第二部 7話 ギャルの告白

「あら〜!良く似合うわねぇいちくん!」


「そ、そうですか…?」


「ばあちゃん、壱正変な呼び方しないでよ」


「慣れてますから大丈夫ですよ。あははは」


 週末。僕は裕美子さんのお家、もといお店に居た。

 お見舞いでも、お客さんでも無く……白い羽織を着て。


〜〜〜〜〜〜


「まーやるのは良きにしてもさー、この部活まだ問題があんべ?」


「それな〜」


「?」


 部活動交流会参加を決めた翌日の放課後。

 真白さんと姫奈さんが布の裁断と綿詰めの裁縫に各々取り掛かる前に、僕の方を見てきた。


「あー……それか」


「裕美子さん、僕何かやらかしてたりします……?」


 裕美子さんまでもちょっと俯きがちで思い悩んでる様な顔だ…。

 何処かで皆んなの地雷でも踏んじゃったのかなぁ…。

 こういう時に友達が少なかったのが仇になるよね……。


 なんて思ってた僕に。


『壱正(イッチー、いっくん)、この部で何の活動するん?』


「へっ?」


 っていうちょっと予想外な言葉が届いた。


「へ?じゃなくてさー、イッチーホラ、順繰りジュングリあーしらの見学ってか、今だと手伝い?してくれてマジあざまるだけど、そろそろ自分のやりたい事とかやんなー?」


「おん。いっくん何でも興味持ってくれてんのは立てよ国民的なシンパシーだけど〜、ステッカー以外専用機的なモンね〜じゃん。そろそろ量産機卒業しようず」


「あ、それも…そうですよね…」


 僕は今でも、この家政部では決まった活動は出来てなくて。

 デザイン的な事を片手間に、三人それぞれの得意な分野を、手伝ったり、教えて貰ったりしながら、日に日にルーティーンみたいな事をしてた一ヶ月弱だった。


「壱正が色々見たいなら今のまんまでも良いよ。でも、壱正がやりたいのってのも、ちょっと見てみたくてさ」


「裕美子さん…」


 皆一斉に僕を見てるけど、なんだか凄く穏やかな顔で。

 多分、待っててくれてるんだと思う。

 心根の優しい、ギャルの三人だから。


「わかりました。ちょっと考えてみます!」


「ん!じゃー一旦先ず乳乗せながら考えっか!」


「つーかいっくんクーパー靭帯の保護でもいいぞ〜活動内容〜」


「良いなソレ!」


「良くねーよ!」

 

 勢いよくツッコむ裕美子さん。

 今日も今日で、真剣だけどドタバタな、家政部活動が始まったんだ。



ーーーーーーーーーー



「僕のやりたい事……」


 家に帰って、珍しくおじいちゃんもおばあちゃんも居ない居間で、腕組んで考えたりする。

 そもそも僕は転校の多い学校生活を長く続けて来て、友達と一緒にのめり込む趣味も、皆で目標に向かって汗をかく部活もやって来なかったから、熱中するモノっていうのが、あんまり分からない。


「でも、この間はおじいちゃんにバイクの運転を沢山教えてもらえて……」


 それは裕美子さんの為になったし、僕自身、大変だったけど、充実感はあったんだ。

 なら、やっぱりバイクにまつわる事……なのかもしれないのかな。


「(僕はそれも、裕美子さん、人の為に使う事を第一にしてたからなぁ…)」


「おー帰ったぞ壱正」


「あ、おじいちゃん。おかえり」


「ん。今日は女衆は両方出掛けてるから二人で夕飯にするか」


「うん。って今日も裕美子さんち?」


「ん?一杯だけだったが匂うかぁ?」


 呂律はちゃんと回っては居るけど、結構お酒臭いおじいちゃん。

 裕美子さんちが忙しくなってから、行く頻度こそ減ってたけど、ちゃんと足繁く通ってた。

 常連さんを大事にするお店だってから、居心地は悪くなってないみたいで良かった。


「少しね」


「おーそうか。客が急に増えたから早めに切り上げたんだがなぁ」


「やっぱりまだ忙しなさそう?」


「だなぁ。ゲンちゃんも昼の出前出れなくて大変みたいだ………お、そうか」


「?」


「ちょうど125運転出来るのが居るじゃねぇかな!壱正!ちょっと手伝ってやんなさい」


「へっ?」


 腕組んで、渋い顔したと思ったおじいちゃん。

 だけど急に閃いた様な顔をして、そんな提案をして来たんだ。



〜〜〜〜〜〜



「えっとじゃあとりあえず壱正は……出前が来たらソレ持ってって貰うとして、それ以外は、客間で接客お願い出来るか?」


「は、ハイ!頑張ります!」


「……えい」


「ひゃぁっ!?」


「緊張し過ぎ。こないだの展覧会の時みたく元気良くやればいいから」


「へへ…すいません」


 冒頭に戻って、ガチガチに固まった僕の脇腹を、ツンツン突いてリラックスさせてくれた裕美子さん。

 でも心なしか、裕美子さんも表情が固い様な…?


