第5話:最悪な出会い




 オッペンハイマー侯爵家の応接室の前で、使用人達は固まっていた。

 案内役として扉を開けようとしていたメイドが、ドアノブを持ったままで唖然としてしまっている。

 それはそうであろう。

 長女のフローレスと婚約者である第二王子とのお茶会に、次女のルロローズが参加する気満々なのだ。

 しかもお願いではなく、当然のような物言いである。


「お姉様?聞いてるの?」

 返事をしないフローレスに焦れて、ルロローズが再度声を掛ける。

 馬鹿じゃないの?アンタの我儘が通じるのは侯爵家内だけよ!?と言いたいのをグッとこらえ、フローレスは視線を第二王子へと向ける。


 今この場でフローレスがルロローズを拒否する事は出来る。

 しかし後々、ルロローズが自分に都合の良いように両親に報告するだろう事は、想像にかたくない。

 正直、第二王子とのお茶会自体も乗り気では無いのだ。

 お茶会後まで、わずらわされるのは御免だった。

 決定権を第二王子へと渡す事にし、視線でそれを示したのだ。

 フローレスの視線に気付いたルロローズは、顔を微かに下に向け上目遣いで第二王子を見つめる。

 自分が可愛く見える表情だ。



「お前は誰だ」

 第二王子がルロローズに声を掛けた。

 いや、いくら王子でもその物言いはどうなの?

 そう思ったのは、フローレスと使用人と王子の護衛、要は常識人だけで、ルロローズとルロローズ付のメイドは嬉しそうな表情になる。

「ルロローズですわ。不細工……いえ、無愛想なお姉様と二人きりのお茶会なんて憂鬱でしょう?私が華を添えますね」

 言い直しても、失礼さは殆ど変わらない。むしろその後の方が問題発言である。

 しかし、馬鹿な3歳児は一人では無いのだ。


「確かにそうだな!お前の参加を許そう」


 第二王子は婚約者との定例お茶会に、婚約者の妹の同席を許可してしまった。

 しかも自分の婚約者を侮辱されたのに、それを肯定してしまってもいた。




 フローレスは紅茶を飲みながら、チラリと自分の横に座るルロローズを見る。

 よくそれだけ話す事があるものだと感心するくらい、ずっと喋っている。

 たまに第二王子に話を振って「凄ぉい!」と大袈裟に褒めたりもする。

 そのたびに第二王子がしたり顔で自分を見てくるのを、フローレスは気付かないフリをした。


 フローレスは最近知ったのだが、第二王子はフローレスが自分を好いていると勘違いしているようだった。

 王子妃教育を頑張ったのも、定例お茶会に遅刻しても怒らないのも全て、フローレスが第二王子が好きだからだと思い込んでいたのだ。



 ある時、第二王子が護衛に「アイツは俺の事が好きだから」と言っているのを、フローレスは偶然聞いてしまった。

 何て奇特な令嬢だろう!?と、好奇心に負けてそのまま聞いていたら、第二王子が言う「アイツ」が自分の事だと気が付いた。

 どこに好かれる要素があるのかと問い詰めたい気持ちでいると、根本から間違っている事が判明した。


 5歳の顔合わせの時点で既に婚約が決まっていたのに、第二王子の中では、あの時にフローレスが一目惚れをした事になっていた。

 兄ホープの命令に従い、第二王子の言う事全てを否定しなかったのも悪かったようだ。

 肯定もしていないのだが、そこは第二王子が都合良く脳内変換したようだ。

 フローレスは、あの時の絶望感を未だに忘れられずにいる。



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