第二部 8話 ギャルの後輩

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「頑張れよ〜若いのぉー!オートバイ気ぃつけてなぁ〜!」


「はーい!毎度ありがとうございまーす!」


 出前を届けた工務店の、ちょっと強面だけど気の良いおじさん達に見送られて、もう一件の洋服屋さん、街のファッションセンターに向かう。

 コッチまでの道は殆ど迷わず来られたから、次も大通りまで一本、真っ直ぐ進むだけだ。


「って、ちょっと肘に力入ってるな…」


 やっぱり後ろに大切な料理が乗ってるって思ったら、運転も一層集中力が必要だ。

 交差点やカーブ曲がる時も、普段みたくバイクを寝かせられないし、ブレーキもかなり慎重になる。


「こういう運転の仕方も、あるんだな」


 なんて事思いながら、国道に出て、目的地に到着。

 ローカルの洋服チェーン店っぽいのかな?


「こんにちは!宵月です!出前お届けにあがりました!」


「あらありがとうね。今日からゲンさん出前再開だってから、早速頼んじゃったのよ。バイク乗れる新人のバイト君が入ったからなのね」


「ハイ…そんな所です」


 お店の裏手側から事務所の入り口で受け渡して、お代を貰う。

 渡す時にほんのり香る揚げ物と醤油ダレの匂いが、僕のお腹も空かせてた。

 そこに、後ろから最近聞いた声が。


「ねぇお母さん魔法瓶ってこの2リットルのしかなかったんだけ………ど?」


「あれっ?玲奈ちゃん?」


「えっ壱正お兄ちゃ……えっ何で!?」


「?……あぁ!!大分お兄ちゃんになっちゃったから分からなかったわ!壱正君だったのね!」


 前後から女の人に驚かれちゃって、居た堪れない気分になってる、僕だった。







「そっか、出前のバイトやってるんだ」


「うん。ウチのお爺ちゃんと、前に言った、僕のやってる部活の部長さんとのよしみでさ」


「それって……女の子、だよね?」


「あ、うん。凄くお世話になってるから、ちょっとでも恩返しが出来たらなって」


 少しだけ時間を貰って、玲奈ちゃんにいきさつを話す僕。

 玲奈ちゃんのお母さんがお茶出してくれようとしてたけど、僕以上に玲奈ちゃんが丁重にお断りしてた。


「そっか……相変わらず、真面目だよね。お兄ちゃん」


「今回も出来る事見つけて、なんとかやってるだけだよ」


「それが、真面目っていうんだよ」


「な、なるほど……」


「でもこないだのラインの時より元気そうで良かった。安心した」


「!……」


 そっか。玲奈ちゃんには、やっぱり見抜かれてたのかな。 

 会話でなくても文面でも、思ってる事出ちゃうんだな、僕は。


「ありがとう。玲奈ちゃんに打ち明けられたから、少し気持ちが楽になっただろうから」


「っ……じゃあまたなんかあったら、ラインしなよ」


「うん!本当にありがとうね!じゃあまた!」


 そう別れを告げて、中身が無くなって気持ちと同じ位軽くなったおかもちセットが乗る、僕のバイクに跨った。

 帰りは後ろの心配は無いけど、裕美子さんとの約束通り無事に着いて、忙しいお店を早く、手伝わなきゃだ。


===========




「え、えっと玲奈ちゃん、こちらの裕美子さんが僕の入ってる家政部の部長さん。裕美子さん、此方が小さい頃お爺ちゃんちの近所に住んでた玲奈ちゃんです。って……言わなくても」


