第7話 ギャルと決意と
「ッ…」
「もっと著座位置の切り替えを速くだ!」
「(もっと…!膨らむ…!)」
「アクセルの開け戻しは瞬時にタイミング良く!!」
車体を左右に振って、庭に並べてあるコーンを何本も潜り抜ける。
おじいちゃんの特訓であるスラローム。
特に細かく、素早くて正確な挙動が求められる僕のバイクには、この練習が一番大事だった。
「…どう?」
「…さっきより遅いぞ。壱正」
「!そんな…」
「切り返しを急ぐ余りハンドリングが腕になっている。しっかり體重移動を意識せんとな」
「わかっ「所で壱正」…何?」
「その技術は、何に使うつもりなんだ」
「それは…もっと上手にバイクを…」
「操って、引ったくり犯を捕まえるのか」
「!…おじいちゃん…」
さっきまでの熱心な雰囲気から一転、靜かに、だけど張り付いた空気を纏ってるおじいちゃんな気がした。
どっかで…バレちゃうよね。ただでさえこの町で起こった事件だし、御意見番のおじいちゃんにはいつか必ず耳に入る事だったよな…。
「壱正、お前はまだ普通の高校生だ。やる事はしっかり分別をつけなさい」
「でも…もしまた…って思ったらさ」
「それで何かあったら、母さんもばあさんも私も…お前の仲の良い友達も悲しむぞ」
「っ…うん」
わかってる。わかってるんだ。
おじいちゃんの言う事は最もで、そうするのが當たり前なのを。
だけどココで、じゃあ早く捕まえてよって言えば良い事に、したくなかった。
僕…僕は。
「でも…せっかく出來た居場所と友達…傷付けさせたくない。悲しませたくないんだよおじいちゃん。僕、裕美子さんがあんな悲しそうな顔してるの、二度とさせたくないんだ」
「っ………まったく、いつの間にか良い顔をする様になったな」
「…」
「だが先ず通報が第一だからな」
「はい」
「…よし。では一層厳しく行くぞ!」
「ハイ!」
もう一度気を引き締めてハンドルを握り直した。
「イテテ…今日も厳しかったなぁ…」
身体が相当バキバキで痛い。
握力もかなり使っちゃってる。
だけど今日も少しだけ、バイクの運転が上手くなった気がする。
使う必要が無いに越した事無いけど、それでも充実感があった。
バイクに詳しい人の知り合い?も少し出來たし、良かった…かな?
「もう少し…よし」
だけど僕にはもう一つ、やらなきゃならない事がある。
「やっぱり…皆を繋いでくれた縁はコレだから…ココに配置して。後は…一人ずつを、それぞれ皆の好きなモノを、一つ一つ、分かる様に置いてって…」
スケッチブックに毎日少しずつペンを走らせて、形になって來たデザイン。
それがもう少しで、完成しようとしていた。
「筋肉痛治らないな…」
学校での授業にちょっと支障が出てるけど、もう少しで慣れるはずだと思って我慢しなきゃだ。
「そういえば展覧会の宣伝とかはどうしようかな」
裕美子さん達は、別に学校でしなくても良いってスタンスだった。
沢山の人に來て貰う事が目的じゃなくて、ただ見て貰える場が有れば良いって。
僕もその気持ちを尊重したい。少し…勿體ない気持ちもあるけど。
「友達居なくて一人でお絵描きかァ?」
「…」
「ちょい見せてみろよ…ッ…手前ェ…」
またちょっかいかけられて、スケッチブックを取られそうになったけど、しっかり抑えて、取られない様にする。
「良いから見せ……チッ…」
「人から物を取ろうとしておいて舌打ちとか、カッコ悪いね」
「オイオイちょっと鍛えたからってチョーシ乗んねぇ方が身の為だぜもやしっ子ヨォ」
「君程乗ってないよ。見たいなら見せて貰えるまで待てば良いだろ」
だから、堂々と見せた。
この人だけでなく、クラスの周りの皆にも良く見える様に。
家政部の皆が何をしてるのか、伝わる様に。
「三人は、自分の好きな物に熱中して、それを一生懸命取り組める場として、部活をやってるんだ。決して遊んでる訳じゃない。僕はそんな姿がカッコよくて、応援したい気持ちがあって、手伝ってるだけだよ。変だったり疾しい事だったりなんて、無い」
『…』
他のクラスメイトの人達も一斉にコッチを見て、耳を傾けてくれた。
驚いてる様な顔をしてる人も居れば、怪訝な顔をしてる人も居て。
だけど僕がスケッチブックに描いたその絵は、しっかり見てくれた気がした。
「あっそ。ま、ならもっと分かり易いカッコでやれってんだよなァ」
「分かりやすくカッコ悪い人よりカッコ良いよ」
「ッ……」
明らかに攻撃的な顔と目になる。
殴られるだろうか。だけどそれでも良い。
何も言えずに毆られないより、ずっと良い…!
