第46話:大事にします。


 外に出ると瑠奈は笑顔だった。「へへ、拗ねちゃった」と言うと小さく舌先を出す。どうやらコイツは引きずるタイプではないらしい。

 言えやしないが、拗ねた顔可愛かったです。


「お前も花欲しいの?」

「でも枯れたら悲しいからなぁ……」

「え、じゃあこれ迷惑?」

「ううん、嬉しいは絶対だよ!」


 もういつもの瑠奈に戻っている。俺が持つ花束を見て「可愛いねぇ」と微笑むから、お前の方が可愛いよと思ってしまった。アホだな、この短時間に何度同じ感想を抱けば気が済むんだ俺は。


 先を歩き始める瑠奈の後ろをゆっくりとついていく。

 右手に持った花束をちらと見て、同じものをもう一つ作ってもらえば良かったかと思った。これを持った瑠奈は絶対にかわ……いや、もういいって俺。


 まぁそんな思い付きでポンと渡せるわけもないのだけど。自覚してしまった今、そんな意味ありげなものを考えもなしになんて、無理だ。

 でも、これくらいなら――


 瑠奈の隣に並ぶと左手に花束を持ち替えて、右側を歩く瑠奈のコートのポケットに思いっきり手を突っ込んだ。


「ぎゃっ!」


 驚いた声をあげる瑠奈に思わず笑ってしまった。

 すぐさまポケットから手を出して数歩先を歩いてから背後を窺う。立ち止まった瑠奈はポケットを探っていた。


 そしてすぐに見つけ出されるのはさっき俺が突っ込んだもの。


「くま!」

「……」

「えっ、くま!」


 薄いベージュ色のそいつはレジ横の棚で見つけたキーホルダーだ。目が合った瞬間、瑠奈の顔が浮かんで会計を済ませてしまった。

 首元にサーモンピンクの薔薇とリボンをつけたそいつを手の平の中で見つめて一度、俺を見て再度くまを連呼すると瑠奈はようやく足を動かした。


「千早くん、くま!」

「分かったって」

「可愛い」


 三度目の報告にまた笑ってしまった。

 じぃっとくまを見つめながら歩くから「危ない」と前を向くよう促せば、瑠奈はそれをきゅっと両手で包んで、


「ありがとう、大事にする! 一生!」


 と俺を真っ直ぐ見て言った。

 一生って……と突っ込みたかったけど、でもそんな大袈裟なお礼は素直に嬉しくて。


「おう、大事にして。で、前見て歩いて」


 瑠奈より身長があって良かった。だって頬の緩みがバレないだろ。



 ♢♢



 家に着くと既にお母さんと福間さんがいた。

 おめでとうございますと花束を渡すと、お母さんは目を見開いて驚いた後、満面の笑みで「ありがとう」と言った。

 花束をプレゼントしたくなる人の気持ちが少し分かった気がした。だって花を抱える人はなんて綺麗に笑うのだろう。笑顔に花がプラスされて華やかにも感じる。


 食事は瑠奈が言っていたものが並んだ。

 全て手作りだと言われて驚いた。ローストビーフって外で買うものなんじゃないの?


 ちらし寿司にローストビーフという組み合わせは俺にとっては異色だったが、テーブルを埋め尽くす料理は全てお母さんの好物らしい。

 カレーとシチューが好物であればその二つが出てきたのかな、多分並ぶんだろうな。安易に想像出来て笑った。


 俺の隣に瑠奈、お母さんの隣には福間さん。

 美味い料理と四つの笑顔。

 早速、花瓶におさまった花束。

 まるでホームドラマのワンシーンだった。



 ♢



 そんな時間はあっという間に過ぎて、現在リビングには俺とお母さんの二人でいる。

 瑠奈と福間さんはキッチンで仲良く片付け中だ。


「ありがとうね、千早くん」

「あ、いえ。楽しかったです」

「ううん、それもだけど。瑠奈のこと」


 カラカラとベランダに繋がる扉を開ければ強い風がカーテンを揺らした。お母さんは扉に手をかけたまま俺に振り返る。


「あの子が千早くんに何を頼んだかは分からないけど。瑠奈の我儘に付き合ってくれてるんでしょ?」

「へ」

「最初から気付いてるわよー」


 キッチンからは笑い声が二つ響く。こちらのことなどちっとも気にしていないようだ。

 ……やばくない? 素直に吐いたがいいんかな。


「まともに紹介もせずに結婚したいなんて。何か企んでるとしか思えないもの」

「はは……」


 俺は肯定も否定もせず、ただ下手くそに笑った。

 そりゃあバレるよな……、若干騙せてる気はしていたけど、そんなにうまくいくわけなどなかったのだ。でもだったらどうして焼き肉の時俺を誘ってくれたのだろう。


「でもあぁいうことが将来あるのよね、瑠奈だっていつかはお嫁に行くのよね」

「……」

「当たり前だけど想像出来ていなかったから、結構ショックだったわー」


 もうこれは誤魔化せないのだろうか。……でも、瑠奈の目的は達成していないとはいえ、いい方向に進んでる筈だ。だったら、もういいのかもしれない。

 だけど、俺と瑠奈の間では何の話もしていないのだから、ここで俺が「すいませんでした」というのはしたくない。


 それに、俺は――


「あの。……確かに、すぐに結婚ってのは、ちょっとアレだったんですけど」

「ふふ、ほんとよ~」


 俺はお母さんの指摘を肯定したわけじゃない。確かにあの切り出し方はひどかったからな。そこは大いに同意する。

 だけど。


「俺、瑠奈さんが好きですから」


 そう、俺はしっかり自覚したんだ。

 瑠奈が好きだと。

 口にした途端、何か熱を帯びたものが胸の辺りに沸き立つのを感じた。


「大事にします」


 一方通行だとしても、俺はアイツを大事に思う。瑠奈が許してくれる範囲で、俺は俺なりに大事にしていく。

 結婚の挨拶とは抱える意味も責任も違うのだけど、でも嘘じゃない。


 まだ誰にも打ち明けていない思いを最初に話す相手が、まさか本人の母親だとはな。



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