ソバ比べ

山田あとり


 今日はお客様から頂きましたお題で、口からを喋っていこうということでございまして。お題を三つ、頂きたいと思います。

 はい。「秋の味覚」。よろしいですねェ、もうだいぶ涼しくなりました。

 で、「競技」? はあはあ、スポーツの秋的なことでございますね。

 はい「人ならざるモノ」とはまた、お一つだけ夏の怪談を引きずったようなお題をいただきまして、ありがとうございます。

 そうですねぇ、ではどういたしましょうか。

 まあ噺家はなしかなんていい加減なモンでございますので、しばらくの間、お付き合いをお願いいたしますが。



「大家さん、大家さん!」


「なんだい八っつぁん、おまえさんはいつも騒々しいね」


「ああ大家さん。大家さんはまさか、狸とかじゃあ、ありませんよね?」


「なんだい藪から棒に、失礼な奴だよ」


「いやあ、実はゆんべ、ひどい目にあったんですよ。狐と狸に化かされまして」


「おや狐も狸もたァ、贅沢なことだ」


「そんな贅沢なんざァ、したかぁないんで。

 俺ァね、昨日の仕事のけぇりに浜町はまちょう辺りを通りかかったんですけど。

 そこで、粋な黒板塀くろいたべいに見越しの松ってやつですよ。そんなうちからお三味しゃみを抱えた娘っ子が二人出てきましてね」


「ほうほう」


「いやその子らは行っちまったんですが、それを見送りに出てきてた三味線のお師匠さん。これが小股こまたの切れ上がったいい女。

 俺がうっかり見惚みとれてると、こっちをチラ、と見て会釈するさまは、まるっきり『立てば癪にさわる』ってェやつですよ」


「そりゃ『芍薬しゃくやく』だな」


「へぇへぇ。その芍薬な女が俺に向かって、

『お三味にご興味がおありですか』ときたもんだ」


「がらっぱちがそんなわけあるかい」


「俺だってそこは正直に言いましたよ。

『いえいえ、お師匠さんがあんまり綺麗で見惚れておりました』ってね。そしたらポウッと赤くなって、

『いやですわ、からかっちゃ』なんつって、俺の背中をバチーン!