「沢山コキ使ってください!」


「あらいちくん、ゆみちゃんに普段そんな風にされてるのね〜」


「してねーし!壱正誤解される言い方すんな〜!」


「ご、ごめんなさい!」


 でもこうやって慌てる裕美子さん見てると、部活の時と同じ様に見えて、凄く安心出来た。

 

 なんせ…初めて見る裕美子さんの割烹着姿が、いつもより大分ギャップがあって、見てるだけでいつもと違う、胸の高鳴りを覚えたのが、分かってしまったから。






「カツ丼セット二つと、天丼セット一つに、刺身定食一つね」


「(カツ丼…2、天丼と刺身一つずつ)かしこまりました。少々お待ちください!………オーダー入ります!」


「あいよぉ!」


 お昼時、裕美子さんちのお店は、ランチ営業で、決まった定食メニューで回してるみたい。

 ホールは僕と裕美子さんのおばあさんとで、厨房は……。


「カツ揚がったか?」


「もうちょい。天ぷらは三つ分揚がる!」


「タレ潜らす前に卵火にかけとけよ!」


「はいよ!」


「……」


 お父さんと、ちょっと雰囲気はピリピリしてるけど、無駄の無い動きで料理を一つ一つこなしてる。

 いつか言ってた通り、まだ包丁の仕事はしてないみたいだけれど、揚げ物や焼き物、煮物はしっかり手際良く調理してる、カッコいい姿だった。


「いちくんコレ四卓さんにお願いね?」


「あっはい!………お待たせしました!煮魚定食のお客様!」


「あーハイハイ。アレ?新しいバイトの子?」


「えっと……そんな感じです!」


「ゲンちゃんバイト雇うの珍しいなぁ。でもそっかぁ頑張れ少年!」


「はい!……こちらがカツ丼のお客様です!」


 聞いてた通りに、気の良い常連さんが多くて良かった。

 それにしても、裕美子さんのお父さん、普段はバイトの人とかとらないんだ……何で僕は…。


「………ゆみちゃん注文分全部出来たのね。いちくん!そろそろ出前行ける?」


「!(来た!)…はい!」

 






「丼とお盆、こん中に入れて、上の蓋で抑えて…よし」


「すいません裕美子さん忙しいのに」


「わかんないじゃん最初はさ」


「へへ……」


 外に出て、店の脇にある、僕のバイク……の、テールカウル(ナンバー取り付ける所)の上に乗せられた、出前用おかもちセットの中に、ラップの掛けられた料理を入れてくれる裕美子さん。

 