「…ヤメだ。あーシラケたな」
「…」
「おいお前、口先と筋肉だけ鍛えてても…単車で撒かれてちゃ意味がねぇってのは、覚えとけよ」
「?………!(まさか…)」
その言葉に、思う様に返せなかった僕。
だけど浮かぶのは勿論一つ。
この間の事みたく、ありありと頭の中に写し出される。
とはいえ、今確かめる手段は…無い。
「…てな感じ…なんですけど、どうでしょう?」
『…』
モヤモヤした気持ちは殘りつつも、放課後の部室で皆居る中、完成したステッカーデザインを見せてみる。
んだけど…じーっと見つめてて、感想が…無い。
と思ったら姫奈さんが。
「乳が…爆乳ぢゃない」
「それな」
「乳以外見ろよ……」
「なら、めっちゃ可愛い〜」
「それな!」
「ん…良いじゃんコレ。壱正」
「ありがとうございます!」
良かった…喜んで貰えた…。
カートゥーンっぽくデフォルメした三人がそれぞれ服と手芸雑貨と料理を持って、シートを大きく広めに書いた僕のバイクに座ってるデザイン。
あの日に縁が出來たから、全部入れてみたかった。
それが何とかカタチにできたんだ。
「でもイッチーいなくね?」
「おーホントだ。いいんか?いっくん」
「いや、居んじゃんココ」
『?』
不思議がる姫奈さん真白さんに、裕美子さんが指差してくれた。
ヘッドライトの…所に。
「このライトのトコに描いてある眉毛と目、ビミョーにタレてんのが壱正でしょ」
「おーん…あ、マジだ!よく気づいたな裕美子!」
「やーばい察しパワーエグい。良くできた嫁はんやで〜」
「…別に見てりゃわかるし」
「ありがとうございます…裕美子さん」
「ん…まぁね」
正直自信は無かったんだけど、気付いて貰えて…良かったな。
気付いてくれたのが…裕美子さんで、とっても嬉しい。
「あ、アタシあっちのスーパー寄ってくわ」
「おん?コッチじゃダメなん?」
「かき揚げ用の桜エビ、あっちの方が良いのあんだよね」
帰り道、裕美子さんが思い立った様に立ち止まって、反対方向に足を向けた。
「んじゃ行くか」
「皆準備忙しーっしょ。大丈夫だって」
「でも裕美子「僕ついてきますよ!」お?イッチーだいたーん」
「スリーはガンダムの前番組ってか〜?」
姫奈さんに茶化されてる元ネタはわからないけど、やっぱり一人にしちゃいけない気がして。
「いや壱正も「ついてっちゃダメです…か?」そういう言い方は止めとけって…」
恥ずかしがってる裕美子さんだけど、嫌そうな顔はしてないから…オッケー…かな?
ーーーーーーーーーー
「ホントにちょっとの距離だったのに…」
「でも「でも、ありがとうな。壱正」!…はい」
姫奈と真白と分かれて、壱正と二人、帰り道と反対方向のスーパーへ歩く。
壱正が多分並び方考えて、左側の歩道を。
車道側からバイク、壱正、アタシの順で歩く。
「…ふふっ」
「?裕美子さん?」
「あーいや、なんか、壱正来てから変わったなーって」
「どういうことですか?」
目線を少し上げて、大分夕焼けが黒く染まり出してる空を見ながら、呟く様に声に出た。
「ほら、ウチら、別に目標とかがあった訳じゃなくてさ、単に好きなもの、やりたい事やりたい為だけに家政部作った訳」
「そういえばそうでしたね」
「そ。だからさ、あの日も終わったらテキトーに駄弁りながら帰って、家でマイペースに練習しようと思ってたんだ」
あの日。が何の日かは、言わなくても壱正の方見れば、勘付いた様な顔してた。
それは丁度、今日みたいな夕方だったから。
「したらあんな目あったっしょ。そん時ちょっと思ったんだ。あー、そっか。周りからテキトーな連中と思われてるから、こういう目会うのかなって」
「裕美子さん…!」
「どんだけ頑張ってもさ…結局外から見た部分でしか判断つかない事ってあんじゃん。そういうツケ?みたいなさ」
「…」
声の明るさが無いのが自分で分かる。
らしくない様に壱正には見えるかな。
でもこういう弱さが垣間見える所も、アタシなんだって、壱正は思ってくれるだろうか。
「したら、なんか、他のバイクの音聞こえてさ」
「っ…」
「そんで、それに乗ってるやつの顔が、淒く真剣でさ、ただ…真っ直ぐで、必死でさ」
「あ、あの…」
恥ずかしさが淒い。
なんでこんな口に出す様な事じゃない気持ち、ベラベラ喋ってんだろ。
でも壱正は真面目に聞いてるから、ちゃんと…最後まで言わないと。
「それで本当に取り返してくれたんだもん。ビックリした。見ず知らずの、どっからどう見てもギャルなアタシの為に、危ない事して」
「中々の、危なっかしさですよね…」
「そうだよ。ホント危ない。そんな頑張る事じゃない」
今度はちょっと心配気な顔で壱正を見る。
怒ってる…し、悲しんでる…様な顔で。
「すみません…」
「んーん。謝んのはコッチ。見ず知らずのアタシの為に、身体張らせてゴメン」
勢い付けてぺこっと頭を下げる。
一回、ちゃんとしとかなきゃって思ったし。
だけど、謝る以上に。
「それと…ありがとう。壱正」
お礼ちゃんと言いたかった。
壱正に、色々助けて貰っちゃった今までだけど、先ずは一番最初のコレに、ちゃんとありがとうって改めて言っときたかった。
「どう…いたしまして」
それに、照れ臭そうに笑って受け止めてくれる壱正。
ホント…カワイイ顔してるよな。コイツ。
こんなカワイイ顔して、いざって時の顔とギャップありすぎなんだよ…もう。
だから。
「好きだよ」
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