1-6 重ねた嘘

「どこ行くのさ?」

 返事はない。静佳は足早に廊下を歩いていく。見失うまいと梓は静佳の背中を追った。心なしか、小さな背が震えているようにみえる。

「スマホ、無くしたんだったら探すの手伝うよ!」

 梓から逃げようとしているかのように速度をあげていく静佳の背中にむかって声を投げかけた。梓の言葉に食らいつき、静佳が足を止めた。あまりにも急な動作で、振り返った静佳と後を追っていた梓はぶつかりそうになった。

 そろっていない前髪の隙間からのぞき見える静佳の目は真っ赤に充血していた。泣きたいところを我慢しているのか、浜尾に腹を立てているのか。

 廊下の中央に突っ立っている静佳にむかって梓は自分のスマホを取り出して見せた。

「番号教えて。鳴らしてみれば、近くにあるんだったら着信音が聞こえるから落とした場所がわかるだろ? 誰かに拾われていれば電話に出てもらえるかもしれないしさ」

 なるほどと言わんばかりに静佳が二度、三度頭を振ってみせた。

「とりあえず体育館に行ってみよう。浜尾に預けなかったって言うんなら、スマホを体育館に持っていったはずだ。無くしたとしたら、体育館の可能性が高いよね」

 四時間目の体育は体育館でバスケットボールの授業だった。肌身離さず持っていたとしても体を動かしている間に落としてしまったか、落としたくないからとどこかに置いてそのまま忘れてしまったか。

 梓は体育館を目指した。その後ろを静佳がゆっくりと追った。

 体育館の隅から隅まで、スマホ片手に梓は歩いて回った。教えてもらった番号にかけているが、静佳のスマホから鳴るはずの着信音は聞こえてこない。

 体育館で昼休みを過ごしている生徒にも声をかけ、スマホを見なかったかと尋ねた。いい返事はなかった。落とし物なら職員室に届けられているかもというアドバイスをくれる生徒がいる一方で、拾われていたら多分戻ってこないだろうという悲しい意見もあった。サービス利用が中断されるか充電が切れるまでの間、散々使いつくしてやろうという考えの持ち主も残念ながらいるだろうという話だった。

 梓は黙って後ろをついてくるだけの静佳を振り返った。無くしたスマホを見つけ出せずに焦っているはずの静佳は落ち着き払っている。諦めているのか、体育館にはないとわかっているのか、スマホを探してあたりに細かく目を配る様子もない。

 スマホは体育館にはない。梓にもはじめからわかっていた。わかっていながら静佳に付き合った。だが、これ以上、茶番を続けるのは無駄だ。梓は足を止め、スマホも切った。

「あのさ、言いにくいんだけど……。スマホ、盗られたんじゃないの?」

 梓の背にぶつかりそうになりながら静佳が立ち止まった。はっと上げてみせた顔が青ざめていた。そんなはずはないと言わんばかりに首を横に振っている。

「だってさ、さっきから見てるけど、森川、全然真剣にスマホを探そうとしていないよね? 自分で無くしたんじゃなくて、盗られたってわかってるからじゃないの?」

 スマホを貸してくれと静佳が手振りで訴えてきた。

 梓がスマホを手渡すと、静佳は震える指をスクリーンの上に滑らせた。

《思い出した、スマホは今日は家に忘れてきたんだった》

「そんなわけないよね?」

 思わず荒げた声に静佳がおびえ、肩をびくつかせた。

「だって、君にとってスマホはただのスマホじゃない。声のようなものだ。僕らとは段違いに大事なものを家に忘れてくるはずはないって。なくしたら大変なことになるってわかっているから、管理はきちんとしているよね。みんなと同じように体育委員の浜尾に預けたはずだ。自分で管理しているより、職員室に預けておいた方が安全なんだから。安全なはずの職員室に預けたスマホがなくなった。それも君のスマホだけがだよ。おかしいと思わない?」

 静佳はうなだれてしまった。傍目には梓が静佳をきつく問いただしているように見えたのか、体育館にいた生徒たちが非難の視線を投げかけてきた。

「同じクラスの子を疑いたくない気持ちはわからないでもないけど。でも、浜尾だけなんだよ、森川のスマホに一番近くにいたのはさ。浜尾だけが貴重品袋から森川のスマホを抜き取れたんだ。森川もわかっているんだろ? だから、浜尾が『自分が盗ったみたいに言うな』って言いだした時、今日は預けてなかったんだって嘘をついたんだ。嘘をついたっていうか、浜尾に言わされたようなものだったよ。『預けなかったんだよな』って誘導したのは浜尾だった。スマホを家に忘れてきたっていうのも嘘だよね。僕がわからないのは、どうして嘘をついてまで浜尾を守るのかってこと。森川、浜尾と仲がいいわけじゃないよね? むしろさっきの浜尾の態度は森川に対してものすごく意地悪だった」

 静佳が言い返さないから何事も起きなかったが、割って入ったはずの梓とは下手したら大喧嘩になっていたかもしれない。険悪な空気を察したように静佳が嘘をついて緊張を和らげたのだった。

「勝手に、スマホ泥棒だって言うのかって決めつけてきて。自分の不注意で森川のスマホを無くしてしまったっていうことなら、正直にそう言えばいいんだ。それこそ『ごめんなさい』ってさ。謝るのは浜尾の方で、森川じゃない。無くしたんだとして、怒られると思ってごまかしたり、逆に森川を責めるのはお門違いなんだ」

《もういいよ。スマホはまた買ってもらうから》

「よくないよ」

 浜尾に腹が立つのは当然として、あきらめの良すぎる静佳にも腹が立った。

「盗んだというのは言い過ぎかもしれない。だけど、浜尾は何かを知っている。とにかく、もう一度、浜尾ときちんと話をしてみよう」

《なんでそこまでするの? スマホはなくなったんだ。なら、新しいスマホを買えば済む話だよ》

 静佳は浜尾との対決に消極的だった。拗らせたくないように思える態度から、梓は静佳こそ真相を知っているような気がふとした。

「買ってもらえば済む話なの? スマホはただの物なの? さっきも言ったけど、森川にとっては『声』なんだよね?」

《藤野くんの『声』じゃない。これは僕の問題》 

 目の前で静佳の心のドアがぴしゃりと閉められた。梓は静佳から閉め出しをくらってしまった。その時だった。二人同時に腹の虫が鳴った。

「まずは腹ごしらえだ」

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