 最近お店が忙しくなっちゃった煽りを受けて、お昼の出前が出来なくなっちゃったって話をウチのおじいちゃんから聞いたのが、そもそもの始まりだった。


「場所分かるか?」


「4丁目の工務店さんと、国道沿いのおっきい洋服屋さんですよね。この辺りの道もそこそこ覚えましたから…多分大丈夫です!」


「そっか。気をつけてな」


「なるべく早く戻りますね!」


「いーよゆっくりで。その代わりちゃんと無事に帰ってきてよ」


「わかりました!」


 頷いて、出発。

 裕美子さんに心配かけない為にも、安全かつ迅速に、出前っていうミッションをやり遂げなきゃだ。





ーーーーーーーーーー


「………なんだろ、今のやり取りめっちゃハズいんだけど…」


 なんか急に顔が赤くなって来た気がする。

 そっか、ちゃんと帰って来なよって見送るのが……その……付き合ってるってか…夫婦みたいってか……。


「あーダメだ!考えるとアタマあっつくなる!店戻ろ!」


 ホント、朝おばあちゃんになんかニヤニヤされてるなと思ったら、この店の戸から壱正が入って来るんだからさ。

 手伝いに来てくれるなら言っといてって話だよもう……。


「あらゆみちゃん、いちくんちゃんと送れた?」


「うん大丈夫「裕美子洗い場ぁ!」はいよ!」


 父ちゃんのぶっきらぼうさが今は良い切り替えになる。

 でも壱正のお陰でお昼の営業が凄く楽になってるから、やっぱり、助けになってるんだ。

 色んな所で、助けてもらってるな、アタシ。







「いやー毎度」


「っ……」


 そんな中、時計の針もお昼を越えて、少し客足が落ち着き出した時。

 おばあちゃんがお昼休憩に入ったら、タイミング良く……いや悪く、一人のオッサンが入って来る。

 カジュアルっぽく見えて、良く見るとハイブランドで固めた出立ちに、薄茶色のグラサンに、首からデジタル一眼レフを掛けてる。

 ウチの……アタシ等の事に最初に目を付けた、ローカルウェブサイトの人間だ。


「…生憎立て込んでてね、取材なら出来ないよ」


「いやいや、今日は普通にランチを頂きに来ただけですよご主人。お嬢さん、天ぷら定食頂けるかな?」


「……ハイ」


 父ちゃんに視線送るけど、流石にただの客だと言われたら、無理矢理追い返す事も出来ない。

 仕方ないからお茶を出して、アタシはまた洗い場に引っ込んだ。


「おや、今日はお嬢さんは調理場に入って下さらない?」


「……今の時間帯は私一人で回せますからね」


「そうですか〜いや残念だ。女子高生板前のビジュアルの良さが活かせないのは」


 何が客の体だって言いたくなる様な、あからさまな取材染みた質問も、父ちゃんは簡潔に捌いてる。

 でもこのオッサン、しつこさは結構なモンで。


「しかしこの盛況ぶり。良かったですねぇ。いやはや、私もここまで反響があるとは思わなかったのですが、今の時代一つ火種が点くと瞬く間に拡散しますものねぇ」


「……そういうのも一過性のモンでしょう。ウチは昔馴染みの常連さんで支えられてる店ですから、大事にする所は変えませんよ」


「成程殊勝な心がけです。とはいえやはり地方の過疎化は顕著ですから、新風を吹かす要素は必要でし「お待ちどおさま。天ぷら定食です」ありがとう」


 このニヤついた顔が嫌いだ。

 アタシ等を見る時の下心丸出しの男どもの顔に加えて、金儲けの下衆な顔も見える。


「うん。美味しいお味です。それこそ、若い子達に向けて、意識したメニューとか、作り手の娘さんを前面に出した方が、もっとこの味も広まる気もしますが?」


「……そういうのは、こっちで考えるんで」


 カメラをコッチに向けて、ピントだけ合わす様な癪に障る真似だけするオッサン。

 でも一々頭に来ても無駄だから、適当に躱して、食べ終わって帰るの待とう。

 こういう手合いには、何言った所で成り立たないんだ。


「でしたら私にもお力添えさせていただきたい。プロデュース業も受け持たさせて頂きますよ。そうですねぇ、女子高生ギャルの「男子高生バイク出前配達員の日常!!!とか、売りに出来ますかねぇ!?」………はい?」


「!………壱正…」


「僕、新しく入ったバイトなんですけど、小型バイクでの出前を任されてるんですよ!地域に根差した出前って文化を、若者から広めるってのも良い企画じゃないですかぁ?」


 アタシとオッサンの間に、いつの間にやら、スッて入って、そんな提案する壱正。

 アタシからは後ろ姿しか見えないけど、多分、勇気出して頑張る時の、あの、頼れる壱正の顔……してるんだろな。


「そ、そう……それは…私には門外漢かな」


「そうなんですね。同じお店なのに変な区別の仕方ですね」


「そういう分け方もあるんですよ少年……ご主人。ごちそうさまでした。お題を「良いよ今日は」えっ」


「その代わり、無駄口叩く用なら、二度とウチの戸、潜らないで貰えるかい」


「わかりました……お約束しましょう…とはいえお代は払います。矜持なのでね、えぇ」


 そう言って、足早に帰ってったオッサン。

 壱正は、その姿をずっと目で追ってた。

 多分、この間真白と姫奈が言ってた、おっかない顔ってのに、なってて。


「あら?何かあったの?」


「あ、おばあさん!出前行って来ました!」


「あらいちくんおかえりなさい!帰ってこられて良かったわぁ」


「へへへ………裕美子さん。ただいまです」


「うん…おかえり」


 漸くコッチ向いたら、いつものちょっと呑気な顔だった。

 



