第二部 2話 ギャルの我慢


「すいません突然」


「ま、まぁ上がりなよ…」


 声で驚いたら、姿見てまた驚いた。

 何も連絡入れてないのに、本当に来てくれたとか、驚くし…嬉しい。


「…(て、アタシ何処に連れてけば良いのかな)」


 風邪っぴきの病人がリビングでもてなすのも変な話だし、かといって…。


「裕美子さん体調悪いんですよね?無理しないで下さい。コレ。プリンとかヨーグルトとか、飲み込み易いモノ一応買って来たので、食べて下さい。僕はこれで」


「ああ…ありがと。でもそんな直ぐ帰せないからちょっと待って」


 見ると結構袋膨らんでる位の量。

 良くわかんないから、とりあえず沢山買って来たんだろうな。壱正らしい。


「(…しゃーない)コッチ」


「?」




「狭いけど、そこら辺座って」


「お構いなく…ていうか裕美子さん、何か手伝う事あれば「良いから。ちょっと落ち着いたら帰っていいかんね」…」


 そんな事言ったら、ちょっと寂しげな顔でコッチ見てくる壱正。おずおず、テーブル横のクッションに座らす。

 迷子犬かよって言いたくなっちゃうけど、コレが壱正の心配してる時の顔なのも、もう良く知ってる。


「ああそうだ。携帯だよな。ラインってかスマホ、トイレに直行で落っこって死んじゃってさ」


「あぁ〜そういう事だったんですね」


「多分真白と姫奈鬼電掛けてたっしょ」


「それはもう…凄く」


 苦笑いしてる壱正の言い方から、またとんでもない量の着信入ってんだろなって分かる。

 それはそれで、二人がアタシの事心配してくれてる証でもあるんだけどさ。


「でも…何で壱正なん?」


「それは…その。やっぱり裕美子さんが心配ですし…僕のバイクが一番早く着けますし…」


「…」


 色々理由並べてるけど、ホントの事言ってない気がする。

 壱正がホンネ言う時はストレート過ぎるから、違う時は目に見えてわかりやすい。


「後はその、裕美子さんの声が学校で聞こえないのが、なんか…寂しくて」


「っ…」


 漸く、めっちゃ照れ臭そうに、一番の理由を言う壱正。

 ただ、熱っぽい身体とは違う感じに、身体が熱くなっちゃったアタシもいた。

 悟られない様に、とっととベッドに潜る。


「てかゴメンな。お茶も出せないで」


「何言ってるんですか。裕美子さん病人なんですから」


「それに…こんなカタチで壱正部屋に呼んじゃってるし」


「っ…そ、そういえば」


 今更我に返った様な顔してる。

 ホントにココまでただアタシのこと心配で来ただけなんだな。

 そういう、他の事考えてないトコが…アタシはさ。


「すいません。僕、女の子の部屋に入ったの初めてで…」


「それは…男呼んだのアタシも初めてだし」


『…』


 お互い初めてだからココからどうしたら良いか分かんないよな…。

 てか勢いで上げちゃっただけでそれでどうしようとか全然気にして無かった…やっぱ体調変だわアタシ。


「(なんか…あ)それ、食べようよ」


「あ、はい。どれが良いですか?」


「うーん、じゃあこのカルピスゼリー。壱正も食べな」


 ビニール袋の中の沢山のお菓子から一つ。

 壱正に開けて貰って、一つ置いてもらった。


「個包装のが触れないから良いでしょ」


「やっぱり裕美子さんは飲食店のおうちだから、衛生面は気をつけてるんですね」


「別にこんくらい普通だって。まぁ…でも食べ物の扱いは気をつけてたかな」


「…知ってます。こないだの展覧会の時も、生モノの調理時間とか、冷蔵庫の開けっぱなしとか、凄く気を付けてましたもんね」


「っ…」


 カルピスゼリー一口で頬張って、アタシの方は見ないのにそんな事言う壱正。

 やっぱり、ホントに良く見てる。

 

