第8話 新米サンタクロース

 顔を合わせた三人の間に、視界を横切る白い羽根が見えた――翼の欠片だ。


 翼王族。


 ジオが振り返れば、翼を広げてこれみよがしに翼王族であることを主張する少女がいた。


 名は、サリーザ――である。


「お前……」

「先生には会えたの? 久しぶりの再会に泣いたりした?」


「誰が泣くか」


「なんて言ってさー。夜、枕に顔を埋めたら泣いちゃうんじゃないのー?」


 痛いところを突かれた。

 確かに、その状況になってみれば、色々と思い出して涙が溢れてくるかもしれないが……、どうせその時は一人である。


「少なくとも、ガキの前では泣かねえよ」


 ふーん、と目を細めたサリーザに、バカにするなと文句の一つを言いたくなったが――背後で足早に去る音が聞こえて振り向くと……、

 土竜族の少年少女が、砲台を片づけて距離を取っていた。


 タイミングを見て戻ろうとしたようにも思えるが、まるでサリーザがきたから帰った、と見られてもおかしくはないタイミングだった……。


 サリーザが、と言うよりは、翼王族が、だろうか。


 翼王族の存在は、やはり施設の中でも異質なのか。


「……お前、嫌われてんの?」


「ぶしつけね。予想できないわけ?

 世間で翼王族がどんな扱いなのか知らないほどの無知ってわけでもないはずでしょ?」


 もちろん、知っている。

 だが、それは大人の世界だけ、と思っていたが……。


 輪に混ざってしまえば子供はどんな異物でも受け入れてしまうものだ――そう思っていたが、大人の手が入ってしまうと、純粋無垢な子供も黒に寄ってしまうのか……。


 翼王族への差別。


 翼王族が、なにかしたわけでもないのに――。


「思い当たる原因はあるけどね」

「おいおい……、お前がなにかしたのかよ」


「したと言えばしたし、していないと言えばしていない……『変えなかった』のは、したとも言えるし、していないとも言えるでしょ?」


「?」


「わたしはね、友達が欲しいがために、自分の態度を変えたりしないのよ」



 翼王族の態度は、人間と土竜族からすれば不快に映るのだろう。同じ立場でありながら自身の価値を、まだ過去のままだと勘違いし、人間を下に見た態度である。


 人間社会にずっぷりと浸かって助けてもらっている身でありながら、傲慢でわがままな、偉そうな態度を取り続けていれば、当然ながら嫌われるだろう……翼王族でなくとも。


 輪に混ざった人間の子供が同じことをすれば、いじめられるに決まっている。


 空から落ちてきた翼王族の生き方は、二種類に分けられた。


 自身の立場をあらためられなかったプライドの高い翼王族は、人攫いに狙われ、王族や貴族の鑑賞用、及び『使う』用として売買されている。


 最悪、命を奪われ、綺麗に整えられ、保存された死体が展示される場合もあるのだ。


 美男美女が多い翼王族の中でも、飛び抜けた美女は老いる前に殺される傾向がある。

 王族からすれば、価値ある絵画や壺と同じなのだろう。


 その反面、プライドを捨てることができた翼王族は、人間社会に溶け込んでいる……翼を斬り落とし、人間として……ジオに最も近い『彼女』もその一人だった。


 自身は神でもなんでもない、と自覚し、人間と対等であることを認め、口調や態度をあらためる……、それができる翼王族は、多少の圧力はかかるものの、平和に暮らしているだろう……、翼がなければ、身分を隠し誤魔化すことは可能だ。


 ただ、翼王族だとばれてしまえば、さすがに売られることはないが、やはり差別はされる……態度をあらためても人間の嫌悪はまだあるのだから。


 ただでさえ、態度をあらためてもこうである。そんな環境で翼王族のプライドを残したままの態度でい続ければ、差別どころか追い出されても仕方ないだろう。


 ……恐らく、先生はそれを許さなかったはずだ。

 だからこそ、サリーザはこの施設にいることができている。


「人間に合わせることはできるけど……それで輪に混ざって、意味があるとは思えない」


「打ち解けるためには下手に出るのが手っ取り早いだろ。お前の態度は敵意があるように見えるぞ。そんなやつに、他のやつが仲良くしようと思うか?」


「それでも」


 サリーザは翼王族のプライドを重視しているのかと思えば、違うようだ……。

 翼王族ではなく、『サリーザ』を見てほしいと――彼女はそう言っている。


「今更、変えられないことはたくさんある。無理に変えればわたしがつらいだけよ。一緒にいることで苦痛に感じたら、友達関係なんて維持できないわ……。

 だから、わたしはこの態度を貫き続ける。別に敵意があるわけじゃないんだし、みんなを見下しているわけじゃないのよ……、どうしても、抜けないだけ……。

 この喋り方とか、考え方が、体に染みついちゃってるから。――わたしは変えない、変えられない。今のこのわたしが受け入れられないと、たとえ輪に混ざれても、それは仮面を被って接しているのと同じよ」


 だが人間、誰もが仮面を被っている。


 素で接することができる相手なんて、一人か二人か、だろう……誰もが気を遣い、波風立てないように関係を構築し、維持している……。

 だけどサリーザにはそれができないし、しようとも思わないのだ。

 ……翼王族だから、なのか?


