第三部 2話 ギャルは心配


「ただいま〜」


 壱正にバス停まで見送ってもらって、家に着く。

 『早くおうちまで僕が送れる様になりたいです』。なんて、カッコいい事言ってくれてさ。


「ゆみちゃんおかえんなさい。壱くんとのデート楽しかった?」


「うん。めっちゃ楽し……!?って何でおばあちゃんデートだって!」


「あら、お付き合いしてるんでしょう?わかるわよ?」


 店の戸を開けるや否や、お茶飲んでたおばあちゃんにめっちゃ自然に聞かれたせいで、スムーズに答えちゃったけど、何で知ってんのかな?


「そんな、わかるモン?」


「うん。最近のゆみちゃん、壱くんの話する時、声がちょっと高くなるから」


「!…マジか……じゃあ隠してもしゃーないか」


「おばあちゃんも嬉しいわよ〜。可愛い孫娘の彼氏が、可愛いくて優しい壱くんだもの。もうお似合いでピッタリよ!」


「そっか。ありがと」


 そんな風に褒められたら、やっぱり悪い気はしなくて。

 多分おばあちゃん的にも、友達の孫っていう安心感もあるんだろうけど、お似合いって言われるのは、素直に凄く嬉しかった。


「ちなみに、父ちゃんは?」


「まだ知らないわよ。おばあちゃん黙っとくからね」


「うん。お願い」


「フフフッ」


 悪だくみみたいで楽しそうなおばあちゃん。

 若い人からエネルギーを貰うのが元気の秘訣なんて良く言うけど、こういう事なんだろな。







「………(あと少…!)あー…ズレた」


 部屋着に着替えて、飾り切りの練習してる。

 なんでかってたら、さっきからずっとボーッとしてるからで。

 その理由は、勿論……。


「はー……しちゃった」


 人差し指と中指で、自然と唇を触ってしまった。

 この指より柔らかいのと、さっき触れ合った。


 やっと、壱正とキス出来た。


 二回もミスってたから、正直焦ってたのもあるけど、だけど……なんか、あの時、したくてたまらない気持ちになっちゃって。


 ホントならちゃんと向かい合うとか、横向いて……なのかもしんないケド、壱正には真後ろ振り向かせちゃって、大変じゃなかったかな。


「思ってたより、弾力……?」


 もう少し柔らかい唇な気がしてたから、少し意外だった。

 だけどやっぱりあったかくて、壱正の匂いがして。

 

「キス……イイかも」


 知識と経験じゃ全然違うなんて事は料理の世界でもザラにあるし、今更驚く様な事じゃないけど、男の子とのキス、好きな人とのキス。

 やっぱり、全然違う。

 なんか、好きって気持ちが伝わってくるし、伝えたくなる。

 言葉は無いのに、想いが溢れて止まらなくなりそうになる。

 人が何でキスをするのか、ちょっとだけわかった気がした。


「また……したいな………ってイヤイヤ、キモいよ、キモいってアタシはさ…」


 だけどそう思っちゃうのが、止めらんなくて。

 あー、アタシって本当はこんなエロい事ばっか考えてる女なんだなって、少しの自己嫌悪。でも。


「背中、結構おっきい気がした。やっぱ安心できるなぁ…」


 真後ろから見たら、目の前に一杯広がる壱正の背中。

 バイク乗ってると、いつもよりおっきく見えて、ちょっとギャップ萌え。


「今までのお弁当、喜んでくれてた。めっちゃ嬉しい」


 いつもの美味しそうに食べる壱正の顔が、本当に美味しい顔なんだって確かめられた。

 自分の手料理で喜んで、幸せだって言ってくれる彼氏が、凄く愛おしい。


「壱正……いちまさ。好き。大好き。ずっと……来年も、再来年も、その先も、ずっと、一緒にいたいよ。壱正……」


 男の子をこんなに好きになるなんて、初めての事だから、変なのかもしれないって思いそうになる。

 だけどその度に、壱正の顔と声を思い出したら、好きって気持ちが溢れて来る。

 今はそれしかわかんないけど、この気持ちだけは、ウソは無いから。


「明日のお弁当何にしよっか!………あっそうだ。明日は日曜っしょ……って、日曜の昼なら壱正バイトくんじゃん!やったー!ウチの店サイコー!」


 我ながらバカみたいなテンションの切り替わりと騒ぎ方だし、真白と姫奈の事言えないななんて思うし、そもそもカレシと会える口実にウチの店を使ってたりしたら、父ちゃんバレたらどんな大目玉食らうんだろうとか思うけど。