「それでチョーシ乗って頑張り過ぎてコレだもん。しょーもないケドさ」


「そんな事無いですよ。結果に満足しないで頑張ろうとするのが、裕美子さんの凄い所ですよ」


「それは壱正もなんだろ?じいちゃん最近『前にも増してバイクの練習良くしてる』って、酔いながら嬉しそうに言ってるし」


「やっぱりおじいちゃん言ってるのか…」


 また目を逸らして呆れ気味に笑う壱正。

 ココらへん、アタシ達の少し似てる所。

 頑張ってるトコを、人に言わないし、あんまり見せない。

 その割に、他人が頑張ってる所は良く見てて、そういう部分にシンパシーみたいなの感じちゃうアタシが居る。


「ていうか壱正なんで…目ぇ合わせないん?」


「えっあっ、それは…」


「?」


「裕美子さん…パジャマの胸元…凄く開いちゃってるから…」


「!……ワイシャツの時とそんな変わらんし…」


「でも汗ばんでて…ちょっと目のやり場に困りますよ〜…」


「…」


 ま、まぁ確かにちょっと出過ぎか…。

 ていうか今更だけどナイトブラ脱いどかなくて良かった…。


「って、そうじゃないですよね」


「?」


「すいません裕美子さん。汗そのままだと風邪引いちゃいますから、タオル、湿らせてきます。お手洗い借りますね」


「あっ…ありがと。そこに放ってあるの使って」



ーーーーーーーーーー


「…き、緊張した…」


 ちょっと特殊過ぎるよな…初めて上がった女の子の部屋が、看病な上にパジャマ姿なのは…。


「このタオルもなんだか良い香りがするし…」


 柔軟剤の香りなんだろうけど、凄く良い匂いだ。

 その、裕美子さんからする普段の香りと、やっぱり似てて。つまり端的に言っちゃうと、裕美子さんの匂いがする。


 同時に、さっきの汗ばんだ褐色のおっぱいの事まで思い浮かべて、顔がどんどん熱くなってくのがわかった。


「あ〜ダメダメ!僕はお見舞いに来たんだから!」


 思いっきり頭振って、思いっきりタオルを絞った。

 アクセル開ける感覚でやっちゃって絞り過ぎた…もう少し湿り気無いとだよね…。

 

「やっぱり、緊張してるなぁ…」






「裕美子さん。入って良いですか?」


「うーん」


「失礼しま…!パジャマ脱いじゃったんですか…!?」


「まぁあちーし…キャミみたいなモンだから気にすんなよ」



 そうは言ってもさっき以上に露出が増えちゃってるから目のやり場に困るなぁ…。

 でもそれだけ暑いって事だし、ちょっと悪化してないか心配だ。


「えっと、自分で拭けますか?」


「うん。何とかなりそ。壱正帰っていいよ。ホントにありがと。感染る前に早く」


「っ…ハイ。もし何かあったら、直ぐ連絡ください。僕もおじいちゃんもいつでも駆け付けますから」


 コレくらいしか言えなかった。まだ大分心配だけど、仕方ない…よね。

 もし僕に感染ったら、裕美子さんの事だから、凄く責任感じるだろうし。

 ココは、早く治る事を祈って、帰ろう。


「…今度、何かお礼するな」


「気にしないで下さい。裕美子さんに何時も美味しいお弁当食べさせて貰ってるんですから」


「そういうのじゃないのが…いいの」


「?」


「ううん。じゃあね」


 意味が気になったけど、疲れさせちゃうから、聞き返す事はしなかった。

 多分、聞き返すのが少し怖い僕も居て。


 裕美子さんが、僕の事どう思ってるのか…。

 僕の胸の中にある、裕美子さんへの気持ちは何なのか…って。




「心なしか…最後の方、口調も凄く大人しかったような」


 後ろ髪を引かれる気持ちが強かったけど、今は一旦、帰る事にした…僕だった。

 行きと違って、何処かバイクも、重く感じて。






ーーーーーーーーーー


 そう思って、翌日。


「…ふぅ」


 駐輪場にバイクを停めて、ヘルメットを脱ぐ。

 溜息混じりに一息着いた、僕の下に。


「イッチー!やべぇ!」


「おはようございます真白さ「裕美子入院しちったよぉ〜!」!!」


 慌てて走って来た二人と、動揺した言葉が届いたんだ。

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