3-6 ファン

 鈴のバンドの発表が終わり、教室に戻ろうとした時だった。振り向いた瞬間、声をかけられた。

 声の主は他校の女子高生たちだった。声をかけてきたのはそのうちの一人、セミロングの女子高生で、上目遣いで首をほんの少し傾けている。

「あ、はい」

 照れ隠しで梓の返事はぶっきらぼうになってしまった。「かわいい子じゃん」と、肘で梓の肩を突いたなり、響は片目をつぶってそそくさとその場を去っていってしまった。

 ミニライヴの動画が出回ってからというもの、梓はよく声をかけられるようになった。声をかけてくるのはほぼ女子高生だ。一緒に写真を撮ってもいいかと頼まれ、断る理由も特にないので、撮影に応じるようにはしている。「アイドルでも芸能人でもないのに」と梓が不思議がると、響は「手に届きそうな感じがウケるんだよね」と梓をからかうのだった。

「ステージ、これからですか? あ、もう終わっちゃってたりしますか?」

 梓が講堂の観客席にいたせいで、もう発表が終わったと思ったのだろう。セミロングの女子高生が悲し気な表情で何度も瞬きを繰り返した。

「いや、えっと、まだとか終わっちゃったとかそういうことではなくて……」と、梓は言葉を濁した。

「実は、僕らのバンドの発表はないんだ」

 梓は作り笑顔を浮かべて言った。

 みるみるうちに女子高生たちの顔が曇っていった。

「私たち、『アズキ』のステージを楽しみにして来たのに。発表がないって、どういうことですか?」

「ごめんね。僕ら、軽音学部を退部したんだ。だから、文化祭でのステージはなしになったんだ」

「退部? えー、どうしてですか?」

 セミロングの女子高生が無邪気に尋ね、首を傾けた。

「部活動以外でバンドをやろうってことになってさ」

 嘘ではなかった。退部のきっかけは吉元だったが、バンド活動は軽音学部に所属していなくても続けていけると梓たちは気持ちを切り替えたのだった。

「よかった! じゃあ、バンドを解散したわけじゃないんですね」

「うん。実は、近々、ライヴハウスでステージをやることになってるんだ。よかったら聞きに来て。えっと、場所は……」

 梓はライヴハウスの名前を女子高生たちに教えた。ステージの日時はライヴハウスのウェブサイトに詳細が載っていることもあわせて伝えておいた。

「わあ、絶対に見に行きます!」

 スマホでライヴの情報を確認した女子高生たちは目を輝かせていた。

 ライヴハウスでライヴをやろうと言いだしたのは響だった。退部を決めた時、「文化祭だけがステージじゃない」と響は鼻息あらく言った。文化祭にむけて練習してきた成果を全校生徒に披露する機会を奪われたことは悔しいが、せっかく練習してきたのだからライヴハウスでパフォーマンスしよう。響の提案に全員がのり、連日、「バーンハウス」で練習を重ねている。

 お決まりのように写真撮影に応じ、女子高生たちに別れを告げた後、梓は静佳がいないと気付いた。先に教室に戻ってしまったらしい。女子高生たちにつかまって時間をだいぶ食ってしまった。しまった、と、梓はわき目も振らず、教室めがけて走りだした。

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