第17話 絶望の淵



「なんだって!?――それは本当なのかい?」

『はい。魔物の群れは恐らくワイバーン。それも体が通常種よりも赤黒いため亜種のレッドワイバーンだと思われます……』


 魔物の名前を聞いた須藤以外は顔を強張らせ、冷や汗を垂らす。


「――わかった。ただ『冒険者ギルド』はどうしてる?」

『はい。只今『冒険者ギルド』と掛け合っていまして。そちらに直ぐにでも応援の要請をする次第です。が、以前あった『召喚』のせいか『王国』にほとんどの冒険者が赴いている様でして、出来たら公爵様達はお逃げして頂きたいのですが……』

「それは出来ない! 領民を置いて自分達だけ悠々と逃げることなど私が許さない!!」


 伝令の話を聞いて公爵は怒る。その「民を気遣う」姿を見たローズ達は笑みを作る。


『――わかりました。私達もなんとか耐えて見せますので公爵様達もどうか、ご無事で』

「そちらも」


 公爵がそれだけ言葉を残すと『伝達の魔道具』をポケットに戻す。そしてローズ達に顔を向ける。ただその顔は緊張を孕んだ様な疲弊している顔にも見えた。



「――みんな、聞こえていたと思うが――今魔物がこちらに向かっている。ただ僕達は僕達で出来ることをしよう」


 緊急事態に慌てることなく表情を引き締め、みんなに今の状況を伝える。


「まず、マリーとローズはナタリーとチャンと地下室に隠れてくれ。あそこなら万が一が起こっても――安心だ」

「あなた――わかりました。ローズわかってるわね?」

「――くっ。はい。母上」


 公爵の言葉にマリーが従い、ローズはマリーに渋々従う。


 そんな妻と娘を見た公爵はメイド長と執事長に顔を向ける。


「ナタリーとチャンも無理だけはしないで」

「わかりました。ただもしも奥様とお嬢様に身の危険があればこの命を賭しても」

「私も、全霊をかけて奥様とお嬢様をお守り致します」


 公爵の言葉に従うナタリーとチャン。


「二人共頼むよ。そして――ダニエル。申し訳ないが、まだ傷が癒えていないかもしれないけど、僕と一緒に戦ってもらうよ」

「勿論です。今回は遅れをとりません」


 騎士長ダニエルは頷く。

 公爵とダニエルはお互い大切な家族を『守りたい』という同じ気持ちだと言うように頷き合う。


 そして、最後に公爵は須藤に顔を向ける。


「スカー君。すまない。大事な話の途中なのにこんなことが起きてしまい。ただあれだったら君は逃げて――」


 「君は逃げてくれ」そう言おうとした。だが、須藤の様子がおかしいことに気付いた。それは周りのみんなもだ。

 さっきから言葉を何も発しなかった。それは「『家族』についてどんな返しをしたら良いかわからない」からだと思っていた。


 ただそれは違かった。


「――やらせない。やらせない。やらせない。絶対に、もう二度と。目の前で家族は、家族は――ッ!!」


 俯きながら譫言の様にブツブツと呟く。


 そして窓に顔を向け外を見る。虚空を掴むようにおもむろに右手を伸ばす。


「――見つけた。数は――13」


 それだけ言うと公爵達に顔を向ける。その顔は何か悪い悪夢でも見た様に脂汗を垂らし、青ざめていた。ただ目だけが死んでいなかった。


「す、スカー君? どうしたんだい?」


 須藤の異変に気付いた公爵が近寄って聞くが、須藤はなんでもないかの様に首を振る。

 

「いえ、はどうもしないですよ。ただ――

『――ッ!?』


 その言葉、その顔を見たみんなは畏怖をし青ざめ、動けなくなる。


 須藤は死人の様な顔をしながら「魔物を殺す」と能面の様な無表情で口にするのだから。


「――大丈夫。心配はいらない。俺は――そしてあなた達を必ず――助ける。何があってもこの手で――」

  

 公爵達がさっきまでと雰囲気が変わった須藤に畏怖し、動けないでいるとその隙に公爵室から駆けて出ていってしまう。


 ただ、一人としてその姿を追えなかった。



 ◇



「――し、死にたくないっ!」

「どうして、どうしてこんな時に魔物が襲ってくるのよ!!?」

「お母さん、どこ!!――お母さん!!」

「もう、終わりだ――」



 魔物が襲ってくる前は愉快な演奏が響き、広場の真ん中にある花を慈しみ、大人も子供も関係なく練り歩いていた街。そこには今はどこもかしこも混乱が巻き起こり、阿鼻叫喚が響き渡る。