 けど、少しくらいは、思ったって良いよね。

 バイトだってなんだって、会えるのは変わらないんだからさ。





ーーーーーーーーーー





「あーほら少し襟ヨレてる」


「あっ!ありがとうございます!」


「もー」


「裕美ちゃん壱くん、そろそろお父さん仕入れから帰って来るから、イチャイチャは仕事の後ね〜」


「今のそんなしてないから!」


「へへへ…」


 壱正にはおばあちゃんは知ってるのは言っといた。

 もち、仕事は仕事だから、切り替えは大事だけど。


「じゃ、がんばろ。壱正」


「はい!」


「エイエイ、おー!」

 

「何でおばあちゃんが一番元気だし…」





 ただ、早々イチャついて営業なんて、出来る余裕は全くなくて。

 この日もお昼のランチタイムは大盛況。

 ホールも調理場も、フル回転だ。


「裕美子さん三卓さん追加で天ぷら盛り合わせです!」


「分かった!じゃあ今の分で盛り合わせの仕込み分終わるから先出すわ!カツ丼もちっと待ってて言っといて!」


「はぁい!」


 終始オーダーのやり取りばっかり。

 だけど事務的だけど、息が合ってる気はするから、コレはコレで良い。


「壱くんそろそろ出前お願いね!」


「壱正君今日は量が多いから気ぃつけろぉ!」


「はい!気をつけます!」


 頃合い見計らって、壱正は出前モード。

 ジャケット引っ掛けて、そそくさと店前に出たら、もう手つき良くバイクにおかもちセットして、キッチンの出窓を開けた。


「ん!カツ丼と親子丼二つずつ、天丼三つにざるそば四つな!」


「ありがとうございます!」


「……大丈夫?」


「だいじょぶです!裕美子さんの美味しい料理しっかり運びますね!」


「じゃなくて……ま、壱正の運転だもんな。いってらっしゃい」

 

「行ってきまぁす!」


 そのままバイク跨って、素早くだけど丁寧に発進してった壱正。

 彼氏を見送るのって、応援と心配が混ざるんだなって、気付いたアタシだった。


「こんちわー」


「あ、茶山さんいらっしゃい」


 見送って入れ替わりに入って来たのは、ウチの常連の茶山さん。

 なんだけど、妙に入り口の方をチラチラずっと見てる。

 壱正とももう何度か面識あると思うんだけど…。


「悪いねゲンちゃん、予定あって早めに昼にさせてもらうわ。ゆみちゃん早く出るやつある?」


「えっと親子丼!」


「じゃそれ」


「はーい!」


 気のせいかな?