==========




「はい、コレまかない」


「ありがとうございます!いただきます!」


「別にただのまかないだよ」


「えーでもカツと天ぷら両方卵とじになってて凄く美味しそうじゃないですか!」


「だから余りモンだって………まいっか」


 相変わらず美味しそうにむしゃむしゃ食べてる壱正見たら、何でも良くなる。

 本当にこいつ、アタシの作った料理、旨そうに食べるんだよな。

 ずっと口角上げながら頬張ってるの、自分で気付いて無いんじゃないかな。


「カツと海老両方に甘めのダシが効いててすっごくおいしいです!働いた後のご飯ってとっても美味しいですね!」


「だよね。アタシも終わった後のご飯好き」


「……」


「でも普段一人賄いだから、今日は食べる相手居てもっと良いご飯だわ」


「僕で良くなりますか?」


「じゃなきゃ一緒に食べないっつの」


「へへへ…」


 照れ隠しに丼掻き込む壱正。

 こういう時は堂々と出来ないのが、ギャップが多いっていうか、壱正らしさっていうか。


「さっき……ありがとうね」


「すいません。正直出しゃばったかなとは思ったんですけど…」


「ううん。ああいう雰囲気って、身内だけだとどうにも崩せないからさ」


「じゃあ僕みたいな余所者で良かったかもですね」


「そう……いや、違う」


「?」


 余所者なんて、呼びたくない。

 だけど今の壱正を、なんて呼んだら良いのか、ボキャブラリーも多く無いアタシには、イマイチ見つからない。

 それでも絶対、余所者なんて言いたく無いんだ、アタシはさ。


「(友達……部活の仲間……恩人……)……ヒーロー…」


「っ?」


「壱正って……ヒーローみたいだよな」


「それはちょっと大袈裟では…?」


「そんなに大袈裟じゃないよ……いつだって……ううん。初めて会った時から、ヒーローだよ壱正。アタシの……」


 最初からずっと助けてくれた。

 何度も、ピンチの時に、手を差し伸べてくれた。

 それが壱正なんだ。大事な時に、大事なモノを、守ってくれる。


「あははは……まぁ男子はヒーローに憧れる生き物なので……僕も、仮面ライダーからバイク乗ってるトコありますし」


「でも、憧れだけじゃなくて、行動に移せる人って、中々居ないよ。それが出来るのが、ヒーローだよ……壱正」


「裕美子さん…」


 ちょっと真剣な顔になる壱正。

 どうしよう。

 言っちゃおうかな。

 もう、我慢してなくてもいいよね。

 ううん。焦らしてる方が、もったいないもん。

 ちゃんと言おう。

 昨日みたいに雰囲気に流されるんじゃなくて、前みたく、外の喧騒に掻き消されるんじゃなくて。


 ウチの中だけど。

 食べかけの賄いご飯があるけど。

 割烹着だけど。


 言おう。











「大好き」












「えっと…あの、それは「壱正が、好きだよ」!………」


 最初は、ちょっととぼけた顔で。

 だけどちゃんと、目を見て、その、優しいけど、奥の方に強さのある、この男の子の目を見て。


「…直ぐに返事しなくても、良いから。後で、後で壱正が言える時に…聞かせて」


 だけどそれだけ言ったら、俯いちゃった。

 多分めっちゃ、顔赤い。

 もう暫く、壱正の顔、ちゃんと見られない。


「……裕美子さん、僕は「すいませーん」っ……」


「あぁはい……って、アレ?」


 そんな中で、間が良いのか悪いのかは分からないけど、戸を開ける音と、女の子の声。

 ゆっくり入って来た、中学生くらいの、可愛い感じの女の子。

 ただアタシには、その顔は大分、見覚えがあって。

 

「出前の食器返しに来たんですけど………!えっと、もしかして……黒井先輩……ですか!?」


「玲奈……玲奈だよな?」


「…!えっ玲奈ちゃんと…裕美子さん。お知り合いなんですか?」


 そこに飛び込んで来る、壱正の驚いた様なリアクション。

 だけど、それを言うなら勿論アタシ達もで。


『壱正(お兄ちゃん)も、知り合いなの!?』


 って、一旦さっきまでのもどかしさがどっか行っちゃった位に、綺麗にハモってしまった。

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