 誰もが助かろうとする。ただ直ぐ近くに迫っている脅威。それも飛行能力のある魔物から逃れることなど力の持たない人々は無理に等しい。そのことを知っている人々は冒険者達を頼りにしていた。だが、今はその頼りになる冒険者達もほとんどが不在。


 そんな苦境の中、立ち上がる人々もいた。


「大丈夫だ。俺達には心優しい公爵様達もいる。そしてここを食い止めれば、冒険者達も来てくれるはずだ。だから――絶望する時ではない!――そうだろ、お前ら!!」


 武器屋の店主が自分の店の商品を手に持ちみんなに喝を入れ、鼓舞する。

 

「――そうだ、そうだ。俺達が、俺達大人が嘆いている場合じゃない。みんな、武器屋の言う通りだ!――武器を持て。そして戦うんだ!!」

「俺もやるぞ! こんなところで何も出来ず無駄死になんてしたらオカンに殺される!」

「そうよ、私達が守るのよ!」


 助けが来ない中、道具屋の店主、パン屋の店主、花屋の店主――大人達が立ち上がる。


「よし!――まずは戦えない年寄りや女子供を少しでも安全な場所に避難させるぞ!」


 闘志が高まった人々。その姿を見た武器屋の店主の言葉で動く人々――だったが、一歩遅かった。


『『グキャッッッァァアッ!!』』


 群れから逸れた5頭のレッドワイバーンが人々に襲いかかる。それも一番近くにいた母親を探している少女に向かってその凶悪な鉤爪が降りかかる。


「――きゃぁ!」


 突然の魔物の登場に少女は怯え、その場で転んでしまう。


「嬢ちゃん!!」

「ダメ!」

「逃げろ!」


 大人達も魔物の登場に遅れをとってしまい動けない。今は「逃げろ」と声をかけるのが精一杯。



『『グキャッッッァァアッ!!』』

「キャッァァァーーー!!」


 それでも魔物は止まらない。少女も恐怖から動けない。



       【スロウ】



 恐怖渦巻く戦場の中誰かのそんな声が人々の耳に心地よく響く。


「――え? なんで、魔物が止まって……」

「い、いや。止まっていない。動いてる。ただ――

「何が、何やら――」


 大人達は目の前の状況を見て困惑する。


「え? え?」


 少女も少女で目の前に迫っているのにスローペースに動く魔物を見て困惑してしまう。


 少女と魔物の距離は約三メートルと言ったところだろう。


 そんな中焦茶色の髪の毛、緑と白のロングコートを風で翻しこちらに駆けてくる人物がいた。


 その人物は人々が困惑している中今も遅く動くレッドワイバーンに右手を翳し。


 そして――


「――【空間断裂消えろ】」

『『――ッ!!』』


 一言。その一言と共に翳した右手を素早く振るう。そして突然の自分の死に断末魔すら上げられない5


『――は?』


 首が無くなったレッドワイバーン達は糸が切れたおもちゃのように血を流し落下する。少しすると魔石となり地面には血溜まりと5つの魔石だけが残る。そしてその光景を間近で見ていた人々はみんなして惚けてしまう。


 それはそうだ。冒険者達や騎士達でも苦戦を強いられる様な魔物――推定「B」の魔物5頭が一瞬にして一人の人の手により亡き者となったのだから。それもあっさりと。


「ふぅ」


 レッドワイバーンを討伐した人物はしっかりと討伐出来たことを戦利品――魔石の数を見て確認するとホッと息を吐く。そして背後に庇っていた女性に声をかける。


「――終わりました。娘さんの側によって安心させてあげてください」

「――は、はい!」


 守られていた女性も他の人々と同じ様に信じられない光景を見て惚けていた。だが、その助けてくれた人物が自分に声をかけてきたことにより現実に戻る。そして――魔物に襲われそうになっていた我が子に駆け寄る。


「――マナ!――よかった。無事で、本当によかった!!」


 娘の側に寄った母親は我が子を抱きしめる。


「お母さん。お母さん、お母さん――お母さん――怖かったよぉぉ〜!」


 自分の母親と会えたことで緊張の糸が切れたのか少女はわんわん泣き出す。


 そんな親子を見れた人々は優しい顔を作り、安堵していた。


 ただ一人、親子と人々の危機を救った人物は見届けることなくその場を離れようとする。


「あ、あの!――ありがとうございました!!」


 そのことを察した母親が声をかける。


「――ひくっ、ひくっ――――助けてくれて、ありがとう!」


 まだ泣き止まない少女もその人物にお礼を伝える。


「――当然のことをしたまでですよ」


 その人物――須藤は足を止める。そして優しく微笑み、親子に伝える。


 その時、その光景を見ていた周りの人々からこんな言葉が呟かれる。


 

      『救世主様』と。


 


 






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