第二部 3話 ギャルのもどかしさ
「っ…「何処へ行く結城」!青戸…先生」
またヘルメット被り出した僕に、落ち着いた大人の女性の言葉が届く。
家政部の顧問でもある青戸先生が、スーツ姿でやって来た。
「それは…」
「黒井なら大丈夫だ。お祖母さんが今日病院に連れて行ってくれて、過労が祟ったと仰っていた」
「マジか…」
「一応一安心〜なん?」
「ああ。念の為休ませようとなって、入院との事だ」
僕達三人を落ち着かせ様と、ゆっくり丁寧に説明してくれた先生。
ヘルメットを持った手が、だらんと下がったのが良く分かった。どれだけ身体を強張らせて、走り出そうとしたのかも。
「つーか…過労ってなんなん?」
「マシロ流石にバカが過ぎるぞ〜過労ってのは「そういうんじゃねぇ」へへっ」
「裕美子さん…そんなに頑張ってたんですか…?」
「あぁ。コレは私もさっき、お祖母さんから聞いたんだけどな。どうやら展覧会での反響は、中々凄かった様だ」
ポケットからスマホを取り出して、とある画像を開く青戸先生。
そこには裕美子さんのお家のお店が取り上げられたローカルウェブニュースのページがあって、裕美子さんの姿もあった。
「コレで、お店が忙しくなって…」
「頑張り過ぎたんか裕美子…」
「何で言わねーんだし…」
でも僕達三人、裕美子さんがそれを言わなかった理由も分かって。
裕美子さんのことだから、家庭の事情を学校に、部活に持って来たく無い気持ちがあったろうし、何より責任感の強い女の子だから、自分でどうにかしようって気持ちが何処かにあったと思うから。
「(多分…僕のおじいちゃんにも口止めしてたんだろな)」
「裕美子のかき揚げバーガー、ストーリーとかもめっちゃ上げられてたもんな」
「それな。つってもそんなバズったん知らんかった」
「実際黒井の料理は好評だったが…しかし部を通さず直接店の方まで行かれると此方も認知出来なかったよ。それに比較的高年齢層向けのニュースサイトだ。学生諸氏に知見が無いのもすり抜けられた点…だな」
「…物珍しさ、ですか」
『!』
皆一斉にコッチを見る。
多分、僕の語気がいつもと違うからだったと思う。
だけど、記事の書き方は、裕美子さんがギャルで派手だけど料理が上手くてギャップのある看板娘が居る和食割烹みたいな表現で、裕美子さんにも、お店にも失礼な風にも見えた。
「イッチー、そんなにキレんな」
「どうどう」
「すみません…」
「そうだ結城。黒井の抱え込み過ぎる性分と、繁忙が重なって体調を崩してしまったともいえる。ともかく、今はゆっくり休ませてやろう」
ポンと肩に手を置いてくれて、宥めてくれた青戸先生。
だけど、そんなになるまででも昨日みたく気を使わせてしまった裕美子さんに、何も出来なかった自分の、言い様の無い無力感が、心の中で渦巻いていた。
ーーーーーーーーー
「おはよう…ございます」
『…』
クラスに入る。
既に居る生徒が一斉にコッチを見て来る。
で、直ぐに元に戻すけど、その視線の意味は、前みたいな奇異の目とも、ちょっと違くて。
あのひったくり犯は、おじいちゃんが居てくれたお陰で迅速に逮捕出来て、男は即退学になって。
そしてそれは、直ぐに校内、町中に広まってしまった。
連続ひったくり犯が高校生だった事もあって、地方局でもニュースになったりして、学校の中も外も騒がしい日が一週間位続いたと思う。
そうなると、僕の話も必然的に少しずつ浮かんで来るのは、避けられなかった。
バイクで犯罪をする人を、バイクで捕まえる人。
その触れ込みは、僕にどうにも危険な印象を植え付けるには持ってこいみたいで、しかも捕まえたのがあの大柄な男子生徒だったせいか、裏の顔があるだとか、本性はとんでもないバーサーカーだとか、根も歯もない事色々言われてた。