いてェー!』なんてんで」


「道端で何やってるんだい」


「向こうもそう思ったんでしょうねえ、

『あの、私これから、ちょいとお蕎麦屋さんにでも行こうと思っていたんですが、ご一緒していただけますか』ってモジモジしてね。

『ああちょうど、秋の新蕎麦の頃ですね、お供しましょう』なんて、行くことになったんですよ」


「そりゃあまた、奇特な人もいたもんだ」


「いやいや、俺の顔を見て羞じらって目を逸らすような女でねェ。

 いや美人てぇのは、視力もいいんですね、俺が色男だと見抜くんですから」


「何を言ってるんだい、そこの水瓶みずがめに顔を映してみな。おまえさん、悲鳴を上げるよ?」


「それがおつねさんにはそうじゃあなかった。その女はお常っていうんですがね。

『まあ八五郎さんは、こんな男前で、きっといいひとがいらっしゃるでしょうに。お付き合いいただいて申し訳ないわ』

『いえ、私には妻も許嫁いいなずけもありませんから』

『あら』なんてんで」


「誰が『私』だい」


「そこは格好つけなきゃ男がすたるってェもんで。

 それで馴染みの蕎麦屋だって所に連れて行かれまして、ざるの一枚でもツツッとやりながら話そうじゃないか、ってなったんですよ」


「おまえさんがモテるなんて日が来るとはねえ。明日は季節外れの台風と地震があるよ」


「そうかもしれませんや。俺だって内心は仰天してたんですよ。こんな美人と冷やで一本貰ってね、猪口ちょこを持って、

『どうぞ』

『かたじけない』なんてするたぁ。

 ッカァー、ありがたいねぇ!」


「うるさいよ、おまえさん」


「ところが、です。そうしてると突然、恰幅のいい旦那が俺達のところにやってくる。

『おまえ、この男と何してるんだ』

『あら旦那。いえ、たまたまご一緒しただけで。お互い、一人でお蕎麦というのも味気ないもんですから』

『嘘をつけ、間男を引っ張りこんだんだろう、この性悪しょうわるが!』てんで・・・始まっちまったんですよ」


「おや。まあどうせ、本町ほんちょう大店おおだなの主人のめかけかなんかだったんだろう?」


「そうなんです。そりゃ、あんなヒヒじじいの囲い者なんてやってりゃあ、俺みたいなイイ男にフラッとくるってもんで。

 それでヒヒ爺は赤黒くなって怒鳴る、お常さんはさめざめと泣く、て蕎麦屋の中が大変てぇへんなことになっちまって」


「そりゃあ店にも申し訳なかったねえ」


「そうですよ。だから俺はね、

『いやいや旦那さん。私達は本当にさっき会ったばかりで何もやましい事はございません。

 ここは旦那さんの度量を見せて、許してやっちゃあどうですか』って言ってやった」


「ほうほう。それで」


「そしたらね、そのヒヒ爺、

『じゃあ自分と蕎麦比べをしよう。おまえさんが勝ったら、お常を責めるのはよしてやる』なんて言い出しましてね。

 蕎麦っ食い競争することになっちゃった」


「なんだい、おまえさん大丈夫かい」


「いや言い出しっぺの旦那が金は持つって言うしね。こっちの方が若いんだし、蕎麦の一枚や二枚や十枚や二十枚」


「そんなに食べられるかい」


「店にいた客も盛り上がりましてねぇ。じゃんじゃん持ってこいッて奥に声をかけるわ、どっちが勝つか賭け事が始まるわ、えらいことになっちまった。

 しょうがないから、俺とヒヒ爺はズゾゾゾッ、ズゾゾゾッ、てまあ、面子をかけて必死で啜る。

 もう腹がくちくて痛いぐらいだ。でもお常さんのためには負けられねえ。

 ヒヒ爺のやろうも、赤黒かったのが今度はだんだん青白くなってきちまって、何枚目でしたかねェ。たぶん十三、四枚ぐらい」


「ずいぶん食べたね、おい」


「ううぅーん、と唸ったかと思うとひっくり返って、口から泡じゃなくて蕎麦吹いちゃった」


「汚ないよ、おい」


「ところがそれだけじゃあなくってね。

 ポンッと音が鳴ったと思ったら、その旦那、でかくて太った狸になっちまったんです!」


「なんと!」


「いやあ、旦那は化け狸の古狸。ヒヒ爺じゃなくて狸親父だったんですよ!

 もう店にいた連中は大騒ぎだし、お常さんはウウーンッて言って伸びちまう。

 俺は可哀想なお常さんを抱きかかえて、静かな店の裏に逃げさせてもらいました。

 店の人だって鬼じゃあないんで、蕎麦代をどうのこうの言う前に、お常さんのために水を一杯持ってきてくれまして」


「そりゃあそうだよ。狸の妾をやってたなんて、倒れたくもなるってもんだ」


「で、その水を飲ませようとするんですが、お常さんは歯を食いしばって気絶してる。

 こりゃあどうしよう。この水を一口飲ませたい。

 じゃあ俺が一口含んで、こっちの口から、あっちの口に。んむむむーん」


「こらこらこら!」


「仕方ないでしょう、そうしなきゃ飲ませられないんだから。

 そうしたら!

 口移しにしたとたん、お常さんが、ポンッて!」


「なんだと、こっちも狸だったのかい?」


「いえ、狐だったんです! 俺ァ、

『うひゃああッ』って特大の悲鳴を上げましたよ。だって狐に口づけちまったんですから。

 腰ィ抜かしてる俺のことを、お常さんだった狐はジイィッと見て、

『八五郎さん、私が狐じゃ嫌なのかい』って恨めしそうに言ったかと思うと、スウッと辺りはもう真っ暗だ。

 王子おうじ辺りの野っ原の真ん中で、俺はポツンと座ってたんですよ。

 それで夜通し歩いてやっと帰ってきたんです」


「ははあ、王子の狐は手練れだと言うからな。そりゃあいつから化かされていたんだろうねぇ」


「まったくわからないんですよ。いや狐ってなあ凄いもんですね。

 あーあ、お常さんは本当に美人だったんだがなあ」


「懲りないねえ、八っつぁん。

 で、そのお常さん、てえのは」


 ポンッと音がして、大家さんが美人に化ける。

 八っつぁんはヒッと息をのんで固まった。


「こんな感じの美人かい? 八五郎さん」


「お、お常さん! いつから大家さんに!」


「ねえ八五郎さん、おまえさん私の口づけを奪ったんだ。責任とって、これからも私のそばにいておくれよ」


「え、ソバ?

 いやあ、ソバはもう、懲り懲りだ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソバ比べ 山田あとり @yamadatori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