『知ってる』


「そうなんですね……あははは…」


『………』


「うっ」


 二人からなんかジロッと見られてる。

 多分コレが真白さんや姫奈さんに言われる所の、僕の『タラシ』な所なんだろうな……。


「でもまさか黒井先輩のお店とは思いませんでした」


「アタシも知らんかったわ。玲奈もお母さんの勤め先しょっちゅう行く訳じゃないんだろ?」


「そうなんですよ。本当にたまたまお湯が無いから魔法瓶持ってきてって。そしたら壱正お兄ちゃ……結城先輩が居て」


「いいよそんなに畏まらなくても!お兄ちゃん呼びで!」


「壱正、黙ってな」


「あ、ハイ」


 そ、そこら辺は年頃の女の子の気にする所なんだろな。

 裕美子さんにさっきの今で変な気を遣わせてしまって面目ない…。


「それで買い物次いでに食器返しに来たら、結城先輩だけじゃなくて黒井先輩もいてビックリですよ!」


「アタシもだよ玲奈。本当に壱正は色々タイミング良いよな」


「良い方なら良かったです!」


「ポジティブ過ぎ」


「へへ……」


「でも元気そうで良かったよ玲奈。学校楽しい?」


「ハイ。新入生はクラス一つ減っちゃいましたけど、学校のフンイキは変わんないですよ」


「そっかー。卒業してまだ四か月なのになんかもう懐かしいわ」


 三人で会うのは初めてなのに、お互い知ってる人同士が、僕関係無く話してるのが、不思議だけど、なんだか面白くて。

 二人の関係を聞くのもちょっと野暮に思える位には、仲良さそうな、裕美子さんと玲奈ちゃんだった。


「そうですね。黒井先輩が居た時程の嵐は起きてないですから」


「おー言うなぁ玲奈ぁ。そんなん言ったら………って、外にお母さん待たせてんじゃんな。悪い」


「あっそうだ!ごめんなさい!また連絡しますね!お兄……結城先輩もじゃね!」


「あーうんバイバーイ!」


「またなー」







 そんな感じで慌てて帰った玲奈ちゃん。

 急展開だったけど、落ち着いたら、少しの静寂が戻って。裕美子さんの方を、見てみれば。


「っ!あの!裕美子さん、胸元が…」


「なんかめちゃ暑くなったんだし…てか谷間は見慣れてんじゃん壱正」


「でもお店の制服だとその…」


 羽織からちょっとはだけた裕美子さんの褐色の胸元が汗ばんでて、目のやり場に困る。

 ワイシャツと違う、和装で少し締め付けられてるおっぱいが、今にも溢れそうで。


「こういうの見てて…ちゃんと壱正、ドキドキしてくれるんだな」


「当たり前じゃないですか」


「…そっか……壱正、今日はもう帰んなよ。食器そのままでいいから」


「あ、はい……」


 また顔が、段々赤らんで来た裕美子さん。

 多分僕も、そんな感じなんだと思う。

 流石に、さっきの言葉を平然とやり過ごすなんて出来なくて、仕方なく、まかないの食器だけ洗い場に下げて、羽織りを脱いだ僕だった。


「お、お疲れ様でした!」


「うん」



ーーーーーーーーーー


「壱正くん、大きくなったわねぇ。私最初わからなかったわよ。でも顔付きは昔の優しい感じのままね!」


「そうだね」


「何よ、話し込んでたってのに素っ気ない」


 ママの車の助手席で、窓の外の景色見ながら、適当に相槌を打った。

 素っ気ないっていうか、ちょっとまだ、頭の整理が出来なくて。

 しかも丁度良く、丘の上の方に、通ってる中学。

