第17話 ところでご趣味は

「学校でさ、魂鎧の操縦とか、歴史とか、色々勉強中なんだ」


 虎帯ちゃんは何事かと、呆然と俺を見つめ、俺も彼女を見つめた。


「毎日大変だし、鎧は壊れてしまったけど、頑張っている……つもり。まあ俺なりにって感じだ」


 ここで彼女は俺の言いたいことや、どういう意図なのかがわかったらしい。小さく吹き出して、「それで?」と微笑んだ。


「じいちゃんとは仲良くやっている。先生の評判は正直悪いと思うけど、縁生とは仲がいいよ。本当に」


 井伊先生はどうせ俺に良い評価などつけているまい。あれほど演習のたびにくどくど壊すなというのだから。これは俺が悪い部分もあるから仕方ないけど。


『へえ。私もそう思うぜ、相棒』


 不真面目な茶化しはいつものことで、これでも良好な関係だと思う。だって俺はこいつを好いているし、多分コノミコも俺を気に入っているはずだ。

 自惚れか?


『自惚れだ』


 ほら。やっぱり。


「虎帯ちゃん。まだ言いたいことがたくさんあるんだ。遊びに来たんだからたくさん話そうよ。だからさ」


 落ち込まないでくれ。こんなことを伝えるのは俺のわがままだ。一番言いたいことを飲み込んで、


「だから……その、仲良くしようよ」


 と、わけのわからないつまらないことを言って、無理に笑ってみせた。

 彼女からの暴力も悪態も、さっきの彼女の態度によって、それが不器用ながら俺との接点を保とうとするものに思えた。


 俺にできることは、そんな彼女に歩み寄ることだけだ。虎帯ちゃんは俺の考えを汲んでくれているはずだ。でなければ、こんなにも優しく微笑んではいない。俺を踏みつけて威圧していた若松虎帯の姿はどこにもない。


「その申し出は、本来私がしなくてはならんことだが、ふふ、ありがとう」


 彼女は落ち着き払って座布団を明け渡し、元の椅子に座った。また椅子の背もたれを前にし、そこに腕を乗せた。つまりは胸も半分乗っかっていて、目のやり場に困る。

 その場所が彼女にとっての優位性の表れなのか、やや尊大さを取り戻し、


「失われた私たちの時間を埋めるには、そうだな。やはり会話をおいて他にないと思う。さて、何から話そうか」


 そこには、かつての俺が尊敬していた少女がいた。暴力的な一面が強烈であり、軍人としての月日こそ感じさせるも、間違いなくあの日の少女だった。


「では自己紹介の定番からいこうじゃないか」


 名案だ。自らそう言って、手をポンと鳴らす代わりに足で床を蹴った。


「趣味とか?」


 彼女は鷹揚に頷く。


「うむ。大和、趣味はあるか?」

『人の日記を夜中に読むことだろ?』


 それは父の訓示を忘れないようにするためだ。人聞きの悪いことを言うな。

 しかし、考えて見ると趣味なんてないのではないか。東風が言っていた家事だって生活のためにしているから、趣味ではない。読書だってあまりしないし、勉強だってお粗末だ。

 運動も授業でしている以外はほぼしない。強いていえば散歩や筋トレくらいのものだが、これだって些細なことだ。


「考えているということは、ないのだろう?」


 にやけ、柔らかく頬を崩し、白々とした室内灯にまつげを揺らした。


「そう言う虎帯ちゃんはどうなの」

「あるさ。実は写真が好きでね」


 指で四角い窓をつくり、カメラのシャッターをきる真似をしておどけた。


「へえ。何を撮るの」


 意外だった。彼女はもっと運動とかスポーツを好むかと思っていた。当時を思い出しても写真に興味があるような風には見えなかった。


「人物さ。被写体は一人だけ。どんな表情でも、仕草でも、行動でもかまわない。ファインダー越しだと、手が届きそうで届かない感覚が、なんだ、こう、燃えるようで――」


 椅子を左右に軋ませて、顔を片手で隠した。どうやら悶えているようだ。

 気になるのはその被写体だ。一体誰を撮影しているのだろう。しかも一人だけというのが気になるではないか。


「見るかい?」

「え、いいの」

「もちろんだとも。お前に見せたかったんだ」


 彼女は椅子をくるりと回し、引き出しを開けた。座っている俺からは見えないが、どうやらかなりの量があるらしい。


「ほら、これなんかいい出来だと思うぞ」


 例えば、夕暮れに佇む寂しげな紳士。日差しを浴びる花畑の少女。アンカーにバトンを渡す陸上選手。

 そんなものを想像して受け取った。


『……危ない女だとはずっと思っていたけど』


 コノミコはうっすらと引いていた。

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