第8話 冬になったら……

 オマガリさんに狩りを教えて欲しいと頼んでみた。


 オマガリさんは、首を横に振った。

「俺はガキに教えるようなガラじゃねえ。それにな……」

「それに?」

「お前と同じなんだよ」

「ぼくと同じ?」

「俺も狩りが下手なのさ」

「えっ?!」

ぼくは凄く驚いた。


 オマガリさんは、大きい体の立派なオス猫で、ボスが来てもパッ! と逃げられてるから、身が軽くて、狩りが苦手なんて思わなかった。

「狩りが上手だったら、そもそも、この時季にここにはいないさ」

「そうなの?」

「上手な奴はみんな外に出て、一人で狩りをして生活してる。俺はそれができないから、ここにご飯を食べに帰ってくる。しかも、ボスに見つからないように、コソコソな」

「そうなんだ……」

ぼくは、なんだか悲しい気持ちになった。



「ぼくもそうなるのかなあ……」

寝る前に、ミントと話す。最近、ミントは、昼間、兄ちゃんたちについてって、狩りを一生懸命覚えようとしているらしい。

「なんでチョコは、自分ができないと思うの?」

ミントが怒るようにそう言った。

「おとうさんとおかあさんが好きなのはわかるよ。ぼくだって好きだし。おかあさんがくれるギュウニュウやごはんだって好きだし」

「う、うん」

なんだか今日のミントは怖い。

「だからってさ、いつまでも、おとうさんやおかあさんに、ごはんをもらってていいのかな?」

「ダメなの?」

「そんな弱っちいやつは、大きくなったら、確実にボスにやられるよ?」

「えっ? ええっ! それは困るよ!!」

「ボスと戦えって言ってるわけじゃないよ」

「でも……負けたらやられちゃうんでしょ?」

「だから、『生きていく』方法を学ばなきゃならないんだと思うんだ、ぼくはね」

「『生きていく』方法……」

ミントは頭がいいから、ちゃんと考えていたんだな。ぼくなんか、毎日、楽しんで生活することしか頭になかったよ……。


「大きい兄ちゃんたちは、もう半分独立してるんだよ?」

「ドクリツ?」

「おかあさんの手を借りずに生活してる、ってこと」

「えっ? 待って、ピャーコさんは?」

「もうね、新しい子供がいてね、その子たちを育てるのに一生懸命なんだって」

「えっ? じゃあ、みんな仲良く暮せばいいじゃない?」

「そういうわけにはいかないらしい」

「え? どうして? なんで?」

「大きい兄ちゃんが、ピャーコさんに近寄った途端に、カーッ! って怒られて、ひどい時には追いかけられるらしいよ」

「そうなんだ……」


 ママがいなくても自分たちで狩りができるように、ピャーコさんが兄ちゃんたちに教えてたのは、こういう時が来るのが、ピャーコさんにはわかってたからなんだなあ。きっと。


「ぼくは……」

うつむいたまま、ぼくは言う。

「ぼくは、どうしたらいいのかな、ミント……」

ミントがぼくの顔を見ているのがわかる。

「どうしたらいいのかは、自分で決めることだと思うよ、チョコ」

「……」

「今すぐできなくてもいいと思うんだ。でも、練習して、一人でもやっていけるようになるか、」

「……」

「それとも、オマガリさんみたいに、狩りもしながら、ボスに隠れてごはんを食べに帰るか」

「……わかんないよ」

「他の『生き方』もあるのかもしれないね。それは、ぼくにもよくわからないけど」


 他の「生き方」かぁ……。どんな「生き方」があるんだろう。半野良、野良……よその家の家猫? そんな、そんなのヤダよ。おかあさんに会えなくなっちゃうのは嫌だ。


「とりあえずさ、大きい兄ちゃんたちについていってみなよ。ぼくも行くから」

ミントが傍に寄ってきた。

「兄ちゃんたちから教えてもらえることも、たくさんあると思うよ」

「う、うん」

「それとさ、冬になったら、夏に外に出てた大きいみんなが帰ってくるらしいんだ」

「あ、ああ……そうだったね」

「みんなに、外がどうだったのかとか、どうやって狩りが上手になったのか、とか聞けばいいんじゃないのかな?」

「冬になったら……か……」


 ぼくは、それまでに、少しでも狩りが上手になってるかな? ぼくは、少しは大人になってるかな? 新しい世界に旅立つ決心はできているのかな?


 今は、わからない。

 今は、まだ……。



*******************************


 ここまで、チョコの物語を読んで下さってありがとうございます。今のチョコは、本当に、まだ丁度ここのところです。

 今回のこのお話は、「夏の部」として、ここで一旦終わらせて頂こうと思います。


 また、冬になったら、「冬の部」を書きたいと思いますので、楽しみにお待ち下さい。

 これからも、どうぞ、チョコとミントの毎日を見守って下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チョコの毎日【夏の部】 緋雪 @hiyuki0714

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