第18話 写真でくらり

「これは最近の作品でな。一ヶ月くらい前かな」


 写真には、魂鎧に乗るための準備運動で屈伸をする氷澄大和、つまり俺がいた。

 軍服の汚れも、地面に落ちる影も、光る汗もそのままに、くっきりとした輪郭で収まっていた。並みのカメラではないことがわかる。まるでスパイだ。

 写真の俺の視線は完全に地面に向いているし、これがいつ撮られたのか見当もつかない。


「こ、これって」


 引きつった声が出た。しかし虎帯ちゃんの声は明るく、俺の高評価を待っているようだった。


「どうだ? よく撮れているだろう」

「……うん」


 ぱあっと輝くその笑顔に、俺はくらりと頭が揺れた。彼女の可愛らしさに、そしてこの写真に対してである。


「これなんかもいいぞ」

『もう見ない方がいいって……』


 コノミコがいい終わる前に虎帯ちゃんは次の一枚を持ってきた。

 また俺がいる。授業中にあくびをしているところだ。なんと中学時代の制服だ。


「会津中学の二年目。四時限目が十五分ほど過ぎたところだ」

「そ、そうなんだ」


 これを見せられ、これを聞かされ、どう反応すればいい。

 確かに写真の精度は素晴らしい。ピントもあっているし、明度も良好だと思う。あくまでも素人目にすぎないが、写真の出来はいいのだ。ただ被写体がまずい。


『格好良いとか悪いじゃなしに、お前ばっかりなのがなぁ。しかもこれさ』


 そう、おそらくは盗撮だ。あくびの写真は視線的に外を見ていて、奇しくもカメラの位置と同じ方を向いている。カメラ目線といえばそうなのだが、多分、距離が相当にある。俺の通った中学ではグラウンドの向こうに山が見えていたから、おそらくはその山中から撮ったものではないだろう。さすがの俺でもこのころは先生に向かって堂々とあくびはしない。

 そんなプライベートがほとんどだ。まだあるぞとその私生活の束を渡してくる。


「ねえ、虎帯ちゃんが撮ったの? これ」


 彼女はかなり得意げに、椅子の上で踏ん反り返った。


「ん、えっと、もちろん私ではない者が撮ったものもある。しかしだからといって私が撮ったものがないことにはならない。割合を示したりはしないが、答えるならこれは違う」

『……わざわざ誰かに撮ってこいって命令したんじゃねえか?』

「じゃあこれは?」


 ロッカーの前で着替えている写真。自宅の居間で寝そべる写真。今はもう砕け散った俺の魂鎧。トランプの手札のように広げてみせると、彼女はそのうちの一枚を抜いた。


「おっと、引き当てたな。題して『三度目の勇士』だ。これは私の作品だよ」


 鎧の全景が映るそれは、彼女のいうことが間違いでなければ俺の三度目の出撃風景だ。山岳地帯の隙間に腰だめで砲を構えている。演習だろうか、見覚えのある山の形だ。


「す、すごいなあ。良く撮れているね」


 でも、なぜ俺ばかりなのだ。もっと被写体はあるだろうに。

 会津は戦地であると同時に歴史的名所も多い。鶴ヶ城と呼ばれる城は数々の戦争を耐え抜いた堅城だし、昔は観光客も多かったようだ。地元の俺ですら桜のシーズンになれば足を運ぶくらいにはその天守閣と、敷地内の桜は見事である。

 山であれば磐梯山脈が北方に走り、川であればやや東に明星みょうじょう川が「日本の湖百選」に選ばれた猪苗代湖にそそいでいる。

 人に目を向ければ、俺のクラスメイトだっている。

 男女の美醜はそれぞれ感覚があると思うが、東風こち右膳うぜんが俺よりも撮りがいがあるのは疑いない。


『あいつ、ツラは悪くないよ。実際』


 それ以外だって損なわれているものはないように思うが、コノミコはこういうことにはうるさいのだ。

 虎帯ちゃんは俺の反応に気を良くして、


「写真はいいぞ。心が洗われる」


 と、うっとりと写真と俺を交互に眺め、まぶたに現像させて目を閉じた。もしかしたらあの机の引き出しにも写真が入っているのではと怖い想像をしてしまう。話題を変えなければただ不安ばかりが募りそうだった。


 その時、本棚に目がいった。

 彼女はここに遊びに来たはずだが、手入れはきちんとされており、埃ひとつない。古そうな本は魂鎧についてのものばかりで、彼女の幼い頃からあったのではないか。そして、これは断定してもいいが、それらの全てが彼女の手垢にまみれている。そのくらいよれて黄ばみ、読み込んだ後があった。


「気になるか?」


 そんな視線に気がついて、のそりとまた椅子のもたれに突っ伏す。

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