ーーーーーーーーーー



「あーアッツ。乳があちぃ」


「それな。下乳に氷挟みてー気分」


「わかりみよわかりみ」


 炎天下の国道沿いをダラダラと歩く真白と姫奈。

 チューブトップ一丁にギリギリショートパンツの真白と裏腹に、徹底日焼け対策のゴシックロリータファッションの姫奈。

 二人一路、目指すは某有名カフェチェーンの新規オープン店舗であった。


「ドラスルあるスタボなのが田舎っぽいよな」


「そいやこないだイッチーバイクでドラスル行ったら突っぱねられたっつってたな」


「ヒドイわー。スーツとアーマーは区別なんかよ」


「今頃2ケツしてデートしてんのかな」


「裕美子の乳押し付けられたら冷静に運転出来なさそうwww」


「じゃああーしら全員無理じゃねwww」


「まーいっくんは裕美子限定っしょ」


 今まで通りの休日。

 ただ二人からすれば、付き合いたての友人二名の事を思うと、少しだけ連絡の量を控えようという気持ちは持っていた。

 無論、1ヶ月も我慢する気はない二人でもあるのだが。





「チョコがフラペチッてんな」


「モカじゃね?」


「モカとココアの違いってなんなん?」


「犬の名前か猫の名前かみてーな?」


「あーインスタモデル女が載せるタイプのペットなソレ」


 漸く辿り着き、更に行列に並ぶ事30分。

 炎天下の中ありついたフラペチーノに生き返る二人。

 とはいえ会話の調子は衰えていないのが、ギャルの強みとも言える程のバイタリティなのだが。


「レナたそなんか連絡来る?」


「おー、ダチとシー行ったって」


「おん、若人元気で何よりだわ〜」


 真白が見せたスマホの写真で、友達と二人、遊園地で楽しむ後輩の姿を見て、一息吐く姫奈。

 裕美子と玲奈、親友と後輩が三角関係なのは、例えマイペースな姫奈と言えど、気掛かりにならずにはいられなかった故に。


「ま、そんな切り替えろってもスムーズには無理よりの無理だしなー」


「やっぱり恋を埋めんのは友情よ〜」


「ウチら埋める前に掘れてねーけどwww」


「それなwww」


「やっぱりイッチーが激レアよな」


「そーそ。ヤリ目でなく草食でウチらに寄ってくるタイプ、先ずおらんし〜」


「だから裕美子にピッタリよなー」


 今更ながら、相性は抜群だなと振り返る二人。

 親友は、ギャルだけど男嫌いで、見た目で判断して寄ってくる男を全て突っぱねて来て。

 その彼氏は、草食系の見た目と性格ながら、人を一見で判断しない優しさと、強さを持っていて。

 相手の心を慮る二人同士は、それは惹かれ合うのだろうと、得心していた二人だった。


「……お、こないだの交流会でインスタ上げてる子のヤツ、めっちゃいいね付いてんじゃん」


「ソレあーしのも!中学生マジあざまるよな!」


「ツイもそこそこ伸びて……ん?」


「どした姫奈、フラペもう要らんなら飲むぞ」


「やらんし……なーマシロコレ」


「?……!」


 フラペチーノの代わりに、スマホの画面を差し出した姫奈だった。



ーーーーーーーーーー



「裕美ちゃん、ちょっと今大丈夫?」


「はい……?」


 ピーク過ぎて、お客さんが殆ど居なくなったのを見計らって、会計次いでに茶山さんに呼ばれた。

 さっきとおんなじ、ちょっと怪訝そうな顔してて。


「この動画……裕美ちゃん知ってる?」


「アタシ、インスタだけでツイやってないんで、ソッチでバズってんのとかは知らな……………えっ?」


 ちょっと遠慮がちに、ツイッターの動画を見せて来た茶山さん。

 イイねとか四桁位の、結構な反響がある動画。

 本文には『目の前で人死に目撃する所だった』って書いてあって。

 コメント欄には『超絶神テク』『ゴーストライダーwww』『コレもう改造人間だろ』『若さと反射神経エグいな俺も若い頃なら』なんて、茶化したリプが飛んでて。


「多分……壱正くんだよね?このバイクの男の子」


「っ……………」


 その動画の内容は、信号無視のクルマに横から猛スピードで追突されかける所を、ギリギリで回避した、バイクに乗る、男の子の…ううん、アタシの彼氏の、動画だった。


 何より、その投稿日に、アタシは気付いて。







「ただいま戻りました!ごめんなさい帰り大渋滞で!」


「おう壱正君ありがとうな。賄いあっから食って帰んな」


「ハイ!ありがとうございます」


 入口の方から急いで帰って来た壱正の声が聞こえてくれば、手洗い済ませて、奥に来る壱正。

 アタシは、それを見計らって、保温ジャーに入れといた丼を出して、すまし汁よそっとく。


「おかえり」


「ただいまです!」


「今日のまかない豚玉丼な」


「やった!いただきます!」


 相変わらず屈託の無い顔で笑う壱正。

 椅子に座るなり美味そうにモグモグ食べだす。


「カツ丼と親子丼の良いとこ取りみたいでおいしいです!」


「そ。良かったね」


「帰って来る途中から、早く戻って裕美子さんの賄い食べたいなぁって、頭の中いっぱいだったんで!」


「そっか」


 それで、ちゃんと帰って来たから、良いと思う。

 思うけど、やっぱり、さっきの動画の事が、頭から離れなくて。

 食べ終わったのを見計らって、ちょっと、流しにお盆持ってこうとする壱正を引き止めた。


「壱正、あのさ」


「どう…しました?」


「あの、コレ」


 話の雰囲気が良いモンじゃなさそうなのも、壱正は察したみたいで、真面目な顔になる。

 アタシも、怒りたい訳じゃないから、落ち着いて。


「?……!あ、コレ…後ろの人のドラレコに、映ってたんだ…」


「日付的にさ、こないだの交流会の時だよね……背中のリュックに、紫キャベツっぽい膨らみ、あるし」


「…そうです。あの日です」


 やっぱりそうだ。

 帰って来た時、真夏にしたって、汗の感じが変っていうか、やたら脂汗ってか、冷や汗みたいな汗の掻き方してたもの。

 その理由が、分かってしまった。


「壱正の事だから、事故んなかったから言わなかったんだとは思うけど……後で言ってくれても、良かったじゃん」


「……すみません。心配掛けたくなくて」


「うん…そうだよな。壱正は、そうだよね」


 申し訳なさそうに、短い理由を話す壱正。

 この男の子は、優しい人。

 だから本当は、アタシの脚を引っ張りたく無いとか、交流会に支障を来たしたくないとか、言ったって良いのに言わない。

 ただ、自分の中で完結してる理由だけ、言う。


「壱正、あのさ、壱正が、誰かの…家政部の為に、アタシのために頑張ってくれるのは、すごい嬉しいし、そういうトコ、大好きだから、惚れたんだと思うよ」

 

