第8話:唖然とするは母だけでない

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「じゃあ改めてぇ。こちら小柴千早くん。彼氏」

「……ど、どうも」

「で、こっちがお母さん! 可愛いっしょ」


 四つの椅子に囲まれたダイニングテーブルに着くと、人数分のウーロン茶が置かれた。

 こういう場面はテレビの中で見たことがある。そこではティーカップや湯呑みが出されていた。

 それとは違ったわけだが今の俺には有難い。喉がカラカラなんだ。こんな時にコーヒーなんか飲んだところで何になる。熱いお茶なんてのもすぐに手が出せない。断然喉が潤うのは冷えたお茶だ。


 俺の隣に座った瑠奈はテキパキと紹介をした。しまったな、「瑠奈さんとお付き合いさせていただいてます」的なことを言った方が良かったかもしれん。

 瑠奈の前に座るお母さんが俺の方へ体ごと向けて頭を下げるので慌てて俺も下げた。

 俺の真正面は無人だ。視線の逃げ道があって本当に良かった。



 というわけで、俺はついに瑠奈の家に来てしまっている。

 横に長く扉が複数ある二階建ての建物はクリーム色の壁で優しい印象を受けたが、俺にとっては戦場にしか見えなかった。


 俺は大芝居を打たなければいけない。ろくに打ち合わせもなくだ。

 挨拶はどうしたらいいかとか、馴れ初めなどを聞かれた場合はどうするとか、突っ込まれた時の口裏合わせとか、やりたいことはいっぱいあったのに、「私に任せてねっ!」と切り上げられた。つまり俺には何の策もない。

 これがどれだけの恐怖か、お分かりいただけるだろうか。


 そんな俺の心配など気にせず瑠奈はリズミカルに外階段を上り、一瞬の間も与えず家の扉を開け、普通に「ただいまー」と言った。言いやがった。


 出迎えてくれた瑠奈のお母さんはお母さんというよりお姉さんでは? と思うほど若々しく見えた。

 胸元まである栗色の髪はゆるくウェーブがかかっていて、ふんわりと立ち上げられた長めの前髪と横に幅のある目は、なんつーか、色気を感じた。

 ……って同級生の母親に抱くのはおかしいがそんな第一印象だった。うちの母親とは全く違う、びっくりだ。


 手土産は瑠奈がよだれを垂らしそうな勢いで見ていたケーキにした。

 それを渡した時のお母さんの反応が実に可愛かったことをお伝えしたい。

 すぐ食べよう! などとほざく瑠奈に対し、「お母さん緊張してるからまだ食べられないよ」とはにかんだのだ。いやぁ、失礼なのは重々承知ですが、可愛かったです。

 そして瑠奈よ、お前は何故そんなにいつも通りなのか。これはお前の計画だろうが。

 もう少し緊張感をだな。


 まぁとりあえず潜入には成功した。

 このまま穏やかな雰囲気が続けば良きところで瑠奈から何かしらのサインがあるだろう。

 言うね、的なね。

 それまでにこのソワソワした気持ちを落ち着かせねば。ミッションに冷静さは必要不可欠だろう?



「で、お母さん」


 飲んで、と促されたのでありがたくウーロン茶を口に含むと、瑠奈が何ら変わらないテンションで、まるで世間話のようにさらっと切り出した。


「私、千早くんと結婚するから」


 あっ……ぶな。お茶噴き出すか思った。よく耐えた俺。

 つか、サインがあるだろう~なんて思った矢先にこれかよ!

 何でこの人もうこんな話してるの? 俺がリビング入ったのついさっきなんですけど。てかこんな切り出し方じゃないだろう!

 もっとこう……、「そろそろか?」と俺にも分かるようにしてほしかった。俺、協力者じゃなかったっけ、何で俺にまでサプライズ!?


「はっ……?」


 数秒程の沈黙の後お母さんの口が動いた。

 俺も言いたかった。「は?」だよ、マジで。


「ま、まさか瑠奈」

「できてない、できてない」


 お母さんの言葉に瑠奈は笑いながら自身の腹をポンと叩いた。


「結婚するまではやんないよー」


 言い方よ。


「あ、やりたいから結婚したいとかじゃないよ?」


 だから言い方よ。仮にも彼氏と母親の初対面なんだぞ。もっと言葉選べ。……いや、言葉を選ぶ云々ではないな、その話題やめれ。

 でも、そうか。コイツ処じょ……、こら俺。そんなこと思っちゃ駄目。


「だ、だってあなた、まだ高校生よ?」

「んー、でももう結婚したーい」

「何言ってるの!」


 至極真っ当な反応をするお母さんに対し、瑠奈の言い分はなんて雑だ。まさかコイツ、これでいくつもりだった?

 したーい、の一点張りでいくつもりで、任せてねなどとほざいたのか?


「え、えっと……、小柴くん? だったかしら」

「は、はい」

「失礼だけど、おいくつ……?」

「同い年」


 俺より早くウーロン茶片手に答えた瑠奈にお母さんの目が見開く。


「高校生同士で結婚なんかできるわけないでしょ!」

「え、年齢いきゃ大丈夫っしょ」

「そういうことじゃない!」


 ごもっともだ。倫理的にということだろう。


 この計画は計画と呼ぶのもどうかというレベルだし、突っ込みどころ満載だ。思いついたとしてそれを実行する人間などいるわけもない。

 だけどあまりにもコイツが自信をもっているので、もしや母親も似たような思考なのかと思ったことがある。だとすれば成功するのか? とも。


 だがそんなことはなかった。やはり母親だ。ちゃんとしている。


「こ、小柴くんのご両親は、その、何て……?」


 キタ! 俺に視線向けられた! ちょっと傍観者になりつつあったとこに!

 ほらね、こういうのを打ち合わせしておかなきゃいけなかったんだよ。急にこんな展開にするから俺頭回んないって!


「千早くんとこには今度挨拶するからー」

「あっ、は、はい、そうです……。先に瑠奈、さんのおうちにご挨拶を、と……」


 しかしコイツは何の動揺もなく答える。よくもまぁこんな、あっけらかんと嘘を並べていくな。まるで真実を話しているように自然じゃないか。

 もしやとんでもない小悪党なのでは。



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