 私と、黒井先輩達が通ってた、中学校が見えて。


============


「ねぇ移動教室一緒にいこー」

「田中〜体育のハチマキ貸してくんね?」

「お前小学校で卒業しろよその忘れグセさぁー」




「……(やっぱり、同じ小学校の子らで仲良く最初はやるよね)」


 中学校に入って、二週間位経つ。

 だけど私には、まだ殆ど話せる友達が居ない。

 元々明るいタイプでもない上に、小学校卒業したら隣町のココに引っ越しで、学区も勿論バラバラだから、知ってる子が一人も居なかった。

 だけど当然もう、仲の良いグループは出来始めていて、私は早速スタートダッシュに失敗してたんだ。


「(壱正お兄ちゃんも、こんな気持ちだったのかな)」


 前住んでた家の近所のおじいちゃんおばあちゃん家にたまに遊びに来てた、二つ歳上のお兄ちゃん。

 話を聞くと転校が多いらしくて、友達が出来にくいって、よく空元気に言ってたっけ。


「えーと、明後日の家庭科は調理実習でサンドイッチを作る予定なので、班毎に食材の持ち回りを分担しておいて下さいね」


「(マジか…)」


 中学校は班行動がまだまだあって、大体席順で2×3の六人位の班になる。

 男子グループはそれなりに知り合いっぽくて、女子も…。


「あ、じゃあウチパン持って来よっかな」


「えーズル。じゃあ私もパン。クロワッサン」


「主食ばっか増やしてどーすんだし」


「男子マヨとハムと卵よろしくー」


『あ、ハイ…』


 気の弱い男子グループっぽいから、もう言われてそのまま聞くだけみたいだ。

 サンドイッチに自己主張も無いし、それで良いんだろうけど。


「ていうか野菜……あー…ミドリさん?お願いして良い?」


「レタスとかトマトとかあったら良いんだけど」


「あ、う、うん。聞いてみるよ」


『ありがと〜』


 なんて如何にもな社交辞令的なお礼だけ貰って、そのまま二人で駄弁り始めた。

 男子は男子で声抑え気味に喋り出して。多分カタカナが多いからアニメの話かな。よく分かんないけど。


「(うーん……どうしよ)」







「トイレなんでコッチ来ちゃってんだろ」


 中学校から女子トイレは、なんかもう女の子の縮図?みたいな感じで、複数で行くのが当たり前っぽければ、中に今誰が居るかで時間を調整したりして、ホントに面倒な感じになってる。

 だからもう諦めて、理科棟の方の遠いトイレ使ってるんだよね。


「はぁ……学校、つまんないな」


 友達は多い方じゃなかったけど、小学校の皆が行ってる中学に来たかったな。

 知らない所って、居るだけでなんか疲れちゃうし。

 壱正お兄ちゃんも、こんな生活ばっか続けてるのかなぁ。


「でさぁ!朝チャリンコ乗ったキンモいオヤジがあーしの胸ガン見してたらおもっくそ電柱激突してんだわ!」


「あ〜そりゃバカだわ〜」


「でもなんかカワイソーだから助けてやった」


「真白は真白で行動が素直過ぎんだよ…」


「つっても裕美子ぉ〜ホッとくのもギャルの名が廃んべ?」


「えっ…(なんか凄い人達入って来た…?)」


 コッチのトイレ、今まで誰かと出会した事も無かったのに。

 こんなに騒がしいっていうか、大きな声の人達が来るとは思わなかった。


「(多分先輩…だよね。声だけでも、不良?って言うか、言ってる通りギャルっぽい感じだけど…)