「……」


「だけど……この間の、展覧会の時もそうだけどさ、壱正、アタシの為に、すっごく危ない事して、それを言わないままなのは、不安になる」


 あの、引ったくり男の事は、壱正も、それにアタシも被害者扱いだから、事情聴取も色々聞かれて。

 そんな中で、壱正がどうやって包丁を取り戻したのかも、遠回しにだけど聞いていた。

 正確な所は、タツさん…壱正のおじいちゃんが、OBとして根回しして、アタシの耳には入らない様にしてたみたいだけど。


「僕は、裕美子さんに、悲しい顔をさせたくなくて」


「うん」


「僕、裕美子さんの笑ってる顔が大好きなんです」


「うん……知ってる。アタシも壱正の笑ってる顔、大好き」


 やっぱりそうだよね。

 好きな人には、笑ってて欲しいって、そう思うよね。

 それは、アタシだって同じで、壱正には、せっかく出来た友達と、恋人と、楽しく過ごしてほしいって、強く思う。

 

 だから。


「壱正が、そうやって頑張るのを、止めろなんて、アタシは言わない。なんかちょっと、一昔前の男臭いトコ、気に入ってるし、受け入れてるから。だけどさ、なんかあったら、ちゃんと言ってほしい。頑張るって事は、しんどい思いもするって事だから」


「……僕、ただでさえご飯とかお弁当とか、裕美子さんに甘えちゃってるのに、そんなに甘えるのは、気が引けちゃいます…」


「良いんだよ壱正。楽しくいたいけど、この先、楽しいだけじゃないに決まってるじゃん。そういう時に、弱いトコもちゃんと見せられる壱正でいてよ」


 優しく目を見て言ってみる。

 思えば、ずっと笑ってるか、真剣な顔してるか、ふざけて慌ててるだけなんだよな、壱正って男の子は。

 だけど見えない所で不安な顔も、絶対してるんだもん。

 好きな人には、楽しい事も辛い事も、ちゃんと伝えて欲しい。


「裕美子さんも、そうしてくれますか?」


「アタシはもう、大分見せちゃってる気がするな…」


「もっと、頼って下さい。僕彼氏なんで頑張ります」


「じゃあ壱正もだよ?アタシ彼女だし」


『…………』


「あははは…」


「ふふっ…ウケる」


 見つめ合って五秒。漸く、空気が和らいだ気がする。

 やっぱりお互い、初めてのカレカノで、わかんない事だらけだ。

 だけど、だからこうやって、不器用にお互い話あって、分かっていけたら良いな。


「じゃあ、早速一つ言いますね」


「あ、うん」


「この時なんですけど、裕美子さんの事を強く想ったら、身体が動いて、避けれました」


「!……そうなんだ。スゴいじゃん」


 急にぶっ込むよな壱正。

 ここらへんもドキドキするけど好きなトコだけど…。


「はい。裕美子さんが大好きだから避けられました!」


「〜〜っ………ばか。ホント、ばか。でも、良かった。心配するぞ、もう…壱正が無事でよかった…」


 壱正の方に行って、座ってるトコを、後ろから抱き締めた。

 こうやって、ちゃんとあったかいのが分かるのが、嬉しいし、安心する。























ーーーーーーーーーー


 とある小さなオフィス。

 元々の社員数自体少ないそこでも、他と比べて明らかに神経質に見えるほどの、整理整頓されたデスクに男が一人。

 手を組み顎を乗せ、デスクトップからブラウザで開いたSNSを注視していた。




「………フム。道路はこの街の国道だ。そして制服……は、『あの』万葉高校。して、このバイク………成程コレは、中々面白くなるかもなァ……」














ーーーーーーーーーー




「うん。最近は第三のビールも美味くなって来たよな」


 休日出勤の自分を労わる様に、値上げの皺寄せによる弊害を納得させる様に一人言ちる、青戸玲香。

 少々ドラッグストアには浮いた、パンツスーツの長身スタイルは、一方でカゴの中のつまみ類ともアンバランスだった。


「はー……なんかアレだな。教え子が青春してんの、見るのは見るので栄養あるけど、時間経ってからコッチのダメージ、ジワジワ来るわ」


 余りに眩しい高校生の純愛を先週見てしまった手前、微かに自分の潤いも欲しくなってしまった青戸玲香。

 とはいえ職場恋愛も無く、三十路に差し掛かる歳月。

 そもそも持ち前が良かったせいか、恋愛にも積極的で無くて良かった人生。

 晩酌に勝るストレス発散も見当たらないでいた。


「潤い…クレンジングも高くなっ「あっ!」

おっと!大丈夫ですか?」


「すいません!助かりました〜〜…?」


 隣客がクレンジングオイルの棚から数本落としかけたのを、咄嗟にキャッチして渡す玲香。

 そのまま目が合うと、女性客は訝しげな顔になった。


「もしかして、青戸さん、かな?昔インターンで来た」


「へっ?…………ぁぁ!結城…さん、ですか?」





つづく

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