第47話:幼馴染のキャラ変


「……千早くん? あの、あなた本当に?」

「はい?」

「本当に瑠奈と――」


 ぽかんと開けた口に手を添えるお母さんに俺は笑みを作った。

 驚いていた目を徐々に細めると「そうなのね」と柔和な微笑みを見せた。


 今回は何も嘘などついてませんよ。お母さんの解釈はちょっと違うだろうけど、俺は何も。しかしやっぱり本音の言葉ってのは伝わるんだな。


「……手は?」

「出してません」

「予定は」

「……な、いっス」

「分かってるわね」


 おかしいな、ほんの数秒前はあんなに優しい笑みだった筈なのに。こんなにもすぐに般若を召喚させられるものなのか。

 ……お母さん、手ってどこまでですかね。うっかり触っちゃったアレは、セーフですよね?


 ぼんやりあのことを思い出しているとお母さんは般若とお別れして、ぽつりと言った。


「じゃあわざわざお願いすることでもないかしら」

「え?」

「実はね――」



 ♢



 その後、電気が消えてバースデーソングを熱唱しながら瑠奈と福間さんがケーキと共に登場した。

 これがあったから二人はきゃっきゃと楽しそうに片付けをしていたのだろう。


「おめでとーっ! フーして!」


 揺れていたロウソクをお母さんの息が消すとリビングに電気が復活する。わーと拍手が起こる。

 俺も同様に拍手はしているし笑顔を作ってはいるけど、意識は分散してしまっていた。


 さっき言われた言葉を思い返す。


『二人が帰ったら、瑠奈に話そうと思うの。再婚について』


 お母さんの笑顔はぎこちなかった。


『千早くん、瑠奈のそばについててあげてね』


 そう言うお母さんの顔は心配の色が滲んでいて、正直、そんなに思い悩まなくてもと思ってしまった。だってそもそも俺がここにいるのは、それを望んだ瑠奈によってなのだから。

 でもそんな瑠奈の思いなど知るわけもないのだから、不安になるのも心配になるのも仕方ないよな。


 再婚について、と言っていたけど決まったのか。瑠奈も言ってたもんな、今日プロポーズするんじゃないかって。


 そんなことを考えながらぼぉっとケーキを見つめた。苺がたっぷりのったケーキに刺されたロウソクを数えようとしていることに気付いて目を逸らした。

 失礼だろ。年齢不詳が過ぎるこの人の年は気になるけども。


「このケーキねぇ、福間さんと選んだんだよ」

「えぇ? いつの間に」

「こっそり密会したんだよねぇ」

「顔も見ずに帰るのは心苦しかったよ」

「で、今日取ってきたのー」


 そうか、この三人は家族になるのか。

 水城瑠奈ではなく福間瑠奈になるのか。


 そうか、再婚か。

 じゃあ俺はもう――



 ♢♢♢



 翌日、昨日のことを聞きたくて俺は少しそわそわしていた。きっと笑顔で嬉しそうに話すんだろうなと、瑠奈の表情は簡単に想像出来た。

 だけど同時に聞きたくないとも思った。だってこれで瑠奈の願いは叶うのだ。計画は無事遂行されたのだ。


 それはつまり、俺らの関係も終わるということで。


 嫌ではある。でも覚悟をしていた。

 なのにその日、瑠奈は姿を見せなかった。


「瑠奈は今日休みだよ」

「え、何で? 何かあったのか?」

「いやいや、はやちが心配するようなことはないから。うち帰りに様子見てくるし」

「じゃあ俺も」

「ダメー」


 昨日の今日で休みだなんて、心配するなと言う方が無理だ。もしかして再婚の話で何かあったのではないか?

 だけど山本さんが昨日の事情を知っているかも分からなくて、俺はそれ以上強く出られなかった。



 ♢♢



「……おう」

「こんばんは」

「はい、コンバンハー」


 夜、麗華が家に来た。もう変なことしないからと言われては断れなかった。女にこんなセリフ言わせるとは、いやはや。あ、二人目じゃん、俺言われるの。


「どした」

「……うん、今日はね」


 そう言うと麗華はいつもの定位置ではなくソファに座る俺の隣に座った。距離をあけてしまったのは無意識だ。


「これをしに来たの」

「……へ?」


 麗華の方をまともに見られなくて視線を外していたのだが「これ」と言われて見れば、麗華の手には裁縫用のものと思われる細い糸がぶら下がっていた。

 それを下に辿れば五円玉がくくりつけてある。


「え、ぇっと? それは」

「催眠術をちょっと」

「変なことしに来てんじゃん」


 怖いよ、催眠で何をしようとしているんだ。つか出来んのか、そんな古典的なやつで。リアルで初めて見たわ。


「……」

「……」


 怖い怖い怖い。無言でゆらゆらさせんな! 何か言ってよ!


「……かかった?」

「かかるかぁ」

「おかしいわね、間違えてるのかしら」

「いや、あれだろ。あなたはだんだん眠くなる~的な文言が」

「あぁ、そうね」

「いや、かからんよ?」

「……確かに、千早って捻くれてるところがあるから」

「麗華さん?」


 ハァと大きくため息を吐く麗華に苦笑いが浮かぶ。

 いや、信じてなどいないが、麗華のキリッとした目には何かしらの力があるんじゃないかと思ってしまった。怖かったよ。


「で、催眠術で何をしたかったんだ」

「……千早を操ろうと」

「だから操って何をどうしたかったんだよ。何だ、お前のこと好きになるようにか」

「! わ、忘れてって言ったのに!」

「無理だわ!」

「わ、私は忘れてた!」

「もし本当にそうなら一回病院行ってこい」


 あまりに素っ頓狂なことをされたからか、俺の体から緊張はすっかり消えた。触れるべきではないことは分かっていたけど、突っ込まずにはいられなかった。

 それは麗華の表情のせいかもしれない。

 小さい頃遊んでいた面影がちらりと見えたからかもしれない。


「つか何で催眠術」

「千鳥が……」


 またアイツか。

 千鳥こそ麗華に催眠術でもかけてんじゃねぇの? 俺の言うことを信じるようにとかって。じゃないとこの妄信っぷりは説明がつかんぞ。



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