜」

「まだ金嗣も中学生だからな。俺も金嗣ぐらいの頃はこのぐらいのんびりしていたさ」


 いつも優しい母。そして何よりも家族のことを大事にしてくれる頼れる父。


 両親の声が聞こえる。


 そんな『家族』に手を伸ばし――直ぐに手を下ろしてしまう。


 ごめん、ごめん。ごめん。俺、わかっているんだ。これが夢で、もう父さん達とは会えないことを。


 その声をその顔を見たくないという様に心を閉ざす。



 昔、それはかなり昔のこと。両親がいて妹がいて――そして自分がいる。そんなを思い描いて。



 とても心地よい。懐かしい記憶。叶うはずのない在りし日の夢を見ていた。



 ――大丈夫。大丈夫。君は一人じゃない。いつだって――達は君の心の中にいるよ――



 その時、何処からかそんな声が聞こえた。


 それが誰なのか、誰の声なのか分からなかった。でもとても優しくて、心地よい声だった。



 微睡の中にある記憶と共に覚醒していく。


 カーテンの隙間から射す太陽の日が目に入る。そして――暖かい。暖かい。誰かが寄り添って一緒に寝てくれている様な感じがした。そんなことはありえないとわかっていながらも俺はその"暖かみ"に縋る様に虚空に手を伸ばす。



「――大丈夫。大丈夫だよ。私達はスカー君を一人にしない。君を一人ぼっちにしないよ」


 優しい、とても優しい女性の声。そして自分の手を優しく包んでくれる暖かい手のひら。

 聞いたことがある。ただ誰の声か今の頭では思い出せない。そして


 声を出せない中困惑していると、自分の背中にふにゅりとマシュマロの様な柔らかい感触が伝わってくる。


「スカー殿。大丈夫です。私はあなたと共に、これからも共に居ますので」


 幸せな感覚と共に自分に優しく語りかける。


 ――スカー君?スカー殿?――俺の名前は――須藤、金嗣……あっ。


 そこでようやく覚醒する。


「――」


 ゆっくり目を開けると自分のことを愛おしそうに見てくる――ローズの母親、マリー。


「おはよう。スカー君はお寝坊さんだね♪」

「……おはよう、ございます」


 何処かで聞いたことがある言葉を聞き、それが何処で聞いたのか思い出せなかったが挨拶を返す。


「スカー殿、お目覚めか!――ゴホンッ! えぇ、あ、あ、あなた――あぁ、ダメだ!――スカー殿、おはようございます!!」


 須藤の体を無理矢理自分の方に反転させる――ローズは須藤の名前を「あなた」と呼ぼうとして、恥ずかしさから失敗し。普段と同じ「スカー殿」という呼び方でニッコリと挨拶する。


「うん。ローズもおはよう」


 ただ未だに状況を理解できていない須藤は敬語を使うことなく、話していた。


 そのことをお気に召したのかローズは嬉しそうにしていたが。


「――皆様おはようご――ああ!! スカー君と一緒に寝るなんてズルいです!――!!!!」


 須藤達を起こす為に室内に入ってきたメイド服を着た女性。ナタリーは挨拶をする――が、須藤に抱きつくマリーとローズを見て血相を変える。


 なんか、ナタリーさん、今変な言葉使わなかった?


 そんなことを思いながらも何処か温かく、賑やかで、懐かしい空間に浸る。



 ◇



 朝、ゴタゴタはあったがなんとか女性陣から逃げることが出来た須藤はチャンに助けて貰った。


 自分の部屋も用意してあるということだったのでチャンに案内して貰い、何故か寝巻きの様な物に着替えさせられていた須藤は洗ってくれていたというロングコートとロングパンツを受け取り履きなおす。