ただ、それは良いんだ。
それなら、今までと変わらないから。
だけど。
「ねぇ、四組のあの人入院したみたいよ」
「マジ?ギャルの人も入院すんだね」
「なんだろ…妊娠とか?」
「あー…いやいや流石に」
「だよね…!ちょ、見てるから」
「やばっこわっ」
「(別に見てないよ。今日の時間割確認しただけさ)」
今度は僕が、三人に迷惑をかけてる気がする。
三人に弱みでも握られてるんじゃないかって思われてたこの間までから、本当は僕が黒幕なんじゃないか…みたいな。
上手く…いかない物だな。
本当は、ちょっと期待してたんだ。展覧会での活躍が、学校でも広まって、見る目がちょっとずつ変わるんじゃないかって。
だけど、変化って言える様な変化は、目に見えては起こらなくて。
それでも活動内容だけは、ほんの少しだけ伝わって、適当な人達じゃない…のは、知られたのかもしれないけど。
「(元のイメージを覆すって、本当に難しいんだな…)」
ーーーーーーーー
「うーし。んじゃ行くか」
「いっくん誘わんで良きなん?」
「朝のアレ見たろー。ぜってー思い詰めんもんイッチー」
「それな。マッドバウンドドッグいっくん降臨しちまうわ」
「バウンドは知らねーけど」
何時もの帰り道を、今日はその半分の面子で歩く、真白と姫奈。
真夏ながら密度の低さに、やはり違和感を覚えていた。
「つか、いっくんてさ」
「?」
「時々…おっかなくね?」
「そうか?んー…まぁおっかねぇってよりかは、危なっかしいだけど」
「あー、そっちありよりのあり」
ふと思い立ち、訊ねる姫奈。
小学校からの長い付き合いである真白には、そのトーンで真面目な話かどうか、分かる様になっていた。
「あんまり、自分顧ねぇよな」
「うーん。ひったくりクソヤロー捕まえんのに、一人でバイクの練習とかしてさ、責任感、持ち過ぎな感じ〜」
「な。どーせメーワクとか心配とか気にしてんだろうけど、知らない所であぶねー事してる方が心配だっつの」
「ま〜元から見ず知らずの裕美子の為に頑張る男だもんな〜」
今振り返っても、不思議な少年だとは、つくづく思う二人。
結城壱正という男の、普段の穏やかさとかけ離れた、言うなれば頑固とも取れるほどに、一度決めた行動を曲げない時がある一面が。
「あ!こういうのがロールキャベツ系男子か!」
「スコッチエッグ系じゃね?」
「ヒナ、ソレ野菜入ってねーだろ」
「ヘっバレたか」
「まーでも野菜の皮の厚さだと、ピーマンの肉詰めみてーな?」
「お、それアリだわ」
「だからー、裕美子も好きピになっちったかなぁ」
今度は姫奈が少しトーンを変えて呟く。
真白もそれを察し、会話を恋愛話にシフトした。
「純情乙女黒ギャルと、ピーマンの肉詰め系男子…読み切り少女ギャグ漫画かよって言いたくなるわハハハハハ」
「一人でウケてんな〜」
「アハハ…まーでも裕美子にカレシ出来んならどんなんかなーとは思ってたけど、イッチーみたいなタイプなら成程!とは思ったわ」
「優しくて強いタイプ。ただし割合的に優しさマシマシの強さカラメ型な。早々いないからな〜」
「まーだからさ、二人のペースでやりゃ良いだろうけど、ああいうタイプはさっさとカレカノになった方が良くね?とは思うんよ」
「な。アクシズとティターンズフラフラするべきぢゃねーわな」
腕を組みながら、少々大袈裟に首を振る二人。
心なしか持ち前の爆乳も一緒に揺れていた。
「つーかさ」
「あーね」
『付き合う前のこの時期見てんの、一番焦れってー!!でも一番楽しーーー!!』
そう叫んで、お見舞いに病院へ入った。
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