第18話 人魂の正体

「なるほど……そういうことでしたか」

 建物の陰からぞろぞろと出てくる私たちにジュアン先生は驚いていたものの、七不思議の噂が立っていること、その一つである練習場の人魂の正体を突き止めに来たことを説明すると、納得したようだった。

「その生徒が見たのも私の魔術でしょう。生徒が帰った時間によくここで練習してますから」

「何の魔術を練習してるんですか?」

「それはですね……見てもらった方が早いでしょう。【炎よ、漂え】」

 ジュアン先生の詠唱とともに、炎がふよふよと漂いはじめる。さらに同じ詠唱を二回繰り返して炎が三つになったところで、先生はそれをお手玉のようにクルクルと体の前で回転させる。

 規則的な動きを繰り返す炎にはどこか幻想的で神秘的な雰囲気があった。

「綺麗……」

「かっこいい……」

「そうですねぇ、殿下……」

 私たちが目を輝かせていると、ジュアン先生はニコリと笑う。

「そうでしょう、綺麗でかっこいいと先生も思います。見栄えだけで魔術戦などではほとんど役に立ちませんが、闘う前にこの魔術を使うと強い雰囲気を出せて相手をビビらせることができるかもしれません」

 ハハハと控えめに笑うジュアン先生に、シルヴィが問いかける。

「……役に立たないのに、なんで先生はこの魔術を練習してるんですか?」

「それは……かっこいいから、ですかね。みなさんにはまだよく分からないかもしれませんが、酒の席や小さい子どもの前でやると結構ウケるんですよ」

「それだけ、ですか。もっと何か役に立つのかと──」

「役に立たないわけではありませんよ。クルクルと炎を回すこと自体は役に立ちませんが、これは複数の炎を制御する練習になります。一見しょうもない魔術でも他の魔術の役に立つことがあるんです」

 諭すように話す先生の口調は穏やかだった。シルヴィも殿下も皆、先生の話に聞き入っていた。

 口調は穏やかでも私は先生が魔術について熱く語っているのを見て、この人は先生である前に一人の魔術師なんだと、このとき改めて思った。

 話している最中も先生が動かしている炎の軌道は乱れることなく綺麗な円を描いている。私は炎属性のことはよく分からないけど、会話をしながらも三つの炎を完璧に制御しているあたり、きっと魔術師としても優秀なのだろう。

「そうだ、皆さんここで人魂の正体を調査していたんですよね? だったら張り込みまでしたのに人魂じゃなくて実は先生の魔術でした、だなんてがっかりじゃないですか?」

「いえ、がっかりだなんて……正体が分かってこの魔術を見られただけで十分というか……」

「俺もです」

「せっかくなら皆さんもこの魔術、見るだけじゃなくて使ってみたくないですか?」

「え……いいんですか!?」

「それは是非!」

 魔術師は手のうちは明かさないのが普通。いくら生徒とはいえ、それを渡すなど常識では考えられない。

「遅くまで残ったのに何の成果もないのはかわいそうですからね。術式を書くために職員室に戻るので、ちょっと待っててくださいね」

 そう残してジュアン先生は真っ暗な校舎の中、唯一明るい職員室へと小走りで戻っていく。

「まさか先生から新しい術式を教えてもらえるなんてな! 絶対使えるようになって見せびらかすんだ!」

「負けませんよ、殿下! 私だってかっこいい魔術使えるようになりますからね!」

 大興奮の男子三人組の横で、シルヴィも嬉しそうに私に話しかけてくる。

「カノン、新しい術式だって! 土だと暗闇の中で光らせることはできないけど、たくさんのものを一度に制御するのってデキる魔術師って感じで憧れるよね!」

「ふふ、そうだね」

 正直、私は一から術式を作って先生の魔術を再現できないこともないけど、新しい術式を知ることができるのは嬉しい。

 そうやって話していると、ジュアン先生が駆け足で戻ってくる。

「人数分書いてきたので、一つずつ持って帰って練習してください。このことは他の生徒には秘密ですからね。魔術自体はクラスメイトや先輩に見せてもいいですけど、術式は教えないでください」

「分かりました」

「約束します」

「それと──この魔術、実は相当難しいので頑張ってくださいね」

 先生の口から飛びだした「難しい」という言葉に皆顔が引きつるが、実際にあの魔術を見た後では、それでも頑張って使えるようになってみせるという気持ちが強かった。

「……絶対使えるようになってみせます!」

「先生に見せてくれる日を楽しみにしてますよ。皆さん、今日はもう遅いですしそろそろ帰りましょうか」

「そうですね。先生、さようなら。術式ありがとうございます」

「「さようなら」」

 私たちは貰った術式の書かれた紙をしっかりと握ったまま、先生と別れてシルヴィの住む寮や迎えの馬車が停まる場所がある方へと歩きだした。

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