第19話 帰路

「じゃ、あたしは寮だから。念のため言っとくけど、あんたたちカノンに変なことしたらただじゃおかないからね」

 馬車の前で、一人寮へと帰るシルヴィが別れ際に釘を刺す。

「へ、変なことってなんだよ! す、するわけねーし」

「カノンも変なことされそうになったら魔術で即座に意識刈り取るんだよ。先手必勝だからね」

「う、うん。わかった」

「物騒だな……」

「テストで使ってたのですら当たったら普通に死にますよね……」

 あれは遠くの的に当てるために初速をつけてたわけで、さすがに至近距離だったら私だって手加減する。

「明日から練習だね。テストが終わっても練習場に通うと思ってなかったけど、このためだったら悪くないかも」

「そうだな」

「じゃ、また明日。カノンも気を付けて帰るんだよ」

「うん。シルヴィも貰った紙落とさないように気を付けて」

 満足げに去っていくシルヴィを見送って、私は殿下、エリックくん、クロードくんの三人と馬車に乗る。

馬車には王族の紋章が入っていて、外から見て一目で王族が乗っていると分かるようになっている。クレアたちと一緒に王城にある馬車に乗ることはあるけど、王族用は初めてでちょっと──いや、かなり緊張する。

「まさか、人魂の正体が先生だったとはな」

「どうせ誰かの魔術だとは思ってましたけど、先生──それも担任のジュアン先生だとは思いませんでしたね」

「そう、だね」

「あ、そうだ。うっかりいつも通り王城に向かうように伝えてしまったが、それだとカノンにとっては遠回りになるかもしれないな。カノンはどこで下りるんだ?」

「えっと、私はお……」

「お?」

 王城、と言いかけて口を閉じる。パスカル殿下は別として王族でもない一学生が王城に向かうのは不自然だ。だいたい、王城で寝泊まりまでしているのは一部の塔の魔術師くらいのもので他の王城勤務の者は各々の家に帰る。

 昨日は今日に備えて少し多めに仕事をこなしていたのと遅く帰ることの許可が取れた安堵で、こういう事態になることを全く想定していなかった。考えればすぐに思いついたはずなのに……!

 どうしよう、適当な場所で下ろしてもらって歩いて帰るという手もあるけど、この時間帯に歩いて帰るのはさすがに危険だろう。王城の近くまで送ってもらいつつ不自然に思われない言い訳を何か考えないと。

「……王城の門の前」

「な、なんでそんなところで降りるんだよ。普通に家の近くまで乗っていけばいいじゃないかよ」

「門の前で待ち合わせなの。その……私の親戚が王城で働いてて一緒に帰ることになってて」

「ああ、待ち合わせか。でもそれだったら直接家に帰ればよかったんじゃ……」

「家の前に王族の紋章が入った馬車が停まったら目立つ、から。それで殿下と関係があると疑われたらちょっと面倒なので……」

「……たしかに王城勤めだとそういうこともあるか」

 納得したようにパスカル殿下が頷く。

「じゃあまだ迎えが来ていなかったら俺も一緒に待つからな。人通りが多いとはいえ、こんな時間に女の子一人じゃ危ないだろ。

 待たれるのはまずい、とてもまずい。王子が馬車で中に入った後に何食わぬ顔で塔へ戻ろうと思っていたのに、それが出来なくなる。土の塔の誰かが通りがかるのを待って話を合わせてもらうしかない。

「そういえば、その待ち合わせをしてる人ってどんな人なんだ? もしかして塔の魔術師、とか?」

「ん……まあ、だいたいそんな感じ」

「おお、じゃあその人に魔術を教えてもらった、とか?」

「……ま、まあそんな感じかな」

 もし塔の魔術師が全員すでに帰ってしまっていたらどうしよう、まだ残っていたとしても往来の激しい門の前では気付かずに通り過ぎてしまうかもしれない──正直不安すぎて会話どころではなく、殿下の話に適当に相槌を打つ。

「そっか──実は俺の先生も昔塔に勤めてた人でさ。やっぱり塔の魔術師ってすごいよな。俺もゆくゆくは塔に入りたいんだ。カノンは?」

「……わ、私もかな」

 現在進行形で塔にいるし、なんなら筆頭魔術師だとは口が裂けても言えないので無難に殿下に合わせる。シルヴィも塔に入りたいとぼやいていたのを聞いたことがあるし、塔に入りたいという答えが別段不自然ということはないだろう。

 誰か門を通ってくれるかな、遅すぎてみんな帰っちゃったかなとビクビクしながら殿下と話していると、馬車がおもむろに止まりエリックくんとクロードくんが降りる。

「では、私たちはここで失礼します」

「じゃあな」

「……また明日」

 エリックくんはよく喋ってたけど結局クロードくんは今日ほとんど話さなかったな。無口な人なのかもしれない。

 二人が降りてからゆっくりと馬車はまた動きだす。殿下と二人っきりになったことが少し気まずくてしばしの沈黙が訪れ、外から流れ込んでくる街の喧騒だけが車内を通り抜けてゆくだけの時間が過ぎた。それを破るように口を開いた殿下は俯いていて顔は見えないけど真剣な口調だった。

「なぁ、カノン。どうしたらそんなに魔術を上手く使えるんだ?」

「魔術の使い方……やっぱり練習、かな。それと自分に得意不得意に合わせて術式を調整すること」

「…………俺はまだ自分で術式を変えたことがないんだ。アンドレ先輩もリリアーヌ先輩もカノンもみんな教科書にはない自分の術式を持ってる。やっぱり俺も何か創らないと、だよな」

 深刻そうに呟く殿下は教室で見る彼とは違っていて、どう声を掛けていいものかと戸惑う。

「……ちょっとずつ試していけば、きっと自分に合った術式が見つかると思う、よ。焦らなくても大丈夫」

 自分で言いながら、今の殿下は少し前の私と同じだと思った。魔術が上達しないことに焦って、魔術を──学園生活を楽しめなくなっている。

「そ、そう……だよな、コツコツやっていけばきっと大丈夫だよな。ありがとう、カノン」

 顔を上げた殿下の表情はよく見えなかったけど、あまり晴れやかな顔ではなかった気がする。

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