ロシュ国(10) 別れ

 出立の朝。ズッカの門の前には多くの職人たちが見送りに詰めかけていた。


「ちび助よぅ、体に気をつけて家に戻るんだぞ」

「また来年の火祭りの時期に必ず来いよな!」

「変なもん食って腹壊すなよー」


 口々に別れの言葉を告げる男たちは命火の養育場作りを手伝う際に仲良くなった者たちである。ズッカに滞在している間、自分の娘や孫を構うように何くれとなく世話を焼いてくれたのは非常にありがたかった。私がズッカの救世主ヴェリスカの娘だという色眼鏡があったにせよ、それを差し引いてあまりあるほどに温かく私達を迎え入れてくれた人たちだった。


「これは俺達からの餞別だ。今あるズッカ石の中で一番マナを多く貯蔵できるやつを選んで作った。これがありゃ、危険なときもすぐ獣化できるだろ」


 ローグが差し出したのは大ぶりのズッカ石がはめ込まれたチョーカーだ。極細の銀糸できめ細やかに編まれたレースの中心に艷やかな青い宝石が輝いている。こんな高価なもの、と受け取るのをためらう私の背中を押したのは先生だった。


「受け取ってやれ。ルルイはローグの命の恩人なんだから」

「お前がクラウから助けてくれたおかげで、俺は家族を残して死なずに済んだ。お前に似合うよう作ったから、受け取ってくれないか」


 ローグの言葉に続けて他の男たちも頷く。みんなで作ったんだ、と言われて私は手を伸ばし、チョーカーを受け取る。普段アクセサリー類をつけない私にとって、初めて身につける装身具だ。なめらかな手触りのチョーカーを首につけると、少しだけ大人になったように思った。


「ありがとうございます。大事にします」

「ちび助にしてはまあまあ似合いますね。道行く人にぜひズッカ石の美しさを宣伝してください」

「リリアーリさん」

「次に来るときはになっていることを期待していますよ」


 「星持ち」という言葉を聞き、アシュティ先生はあからさまに眉間へしわを寄せる。リリアーリは全く意に介さず涼し気な顔で私の肩をぽんと叩いた。


「魔法生物学者は常に危険と隣り合わせ。星持ちはどの国に行っても様々な待遇を受けられますし、危害を加えようとしてくる人間への牽制にもなる。悪いことじゃないでしょう」

「危害を加えた側の人間がよく言うな……」

「アシュティ。ルルイが国に利用されるのが嫌なのでしょうが、ヴェリスカ様の娘であることも、純血の獣人であることも遅かれ早かれ露見します。こちらから先に手を打っておかなければ」

「そんなこと、言われなくともわかっている」


 あまり感情を表に出さない先生が珍しく嫌悪を顕にして言い返す。だがリリアーリは一歩も引くことなく反論した。


「いいえ。わかってないから言ってるんですよ。獣化なしでも、ルルイの実力なら一ツ星ミュリは貰えるでしょう。もしかすると二ツ星ツァーリスにも届くかもしれない」

狩人リエレの仕事をしないのなら、別に資格などいらないだろう。星持ちは恩恵も多いが、同じだけしがらみもあるんだ」

「あなたに万が一のことがあったとき、ルルイはどうやって生きていくのですか。アジュイヴェトルのこともまだ――」

「黙れ、リリアーリ。それ以上いえばその口今すぐにきけなくしてやる」


 瞬時に殺気をまとったアシュティ先生が身構える。その様子に動じることもなく口をつぐんだリリアーリは、ちらりと私の方を見てから引き下がった。アジュイヴェトル――大陸北部で使われるレストニア語で『星を破壊するもの』という意味だ。何を指し示すものなのかはさっぱり分からなかったが、彼女はそれを私に聞かせたいがためにひと芝居うったのだろう。言われなくても先生の様子で分かる。これは母の失踪に関わる手がかりなのだ、と。


「差し出がましいことを言ってすみませんでした。でも、いい加減子離れはしたほうがいいですよ」

「余計なお世話だ」


 やれやれとため息をつく先生の目に殺気の色はもうない。何事もなかったかのように先生とリリアーリは握手を交わす。そうして先生と私はズッカの街へと別れを告げたのだった。

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メリウェイ魔法生物記〜見習い魔法生物学者ルルイによる研究記録〜 さかな @sakana1127

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