 その時に、誰が自分の衣服を着替えさせたのだろうか?という疑問は生まれたが――多分チャンさんだなと思うことにして、そのことは怖いので触れないことにした。




「――ははは、そうか。昨日はよく眠れたなら良かったよ。ご飯も美味しそうに食べていたし、体調は大丈夫みたいだね」

「はい、お陰様で元気です」


 今はリビングらしき広い部屋で食後のティータイムをしていた。


 そこで須藤から昨日の話を聞いた公爵、レインは楽しそうに笑っている。

 須藤もこの短時間でレインが良い人だとわかっているので柔らかく受け答えをする。今日の朝のことを何も聞かれないのは少し、いやかなり怖いが。


 マリーとローズは須藤の隣の席に座り、ナタリーは須藤の背後に立っていた。

 その様子を少し離れた場所に立つチャンとレインの近くに座るダニエルが苦笑いで見る。


 他の家はわからないが、ここ『フラット公爵家』では公爵や使用人関係なく席につき、食事をとる。それは全員かけがえのない『家族』と認識しているからとか。


「昨日はレッドワイバーンの討伐を君一人に任せてしまい、すまないね」

「いえ、良いんです。も魔物と戦うのは好きなので。運動になったし人も救えたので良かったです」


 すまなそうな顔を作るレインに首を振る。そして少し柔らかくなった話し方をする。昨日までは自分のことを「私」と一人称で呼んでいたが、今は「俺」と素を出している。


 そのことを公爵達は聞いてこない。


「そっか。でも本当にスカー君のおかげで僕達も領民も皆無事だった。ありがとう」

『スカー(君、殿、お坊ちゃん)ありがとう!!』


 さっきまでの暗い雰囲気を無くしたレインが須藤に向けてお礼を言う。そのお礼に続く様に他の面々も声を合わせた。


 みんなからのお礼の言葉に頰を掻き、恥ずかしそうにしていた。


「――お言葉、ありがたく頂戴致します。あ、あとこれ昨日の討伐の証、魔石です」


 お礼の言葉を素直に受け取るとテーブルに魔石が入った布袋を置く。


「確か13頭だっけ?」

「はい。素材とかは落ちませんでしたが、13個の魔石はしっかりと回収しましたので」


 そう言いながら魔石の入った布袋を渡してこようとする須藤にレインは片手を向ける。


「それは君のものだ。君が討伐し、君が頑張った証だからね。それを僕達が受け取るわけにはいかないよ。それにこちらが君に御礼をしたいぐらいだ。だから――」

「――旦那様、こちらを」


 レインの行動を読む様に動くチャンはレインに木箱を渡す。


「スカー君、これを君に渡そう」


 小箱を受け取ったレインはテーブル越しに須藤にその木箱を渡す。


「――ありがとうございます。これは?」


 木箱を受け取ると中に何が入ってるのか珍しそうに眺めていた。


「開けてみればわかるよ」

「わかりました」


 レインに言われる様にその木箱を開ける。中に入っていた物は――銀色のメダリオンだった。ただそのメダリオンに掘られている絵柄は見覚えがあった。


「――それはね。ここ『フラット公爵領』の「シンボル」にして『フラット公爵家の一員』の証。君が、スカー君が――僕達の『家族』という証明だよ」

「――」


 その言葉に須藤は言葉を返すことが出来ず、ただそのメダリオン――楽譜と花が描かれた装飾品を眺める。



 フラット公爵領


 「歌」と「花」の都にして『王国』に三つある『公爵領』の一つ。


 そんな人達に認められた証――『家族の証』が須藤の手元にあった。



「――スカー君。そのメダリオンは『家族』としての証のつもりで渡した。けどもう一つ、今後君のに僕達『フラット公爵』がいるという証明だ」

「後ろ盾、ですか?」


 あまり聞き覚えのない単語に聞き返す。


「うん。これでも僕達『フラット公爵家』は『王国』でもかなりの権力を持つ。そして他国でもその権力はかなりのものだ。それを無闇に悪用して使うつもりはないけど、そのメダリオンがあれば――君は『旅商人』として今後有利に立てる」

「そ、それは」


 レインの話を聞いて困惑してしまう。


 この人達は自分を『家族』だと言ってくれた。そして今後の『旅商人』としての自分の活躍を期待してくれている。でも、自分は――


 須藤が自分自身と葛藤している中、レインは苦笑いを作る。


「本当は僕達も君には『旅商人』なんていう危ないことはしないで欲しい。けど、君が決めたことだ。そして君の家族妹君の為だ。僕は、僕達はそんな君を『公爵家』に縛るのではなく背中を押して応援してあげたい。そう思っている」


 自分のことを応援してくれる。


「ローズと会えなくなるのも『家族』になれたスカー君と離れるのは寂しいけど、また顔を見せてくれれば良い。僕達は陰ながらバックアップさせて頂くよ」


 それだけ言うと人の良い笑みを作り笑いかける。父の話を聞いたローズも嬉し涙を携えて笑みを向けてくれる。他のみんなも同じ気持ちのようだ。


「――ッ」


 でもそれに応えられず、俯いてしまう。


 これでいいのか。これで、本当にいいのか。俺のことを『家族』として迎え入れてくれた。俺の身を案じて『後ろ盾』になってくれるという。そんな俺は――この人達に嘘をついている。これまでも、これからも嘘を突き続けるのか。俺は、俺は――


  

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