3-8 その言葉、取り消せ

 駆け込んだ先は響と鈴の教室だった。執事姿でドリンクを出している響と鈴を見つけるなり、梓は二人の腕をつかんで教室の外に引きずり出した。

「何だっての、梓」

 響は大げさに腕をさすってみせた。

「あのさ、別のクラスの二人にこんなことを頼むのはどうかと思うんだけど、うちのクラスの縁日、手伝ってもらえない?」

 梓は早口でまくしたてた。事情を知らされた響は梓より先に教室にむかってかけだした。

「なんだよ、別のクラスの人間の手を借りないといけないとか、情けなくね?」

 響と鈴を見るなり、吉元が吐き捨てるように言った。

「手伝いとか、いらねえよ。どうせもう客なんか来ないんだし」

 吉元にそう言われ、梓は教室を見渡した。少なくなってきたなと思っていた客の姿は今やまったくない。潮と同じで客足が引いているのは今だけだと梓は響と鈴を教室内へと引き入れた。

「えっと、簡単に説明するね……」

 響と鈴を相手に梓は早口でゲーム内容を説明した。

「ムダ、ムダ。そいつの接客がちんたらしているせいで客が逃げちまったんだ。もう戻ってきやしないって」

 吉元が顎の先で静佳をさした。

「静佳がもたついているなと思ったら、君たちが手伝ってくれたってよかったじゃないか!」

 梓は吉元に食ってかかっていった。

「自分のブースに客がいない時があったのに、黙ってみてるだけで誰も僕らの手伝いをしてくれなかったよね?」

「俺らは自分たちが受け持ったブースの接客を責任もってやってただけだけど」

 吉元は浜尾と松田に同意を求め、浜尾と松田はニヤついた顔でうなずいていた。

「同じクラスとしての出し物なんだ。困っているブースがあったら手伝ってもいいだろ?」

「そんなことするから、自分のブースがおろそかになるんだよ、藤野」

「僕らだって、自分たちの受け持ちのゲームの面倒はちゃんとみていたよ」

「そうか? ちゃんとみていないから、文句が出るんだよ」

「文句って何だよ」

「『トランプタワーチャレンジ』をしたかったのに、誰もいないから結局『輪投げ』することにしたっていう客がいたぜ」

「だったら、君たちのうちの誰かが『トランプタワーチャレンジ』のブースに入ってくれたらよかったのに」

「何でお前らのしりぬぐいをしなきゃなんねえの?」

 吉元は大げさに嫌な顔をしてみせ、静佳を睨んだ。

「最初っから無理だったんだって。口きけねえのにさ、何で接客なんかしようとすんの? 何高望みしちゃってんの? お前みたいな足手まといな人間はさ、だまっーって俺らが文化祭を楽しむのを学校のすみっこから眺めてりゃいいんだよ。そうすりゃ、誰にも迷惑かからないだろうが」

「迷惑なんか、かけてないだろうが!」

「かけてんじゃん、実際。口がきけないからタブレットを使うしかなくて、客にルール説明を読んでもらう手間かけさせてさ。しかも間違った内容教えてやんの。いちいちタブレットを使うから、説明にも時間がかかってさ、その間にも客は来てるってのに相手をしてやれない。困ったあげく、他のクラスからヘルプを呼んでくる。そのクラスにしたら、たまったもんじゃねえだろ?」

「迷惑だなんて思ってないよ!」と響が声をあらげた。

「友達同士、困っていたら助け合うんだ。吉元、友達いないだろ? 助けられたことがないから、助けようという考えが浮かばないんだ」

「友達ごっこかよ」

 吉元は鼻で笑った。

「そんなの、友情なんかじゃねえっての。ただの同情」と言って吉元は静佳を見やった。

「クラスのみんながお前に優しいの、同情だからな。『口きけないんだ、かわいそー』ってな。歌が上手いからってちやほやされてたんじゃねえぞ。本音じゃ、『スマホでやり取りめんどくせー』とか『歌で会話とかキモ』って思ってるさ。もうさ、お前、目ざわりなんだよ、存在が」

 吉元の言葉を聞いているうちに梓は気分が悪くなってきた。視界がぐらりと揺れ、思わずバランスを崩すとそばにいた鈴にすんでのところで抱えられ、かろうじて立っていられた。吉元の放った言葉の言霊は、歪な形をし、あるものは猛スピードで宙を飛び、あるものはすぅっと地に落ちた。形が歪なもの同士でぶつかりあい、こすれて出る音は非常に不快で、不安な気分をかきたてた。

「自分でもそう思わない? ああ、俺って足手まといだわ、とか、人に迷惑かけてるなって。ねえ、人に助けをかりないとならないで生きてて楽しい? 申し訳なくなって、死にたくならない? 生きてると迷惑かけるわーって。何でお前はそうやって平気で生きてられんの? 歌とか歌って調子コイてさ。もう、ほんと、ウザいわ、お前。なあ、お願いだから、死んで? その方が世のため、人のためだから。てか、死ね」

 うわあと叫び、耳を塞いで梓は床に崩れ落ちた。耳の穴に直接雷が落ちたような衝撃だった。頭の上から手足の爪の先までが痺れた。こみ上げる吐き気を必死に抑え、梓は鈴の腕をかりて立ち上がった。

「吉元、今の言葉、取り消せ」

「何だよ」

 梓の血走った目、腹の底からしぼりだした低い声に一瞬ひるんだものの、吉元は薄ら笑いを浮かべていた。

「なにマジになってんだよ。森川が『死ね』って言われて切れてんのか? まーた、うすっぺらい友情ごっこかよ。くだらねえ」

「取り消せよ」

 肩で荒い息をしながら、梓はようやくのことで言葉をしぼりだした。

「いやだね。いくらでも言ってやる。死ね、死ね、しッ……」

 獣のような咆哮をあげ、梓は吉元に殴りかかっていった。ふりあげた右手拳は吉元の頬に当たった。ベチンと水風船を割ろうとしたような鈍い音があがり、吉元が膝を崩して床に倒れこんだ。すかさず梓は吉元の腹に馬乗りになった。

 二発目を殴ろうと右手拳を天にむかってふりあげる。吉元が両手をあげ、殴られまいと顔をかばった。ふりおろそうとする梓の右手を鈴がさらうようにして掴んだ。鈴はそのまま骨を砕きそうな勢いで梓の腕を強く握っていた。

 頭の中で雷鳴がとどろいていた。周りが騒がしいが、何を言っているのか聞き取れない。

 静佳は、と静佳の姿をさがした。静佳は幽霊のように青白い顔をして梓を見下ろしていた。

 そこで梓の視界は目隠しでもされたかのように真っ暗になってしまった。

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