 自身の素を貫いたまま、友達が欲しい……?


「わたしがわたしでいられる居場所が欲しいの」

「そうか」


「呆れるかしら?」


「そんなことはねえよ。大人でも難しいことだが……だからアドバイスは期待するな。言えるとしたら、頑張れ、とだけ。他人事になっちまうが――」


「他人事だから仕方ないでしょ」

「ああ、他人事だ」


 ジオはサリーザの保護者ではない。

 翼王族を庇うリスクを、人間は周知している……、庇った人間が実は裏で人攫いや王族と取引しており、翼王族が引き渡される、という事例もあるのだ。翼王族も警戒しているだろう。


 保護者、という立場は絶対の味方ではない。


 ……他人事でいいのだ。


 だけどサリーザは、少しだけ表情をくしゃり、と歪めた。

 ……すぐに戻ったが、ジオはその一瞬の変化を見逃さなかった。


 まあ、だからどうというわけでもないが。


「がんばれ、か……そうよね、やっぱり、自分の力で――」


「無理そうなら頼んでみるのもいいんじゃねえか?

 サンタクロースはどんな願いでも叶えてくれる――そういう存在だからな」


「……、検討したことは、あるけど……」


 教育国家らしく、子供たちへの英才教育を重視している国が、ここである。

 無理やり知識を詰め込み、色々な体験をさせる方針もあったが、自主的な子供たちの、教育への熱心な姿勢を根付かせるために、報酬を与えたのだ――。

 目の前に吊るされた餌を求めて走る馬のように。

 魅力的な報酬は自身の『願い』であれば、例外なく全員が報酬に魅力を感じる。


 そして願いに上限はない。

 どんな願いでも叶える――それが一年に一度、競争する子供たち……中でも『地区一位』の子供に与えられる、正当な権利である。


 どんな願いだろうと絶対に叶える……それが、『サンタクロース』である。


【願掛け結社サンタクロース】……ジオが所属する、国が認めた一大組織だ。


「ものは試しだ、使ってみろよ――サンタクロースは翼王族でも差別しねえから」



 故郷から戻ったジオは、日を跨いで、事務所に向かった。

 少し早めに家を出たのはどうせ仕事が溜まっているだろうから、である。残業するのは確定だが、少しでも早く始めれば早く終わるのでは? と思って――だ。

 あまり意味はないかもしれないが、モチベーションという意味では効果がある。


「ども、おはようござ、」


 扉を開けると社長であるネムランドが外向けの顔で微笑んでいた。……翼こそ斬り落としてしまって、そこにはないが、さすがは翼王族……、黙っていれば(態度さえ正せば)美人である。


 そんな彼女の向かいの席に……ジオには後ろ姿しか見えないが……見知らぬ後ろ姿である。


 お客様、かもしれない。


 目が合ったネムランドに「お客様だぞっ」と言われている気がして――「あとは分かるな?」とまでアイコンタクトで理解した。

 いつものノリを出すな、ということだ。


 普段の態度が悪いことを自覚しているようでなによりだが、さて、取り繕っても、すればするほど、ハードルが上がりそうだ。


 ネムランドからすれば、あとのことは知らなーい、なのかもしれない。

 今だけを回避できればいい……彼女の人生、その場しのぎが多過ぎる。


「あー、いらっしゃいませ」


 と、愛想は悪いが、最低限のマナーで挨拶をするジオだった。

 すると、後ろ姿を見せていた、ぴょこんとアホ毛が目立つ赤髪の女性……が、振り向いた。


 その瞬間、ジオの全身にさっと寒気が走り……、



「あっ……――ジオくんだっ!!」



 ソファの背もたれに手をかけて、子犬のように尻尾を(ないけど)振っている少女……。


 当然ながら成長している……、色々なところが女性として大幅に。

 だが顔立ちはそこまで変わってはおらず、だからこそジオもすぐに分かったのだ。


 悪意があったわけではないが、しかしジオにトラウマを植え付けた張本人……。


「あ、あん、ジェリカ……ッッ!?!?」




 彼女が持参した履歴書にはこうあった。


『アンジェリカ=レッドルーム……十九歳・女性』


『第一希望は「デリバリー・エンジェル」の配達員』


『志望理由……配達員として働いている「ジオ」くんと一緒に仕事がしたいから』



 面接者のコメント……代表取締役社長・ネムランドより。


「自社の重要な配達員であるジオ=パーティへの刺激になると考え、採用とします」


「(……飛び抜けた美人なので、サンタクロースとして多くの利益を生み出してくれるでしょう……。この逸材を逃すわけにいきませんね。

 この際、ジオ配達員が壊れようが、小さな犠牲もやむを得ません――)」



 サンタクロース・オーディションの合格通知。


 書類選考・免除。


 筆記試験・免除。


 面接・一芸披露・免除。


 写真選考にて一発合格。



 新人サンタクロース「アンジェリカ=レッドルーム」の就任を認めます。

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