第7話:いつも突然なのよ


 ***



 土曜日、休日、晴天。

 昼辺りまで寝て、片付ける家事があればそれをして、ゴロゴロしたりふらっと出掛けてみたりする、そんな素敵な週末。

 何者にも邪魔されない! 永遠に俺のターン!


 そんな土曜日。なのに俺が今いるのは最寄駅から電車で三駅ほどいったところ。俺の住む街より賑やかな場所にあるショッピングモールである。


 アンクル丈のストレッチのきいた黒いパンツ、ライトベージュの薄手のニットに黒のジャケットと普段の私服よりかっちり目の服装に身を包んだ俺は、


「ねぇねぇ、千早くん。あれ見てきていい?」


 一人ではない。水城さん……もとい、瑠奈と一緒だ。


「お前なぁ、さっきから寄り道多すぎ」

「見るだけ見るだけ。冬服って可愛すぎんだもん」


 真っ白のざっくりとした編み目のニットはオーバーサイズで、最初その下に何も着ていないのかと思って目のやり場に困った。

 まぁショートパンツは履いていたのだけど、生足をむき出しにしているのに変わりはないわけで。


 たまに街中では見るが知人がこういう格好していると、あれだな、ちょっと落ち着かん。ソワソワしちゃう。あぁ、もうちょっと、肩はだけそうよ!

 いかんいかん、あまり見ないようにしよう。律していないとうっかり胸元見ちゃうから、俺のバカ目玉は。



 さて、何故俺が休日にコイツといるかというと、あれは昨日の昼休みのことだ。

 クラスメートであり友人の田川たがわとまったり談笑していると、突然窓から顔を出してきた瑠奈に言われたのだ。


「明日、六時にうちね!」


 ……俺に友達がいると思っていなかったか? いるんだぜ、普通に。

 話を戻そう。


 顔を向けると瑠奈の姿はなく慌てて窓から廊下を覗けば、金色の頭にピンクのメッシュが入った女子と仲良く消えていった。

 休み時間を謳歌する生徒たちに紛れたそれを追いかける気になれず、次見かけたらとっ捕まえてやると思っていたんだが、そのまま会えずじまい。

 仕方がないからメッセージで『どういうこと?』と聞けば、『お母さんその時間いるから♡』ときた。

 答えになってねぇ……。いや、なってるけど、俺の求めてるものじゃねぇ。


 その後も送ったさ、『挨拶ってこと?』とかさ。ことごとく既読スルーされたよ。分かってたんだろうな、俺がぐちゃぐちゃ言うって。

 じゃあ俺も無視するかって思ったけれど、でも気になって。だってもしかしたら母親に伝えてる可能性もあるじゃないか。そう、それすら分からなかったんだ。

 だから『手土産買いたいから付き合って』と送った。そしたら返事よこしたよ、コイツ。オッケーとスタンプで。


 というわけで午後三時、瑠奈と待ち合わせたのがここだった。

 まずは問いたださねばならん。

 なのにコイツときたら、さっきからアパレルショップばっかり入りやがって……!


 このままでは話が出来ん、とカフェに連行した。

 ハニーカフェオレを呑みながら流れるBGMに体を揺らす瑠奈は俺の服をまじまじと見てくる。


「千早くんは黒が好きなの?」

「何だ、唐突に」

「んにゃ、黒多いから」


 お前なぁ……、これでも気を遣ったんだぞ。挨拶に行くなら多少きちんとしないといけないんじゃないかと、俺なりに考えてだなぁ、クローゼットひっくり返してそれなりに見える服を、あれやこれやと悩んだんだ。

 もっと事前に分かってりゃコイツに相談したりも出来ただろうに、ほんと何故前日に言うかね。

 見せてやりたかったわ、親に挨拶とかしたことない男子が鏡の前でファッションショーする様を。


 なんて俺の苦労話はろくに聞いてもらえず、


「手土産って何買うの?」


 もう次の話題に入ってる。興味ないんなら聞かないでよ……。


「そりゃあ……、お菓子とか? てか、瑠奈」

「へい」

「今日俺が行くってのは、つまりアレだよな?」

「うん、計画スタート」

「お母さんは知ってるのか? 俺が来ること」

「うん、言ってある~」


 やっと聞きたかったことが聞けた。

 でもあぁ、知ってるのか。

 ということは行かねばならんのだな、知らないのなら帰ることも選択肢にあったんだけど。

 や、だってあまりに急だし、心も頭も準備できてないもの。

 せめてもう少し親しくなってからでも良かったのではないだろうか。俺らはあまりにも互いを知らないんだぞ。結局あれ以降情報共有もしていない。


 しかしだ。これで逃げ道はなくなった。


「何て言ったの?」

「彼氏連れてくるねって」

「……。ふぅ、ん」


 どうしてコイツはこう、平然と言えるんだろう。そりゃ本物じゃないけども。嘘なんだけども。

 それでも俺はどきりとしてしまうというのに。


「あー、帰りたい」

「大丈夫だよ、千早くん。私がついてる!」

「急すぎるだろ……」

「深く考えないで。楽しそうかつまらなさそうかで決めちゃえばいいんだよ」

「極論だな。それならつまらん、だ」

「私と居たいか居たくないか」

「……」


 思わず言葉に詰まってしまった。だってその二つの選択肢は些かズルいだろ、どっち選んでも変な感じなるじゃん。俺が。

 にこっと笑う瑠奈にため息を深く深く吐いて、会話を進めようと出たのは真似たわけではないが二択だった。


「焼き菓子がいいのか生菓子がいいのか……」

「私どっちも好き」

「お前の好みは聞いてない」

「お母さんはねー、和菓子より洋菓子。ケーキ好きだよ」

「保存がきくものの方がいいんじゃないか?」

「えー、すぐに食べようよ」

「お前……」


 きゃっきゃっと楽しそうにする瑠奈をじとっと目を細めて見れば、両手で頬杖をついた瑠奈はこてっと首を傾けて言う。


「ありがとね、千早くん。今日かっこいい」

「……」


 有識者よ、教えてほしい。誰だってこんなストレートに褒められたら、よな?

 しかもあれだ、時間差で服装に触れてきやがった。


 言った人間は何も感じていないようなのが悔しいが、これは経験値の違いなのだろうか。

 瑠奈が経験豊富なのかは知らんけど。



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