第48話:幼馴染の告白①


「もう千鳥の言うこときかない。分かった?」

「……そうね、中学の時に言われたことだもの。今の千早に意味ないわよね」

「いや、中学の俺でも意味ないから」


 麗華はそれをスカートのポケットにしまうと俺の顔をじぃっと見てくる。


「お前ね、そもそもそんなんで好かれて嬉しいの?」

「そうね、少ししか嬉しくないわ」

「少し嬉しいんかよ」


 一度触れてしまったことを取り下げるのもおかしな気がして、少々乱暴に言えば麗華までそれにのってきた。

 突っ込むとふっと小さく笑って「なんてね、違うわ」と首を横に振った。


「何だか元気なかったから、千早」

「……」

「笑わせたくて、仕込んで来た、の」


 麗華の言葉に目を丸くしてしまった。

 元気がなかった、それを否定するつもりはない。覚悟はしていたとはいえ、瑠奈との関係が終わるかもしれないことは嫌で。なのにアイツはいないから気持ちは心配のものに変わってしまって。

 今日一日俺の気分は降下気味だった。


 だけどそんなことじゃなくて。

 目を丸くしてしまったのは麗華の言葉があまりにも予想外だったから。


「でも失敗したわね」

「いや、成功してるよ」


 かかることは勿論ないし大笑いというわけにもいかなかったが、意外性は抜群だった。少し気分が晴れた気がするし。


「……千早、忘れてないのね」

「無理だろー」

「そうよね、私も忘れてない」


 そりゃそうだろうよ。本当にあの一件を記憶から消すことが出来ていたのなら、お前は催眠術でも超能力でも何でもできるかもしれんぞ。


 リビングに二つのため息が響くと途端に静かになった。

 天井を見上げて思案する。話題を探っているわけではない。だってここに出すべき話は、分かっている。だけどそれは俺から切り出していいのだろうか。


「……麗華」

「……うん」

「話、してもいいか?」


 でもこの静寂はそれを促しているように思えた。だから多分、麗華も頷いたのだ。


 あの日麗華は「お願いだから」と言っていたにも関わらず、俺はそれを聞き入れるどころか傷つけてしまうことを口にする。

 それをきっと麗華も、分かっている。


 胸がちくちくと痛い。

 出来ればこんな話はしたくない。数日前の俺らに戻りたいとも思ってしまう。だけどそんなことは出来やしないし、してはいけないんだ。


 ちゃんと向き合う。俺が麗華に出来ることは、これくらいしかないのだから。


「田川に言われたんだ、俺はどうやら鈍いらしい」

「そうね、千早の鈍さは異常よ」


 麗華は正面に体を向けて座りなおすと、しゃんと姿勢を伸ばした。


「他人の気持ちにも俺自身についても、気付いていないことがたくさんあった」

「……」

「だから多分、必要のない苛立ちとか感じさせてたと思う」

「……そうね」

「本当に、ごめん」


 田川に何度言われただろう。

 麗華に何度言われただろう。


 俺はその都度否定してきた。その時は違うと思っていたから。

 だけどよくよく考えれば気付くチャンスはあったんだ。はなからナイと思っていたから注視することも、向き合うこともしなかっただけ。


 だって麗華は幼馴染だ。ずっと一緒だから誤解されてしまうけど、そんなことあるわけないと。

 だって瑠奈は知り合ったばかりだ。すぐに親しくなったのはアイツのポテンシャルから成るものだし、そうする必要性があったから。だからそんな距離の詰め方をされたくらいで、そんなことあるわけないと。


 物事を否定するのは簡単なんだ。認めることの方がずっと難しい。

 俺はいろいろ考えるくせに肝心なとこを考えていなかった。


 そのせいで周りはもどかしかっただろうな。

 麗華は……、しんどいこともあっただろうな。

 ごめんな、本当に。


「麗華、俺」

「待って」


 自分の気持ちを云う。そう意を決して切り出した言葉は麗華に遮られた。


「ちゃんと言わせてほしい」


 その言葉はとても強かった。瞳は震えていないし、キリッとした顔つきはいつもの麗華だった。

 その申し出を断る理由など、どこにもない。頷くと麗華は小さく肩を上下させて深呼吸した。


「私ね、千早に彼女なんか出来るわけないって思ってたの。好きな人が出来てもそれだけで終わるのを見てきてたから」


 確かに今までの俺はそうだ。

 自分から動くなんて考えもしない。そもそも動く程、相手に感情など持っていなかった。だってちょっと派手になっただけで終わらせることが出来る程度なのだ。


 もし瑠奈が黒髪スタートでその瑠奈を好きになったとして、ある日突然今の色にしたとしよう。それで俺は勝手に幻滅するだろうか? 自信を持って言える、しない。


「だから平気だった。……そりゃあ嫉妬はしたわ。どうして隣を見ないで別のとこを見るんだろう、って。腹も立った」

「……」

「でも千早は好きになった人と先にはいかないから、だからいいやって思った。好きじゃなくなったらそれまでだから、そんな不安定なもの気にならなくなったの」

「……うん」

「小学生の頃、千早が言ってくれたから。麗華のそばにいるって。だからそんなものより、私たちの関係は強いんだって信じてた」


 ハッキリと覚えているわけじゃないけど、言ったと思う。

 なんだっけ、誰かに意地悪されたかで泣いてた時だっけか。その時は本当にそう思っていたから口にしたんだろう。


「嬉しくて。だから私、千早にだけは嫌われないように頑張らなきゃって思った。髪の毛が長いのが好きって言うから伸ばしたし、清楚系が好きだって聞けばそう振舞った」

「え。お前が変わったのって、俺のせいだったの?」

「せいっていうか……。そうね、千早がキッカケだった。怒りっぽいのも必死で押さえたし、穏やかにおしとやかにって意識したわ」


 ……それは知らなんだ。

 中学の頃、徐々におとなしくなっていく麗華に戸惑ったけれど、その裏側に自分がいたなんて。



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