「あ〜腹いて」


「おん、姫奈今月重めか〜?」


「ちげ〜しうんこだよ〜」


「なんだガチうんこかー」


「お前らそういう汚ねぇ言葉ホイホイ使うんじゃね……ていうか先客いんだから止めとけ」


「うぉ!珍し!」


 な、なんか扉の向こうから凄く視線を感じる。

 どうしよう、早めに出ちゃった方が良いかな。

 でも不良の先輩に絡まれるのも怖いな……。


「(ていうかそろそろお昼休みも終わりだし…)」


 次の時間は移動教室だから、一応教科書とノートは持って来ては居るんだ。

 ただ、その場所が、洗面所の鏡の所で……。


「お、教科書置いてある。一年生だ。なっつ。若ぁ」


「一々読み上げんなよ。こえー先輩にしか見えないだろ真白」


「そ〜だ金髪不良女ぁ〜〜うっ!」


「デッカい屁出すな姫奈きったねぇな!」


「きったねぇ事する場所なんよ〜!」


「その会話が汚ねぇんだよ!とっとと化粧直して帰ん「ふっ……ふふ」あ」


 !しまった…つい笑っちゃった。

 だって、三人の会話のテンポっていうか、ボケとツッコミのやり取りが面白くて。


「ご、ゴメンね新入生の子!とっとと出るわー!」


「あ、いえ……私こそゴメンなさい。勝手に話を聞いちゃってて」


 ゆっくりドアを開けて、出てみれば、銀髪のポニーテールに日焼けした肌の人と、金髪の白い肌の人がいて。

 それでいてメイクと制服の着崩しと、ネイルはバッチリ決まってて、二人共…めっちゃしっかりギャルだった。

 ギャルの先輩だ。あと、胸……凄いおっきい。

 女の私でも思わずガン見しちゃった。


「!新入生には刺激がつえー乳だってよ裕美子ぉ!」


「おめーもだよ。ゴメンなさっきから、まぁカッコは普段からこんなんだから、勘弁してね」


「い、いえいえ!なんか…カッコいいです」


『!』


「お世辞でもありがと。ウザい先輩はとっとと退散すんね」


「姫奈うんこ終わったかー!?」


「ちょい待ち……うい。こんちは新人パイロットくん」


「パイロ……?」

 

 最後に出て来た赤髪ツインテールで地雷系メイクの先輩。制服もゴスロリっぽい改造制服だ。

 でも、この先輩も…。


「カッコいいですね。先輩方、みなさん自分を持ってて、とってもカッコいいです」


「ちょっとぉーめっちゃ良い事言ってくれんじゃん〜えぇーキミなんてコー?」


「真白、絡み方」


「あ、一年四組の、美鳥玲奈って言います」


「レナっち好きみだわー。あーしら雰囲気避けされてるからレナっちみたいなコめっちゃあざまる水産!」


「どうも…」


 格好はバチバチに決まってる先輩達だけど、根は優しそうで良かった。

 でも先輩達が使うトイレなら、もうあんまり使わない方が良いかな……。


「……玲奈、別に好きに使って良いかんな。ココ」


「えっ?」


「顔に遠慮がちなん出てる。別にアタシら気にしねーし、つーかトイレに先輩後輩もねぇから」


「!……」


「つか名前言って無かったか。アタシは黒井裕美子。コッチのアホ1号が黄山真白で、2号が紅林姫奈な」


「オイオイ裕美子も大して変わんねーだろ!?」


「自分だけエース扱いはおこなんだよなぁ〜!」


「うっさいそれでもお前らの倍ぐらい取ってるわ」


「ふふっ…ふふふ」


 あ、しまったまた笑っちゃった。

 でもその、トリオ?としての会話のテンポが本当に絶妙で面白いなあ。


「つーか裕美子もちょい共感してんのか?あーしら転校して来るまで一匹狼ギャルだったもんなぁ」


「言わんでいい。アタシは他の女子との連れションめんどいだけ」


「いうてウチらと行くのに?」


「メイク直しのついでだっつの」


 そうなんだ。黒井先輩も、そんな感じで、黄山先輩と紅林先輩が転校して来るまでは一人で…。


「勝手なお世話だけど、ちょいちょいウチら居るから。バカだけど悪いヤツらじゃないから、いつでもこの辺り、好きに来なね」


「あっ……」


「中学入るとメンドー事多いけどさ、全部が全部つまんねー訳でも無いから」


「ん!そのとーり!あーしもバカでも楽しー!」


「アホでもハッピ〜!」


「ココまで行くと重症だけどな……」


「…ありがとう、ございます」


 私が何でここに居たかなんて、最後まで聞かなかった黒井先輩達。

 にも関わらず、あっけらかんと居場所だけを用意してもらってしまった。

 だけどそれが私には、入学して漸くの、気持ちが落ち着けた時だったんだ。

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