第20話 賭け

そうこうしていると馬車が道の脇に止まる。気付けば王城の手前まで来ていたようで、少し身を傾ければ見慣れた門が見えている。

 先ほどまで前にいた御者さんが扉を開いてくれて、パスカル殿下が先に馬車を降りる。

「よし、俺もここでカノンの親戚の人が来るまで待つんだったな」

 そう言いながら下から手を差し出してくるので、それを掴み私も馬車を降りる。普段の学園での振る舞いからはあまり王子という気はしないけど、こういうところはしっかり王子なんだと思った。

 知り合いの魔術師が都合よく通ることを願いながらひたすら待つしかないという絶望的な私の心情など知らずに、殿下は往来がよく見えるところに移動する。

「やっぱりこの時間だと家に帰る城勤めの人が多いな。商人はこんな時間にはこないし、当然といえば当然か」

「なんでここで働いてるか分かるの?」

「なんでって……みんな疲れた顔してるからたぶんそうかなって」

「言われてみればたしかに」

 城で働いている人間の顔は全員把握しているなどと言われたら平静を保てなかっただろうけど、そんなことはなかったようで安心だ。

「そういえば待ってるカノンの親戚の人ってどんな人なんだ? カノンに魔術を教えた人だからきっとすごい魔術師なんだろうな」

「え、えっと……」

 下手に特徴を言うと、いざ知っている魔術師が来たときに齟齬が生じる。ここで男性と言ってしまえば女性の魔術師が私に気付いてくれたとき殿下に怪しまれてしまう。

「……しっかりしてそうだけど、ちょっと抜けてて……でも魔術の腕前はピカ一、って感じかな」

「ああ、分かる分かる。俺に魔術を教えてくれた先生もそんな感じだった」

 誰にでも当てはまるようなことを言ったのだから当たり前なのだけど、大真面目にそうだったと言う殿下がちょっとおかしかった。

「俺の先生は歳を取って塔の魔術師を退職したらしいんだけど、信じられないくらい元気なじいさんだったよ。カノンの親戚の人は現役だし結構若いのか?」

 これはまずい──通りかかる魔術師の年齢が分からない以上、若いとも若くないとも言えない。かといって、お茶を濁すのも親戚なのに歳が分からないと思われて不自然だ。

 考えろ私、老人は早寝早起きなんだと魔術師の誰かが言ってたし、この少し遅い時間帯に帰るのは若い魔術師が多いはず。ある程度のリスクは承知で可能性の高い方に賭けるしかないか……いや、これを答えて次々と質問が飛んできたら大変なことになる。

 祈るような気持ちで門の奥まで見澄ますと、向こうの方から変装したクレアが歩いてくるのが見える。クレアは塔に住んでいるのでおそらく買い物にでも出てきたのだろうけど、ナイスタイミングだ。

「あっ、やっと来た!」

 クレアに向かって手を振ると、私に気付いたクレアは驚いた顔をして駆け寄ってくる。きっと隣にいるパスカル殿下に気付いたんだろう。何か言われてしまうと設定が台無しになってしまうかもしれないので、クレアが口を開くよりも先に私が殿下に紹介する。

「殿下、こちらが私の親戚の──」

「クレアと申します」

「えっ、あの炎聖の……!」

「はい。カノンがいつもお世話になっております」

「いえ、あのこちらこそカノンさんにはお世話になっていて……」

 クレアは状況を瞬時に理解して私に合わせてくれていた。

「カノンをこれからもよろしくお願いいたします」

「いえいえ、俺──私の方こそよろしくお願いいたします」

「では私どもはそろそろ……時間も時間ですので」

「左様でしたね。また明日な、カノン」

「また明日」

 クレアと王城から少し離れたところまで行ってから後ろを振り返って殿下がもういないことを確認する。

「もういないみたい」

「はぁ……殿下に馬車で送ってもらったけど殿下に見られている手前王城に入れなくて困ってたってところかしら?」

「すごい……クレア、なんで分かったの?」

「土の塔の魔術師から今日は遅くなるって聞いてたからね。あと王族の紋章つきの馬車が近くに停まってたし。まったくもう、私が通りかかったからよかったものの他の魔術師だったら合わせられなかったかもよ」

「うん、クレアが来てくれてよかった」

「そう言われたら何も言えないじゃない。じゃあ殿下が城内に戻るまでの時間もあるし、私を親戚のクレアおばさんにしたお詫びとして買い物に付き合ってもらおうかな。それでさっきのはチャラね」

 ニコリと笑いながら告げるクレアはどこか楽しそうだった。

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