3-7 混乱

 昼時を過ぎたとあって、梓たちのクラスの縁日にも人が入り出した。小さな子供を連れた親子連れの姿もちらほら見受けられ、本物の縁日さながらの賑わいである。

「藤野くん」

 「カラーボールすくい」を受け持っている生徒が数名、梓たちのブースにやってきた。

「もうすぐダンス部の発表が始まるから、私たち、抜けないといけないんだ。ダンス部のステージの間、『カラーボールすくい』のブースの留守番を頼んでいいかな」

「うん、いいよ」

 梓がそう言うと、ダンス部の部員たちは「ありがとー」と口々に言って教室を駆け出していった。

「一人で大丈夫?」

 梓は静佳に声をかけた。

《うん。何とかなるよ》

 静佳の笑顔に見送られ、梓は「カラーボールすくい」のブースへと移動した。ゲームのルール説明をしたり、景品を渡したりしながら、横目で一人で「トランプタワーチャレンジ」のブースを仕切る静佳の様子をうかがう。静佳もやっていることは梓と同じだ。ルール説明に始まり、ゲームが終われば景品をわたす。口がきけないため、静佳は参加者にタブレットを差し出しながらルール説明を行っていた。

 無言でタブレットを差し出されると、参加者の多くはとまどっていた。「口がきけません」とでも書いて最初に見せているのか、とまどいは長くは続かなかった。ルールもタブレットでの説明で相手に伝わっていた。参加者の質問にはやはりタブレットを使用して答えていた。

 静佳は嬉々として接客をしていた。景品を渡す時には笑顔をみせ、文化祭を楽しんでいた。梓はほっと胸をなでおろした。

「藤野」

 景品を渡し終えた梓にむかって数名の生徒がかけよってきた。まるで梓の接客が終わるのを待ち構えていたようだった。生徒たちは時計を見てそわそわしている。

「悪いんだけどさ、俺らのブースの留守番も頼んでいい?」

 「ペットボトルボーリング」を受け持っている生徒たちだった。

「ダンス部のステージ、見たいんだ。な、頼むよ」

 そのうちの一人が両手を合わせて頼み込んだ。

「いいよ、行ってきなよ。お客さんももうあまり来ないだろうしね」

 梓はそう言ってクラスメートたちを送り出した。

 文化祭の目玉であるダンス部のステージが始まる時間が近づくにつれ、縁日への客足も途絶えがちになってきた。人手が減っても大した影響はないだろうと梓はふんだ。

 気づくと、教室には梓と静佳、吉元、松田、浜尾の五人しか残っていなかった。梓は焦りを感じた。ゲームブースは全部で六つ、教室にいる人間は五人。誰かが二つのブースを掛け持ちするはめになる。

「みんな、どこへ行ったのかな」

 梓は静佳に尋ねた。

《吉元が、『ダンス部のステージが観たい人は抜けていい』って言ったんだ》

「ここぞとばかりに、いい顔しやがって」

 呆れながら、梓は「カラーボールすくい」のブースに戻って行った。参加希望者がカラーボールの浮いた子供用プールの前で梓からの説明を待っていた。

「カラーボールすくい」のゲーム説明をしている間に、「ペットボトルボーリング」の前をカップルらしき高校生の男女二人組がふらりと立ち寄った。「ペットボトルボーリング」をしたいが、ブースに誰もいないので戸惑っている。

「お待たせしましたっ!」

 「カラーボールすくい」の説明を早口で切り上げ、梓は「ペットボトルボーリング」のブースにかけこんだ。

 「ペットボトルボーリング」のゲーム説明をしている間に、「カラーボールすくい」の参加者がゲームを終えてしまった。景品を渡さなければならないが、梓は場を離れられない。助けを求めて隣を見ると、静佳は静佳で「トランプタワーチャレンジ」の参加者を相手にしている。吉元たちも、それぞれのブースで参加者を相手にしていた。

「すいませんっ!」

 梓は、「カラーボールすくい」に飛んで引き返した。参加者に景品を渡している間に、新しい参加者がついてしまった。「ペットボトルボーリング」は、と目をやると、ゲームを終えた参加者が待っている。景品を先に渡すか、「カラーボールすくい」の新しい参加者にルール説明をしてしまうか梓が悩んでいると、静佳がブースを移動し、「ペットボトルボーリング」の景品を渡してくれた。

 助かったと胸をなでおろしたのもつかの間、「トランプタワーチャレンジ」の前を男子高校生三人組が行ったり来たりし始めた。ゲームをしたいが、ブースに誰もいないので考えている様子だ。

(静佳!)

 静佳を見やると、静佳は「ペットボトルボーリング」に新たに来た参加者にルール説明をタブレットを用いて行っている。静佳も男子高校生たちの存在に気づいているようで、説明の合間に梓の方に顔を向けて助けを求めていた。梓は「カラーボールすくい」のゲーム説明の最中で身動きがとれない。男子高校生たちは「トランプタワーチャレンジ」をあきらめ、誰も並んでいない「輪投げ」へと向かっていった。

 ゲーム説明と景品渡し――自分のいるブースから参加者の待つブースへと飛び回り、参加者の相手をする作業はまるで宙に浮かせた玉を落とすまいとするジャグリングだった。ブース間を飛び回っているのは梓と静佳だけ、吉元たちはそれぞれのブースに居ついたまま、動こうとしない。

 いくら客足が減ったとはいえ、対応する側の人間も減れば負担は逆に増える。梓でさえてんてこ舞いだというのに、コミュニケーション手段をタブレットに頼らざるを得ない静佳はタブレットへの入力作業もあって梓の倍の負担がかかっている。

「え? これって違うゲームの説明じゃないですか?」

 タブレットをのぞきこんでいた女子中学生の二人組の一人、ショートカットの少女が顔をあげた。静佳は慌てた様子でタブレットを自分の方にむけてくるりと回転させたかと思うと、内容を確認した後に二人組にむかって頭を下げていた。どうやら「ペットボトルボーリング」をしたい二人に別のゲームの内容を説明してしまったようだった。あらかじめテンプレートとして用意してあるゲーム説明を選び間違えたのだろう。

 女子中学生二人組がゲームをしている間、静佳は「トランプタワーチャレンジ」の参加者に景品を渡していた。

「聞いていたのと違うんですけど」

 男子高校生二人組のひとりが文句を言った。どうやら景品を間違えて渡してしまったらしい。またしても静佳は平謝りに謝りたおしていた。口はきけないので、ひたすら頭を下げるだけだったが。

「すぐ戻るから!」

 静佳にむかってそう叫び、梓は教室を飛び出した。

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