第6話 ギャルと変化と

「今日は…楽しかったな」


 夕方になって皆と解散して、ちょっと遠い所停めちゃったバイクに乗って、帰り道に着く。


 思い返せば、こんなに一日中遊んだのは初めてかもしれない。


 それくらい、今までの僕の人生の中でも珍しい事だと思う。


 僕も裕美子さん達を色眼鏡では見ないでいるつもりだけど、裕美子さん達も僕の事をそういう風に見ないでいてくれるのが、ありがたくて、暖かい気持ちになる。


 何より今日は、三人の事を今まで以上に沢山知れて、もっと仲良くなれた気がする。


「コレからも…ずっと……っ…?」


 そんな風に未来の事を思い浮かべ様とし

た矢先、目の前の交差点から、一時停止を無視して飛び出して来た一台の原付二種のスクーター。


 悪い奴だななんて思うのも束の間、その雰囲気に、僕の頭の片隅が引っ掛かった。


「アレ、もしかして…!」


 黒いスクーターなんて珍しくもなんとも無いけれど、でも覚えてる。


 何せ今日もまた、乗っている人間とは似つかわしくない女性のバッグを足元に置いていたから。


 あの時の、バッグこそ取り返せたけど逃してしまったスクーターだ。


「どうす……っ!」


 迷った瞬間、裕美子さんの顔が思い浮かんだ。


 僅かながらでも知った、裕美子さんの哀しい気持ちになった時の顔を。


 そうだ。そこまで信頼してくれたあの人に、今度また同じ様な事が起きるのは、僕が我慢ならない。許せない。


 だから…行こう。


「ッ!」


 あの時みたくまたバイクをUターンさせて、スクーターが通った道を追う。


 姿が中々見えない。この辺りはまだ走り慣れてない道だから、やっぱり土地勘を活かして逃げ…!


 耳に入る、微かな排気音。荒っぽい吹かし方でどんどん遠くに向かって行くのが分かる。


「いやもしかして…!やっぱり!」


「…」


 サイドミラーに映る、後方に走り去る影。

 恐らくは僕の存在を横切った時に認識して、脇道から回って戻って来たんだ…!


「今度こそ…っ!」 


 捕まえて、裕美子さんを不安無くさせたい。

 僕の為に想ってくれる人に、僕も応えたい。


「!…クソっ…」


 だけど振り返れば一時停止の道で、運悪く車の流れが続いて、早々に渡れない。


 排気音はどんどん遠くなって、とうとう視界から消失してしまった。 


 せっかく捉えられたあの犯人を、今度の僕は、追い掛ける事も出来なかった。


「皆の事もっと知れて良い日だったのに…最後に、ケチがついちゃったな…」

 






「…どうした壱正。今日は楽しくなかったのか?」


「ううん。皆と遊びに行ったのは凄く楽しかったよ」


 帰宅して、いつも通りにおじいちゃんおばあちゃんと夕食を囲む。


 けれどさっきの事が頭から離れなくて、上手く喉を通らないでいた。


「じゃあ何か壱正ちゃんの嫌いなもの入ってたかい?」


「ううん。今日も美味しいよおばあちゃん。ありがとう」


「そうかい…」


 ちょっと心配させちゃってるよね…よし。


「おじいちゃん」


「うん?」 


「おじいちゃんはさ、白バイ隊員だった頃、悪い人を見失っちゃった時もあった?」


 こういう時は、思い切って聞いてみよう。

 その方が、分かる事もあるだろうから。


「うーむ…そうだなぁ。正直若い頃は全部の違反者や逃亡者を検挙出来てはいなかったな」


「そういう時って悔しい?」


「それはそうだ。だから次は絶対逃げられない様に沢山練習したなぁ」


 ちょっと遠くを見る様に話すおじいちゃん。

 でも昔の話でも、よく覚えてる様な顔だった。


「…それでもな、こう言い聞かせたんだ。少なくとも自分が追い掛けて暫くは、少しだけ平和が保たれる…とな」


「!…」


「勿論その後起きるかもしれんという不安はあったがな。でも少なくとも自分の目が見ている内は…いや、捕まえるまで見ているぞと、心に決めていたぞ。気休めかもしれないが」


「おじいさんはそういう日は必ずケーキを買ってきたのよね。イライラをお家に持ち込まない様に」


 大分昔の話でも、昨日の事みたく話すおばあちゃん。 


 そういうの、全部覚えてるんだろうな。

 僕も、裕美子さん達との出会いを、ずっと覚えていられるかな。


「…おじいちゃん。お願いがあります」


「どうした?」


「僕…もっとバイクの運転上手くなりたいから、教えて下さい」


「壱正…何か、理由があるんだな?」


「…」


 無言で頷く。事細かに説明したら、多分おじいちゃんは首を縦には振ってくれない気がして。


 だから目を見て、決意を汲んでもらうしかないんだ。


「…わかった」


「!ありが「ただ、教習所の比ではない厳しさだから、覚悟するんだぞ」っ…が、がんばるよ!」


 顔つきが変わったおじいちゃん。

 でも、僕も出来る事をしてみたい。

 コレから展覧会まで…ううん。この先もずっと、裕美子さんに不安が無い様に、僕はしたいんだ。








ーーーーーーーーーー


「ククク……ハハハハハ!!!!!」


 ガレージ内でほくそ笑み、大声を上げる男。

 喜びの余り脱いだハーフヘルメットを放り捨てる様に投げ、布の破れたソファーに横たわった。


「アァ…ただでさえ上手パクれた上にあのクソヤローも撒けたんだ…面白くねぇ訳がねぇ…ハハハハハ…」


 バックから取り出した財布から、紙幣を指折り数え、しかしその頭の中では別の事柄を思い浮かべていた男だった。


「つーか…やっぱりあのヒョロッカスだったなァ…大口叩いてあのレベルかよしょうもねぇ…」


 嘲笑しつつも、胸の内に未だ怒りを宿す男。


 しかし直ぐにその顔つきを最も醜悪なモノに変えると。


「まァ折角だしなァ…今度こそあの女から大事なモン奪って…完ッ全に屈服させてやるかァァ?…ハハハハハ!!!!!!」


ーーーーーーーーーー


 それから約一ヶ月、僕等は黙々と、時々(主に)真白さんと姫奈さんのおっぱい攻撃に巻き込まれながら、料理、服飾、手芸作品、そして部活のロゴマークにもなるステッカーのデザインを、頑張って作っていた。


 勿論、その合間合間におじいちゃんのバイクの猛特訓…ていうかもう、鬼訓練を受けて。


「…あ、コレカリカリの衣とタレの染みったご飯が抜群に美味しいですね!」


「そっか。衣重めだからタレを出汁効かした

タイプにしてみたんだ」


「コレなら何個でも食べられそうですよ裕美子さん。海苔もパリパリで美味しい〜!」


 裕美子さんのライスバーガーの試作も好調で、売ったら普通にお客さんがリピートして買ってくれそうっていうか、ちゃんと売り物として完成された美味しさになってる。

 淒く、人気が出そうで楽しみだ。


「イッチー沢山食えよー。裕美子のラブバーガー」


「んー?つかいっくん最近妙にガタイ良くなってね?」


「そう…ですか?」


「うん」


 今日も変わらず姫奈さんと真白さんは僕の肩におっぱいを乗せてリラックスしてるんだけど、感触が変わったんだろうか。


「ホントだ腕がカテぇ。バッキバキじゃん」


「いっくん男性ホルモン出し過ぎはカワイー顔が髭ボーボーになって裕美子悲しむぞー」


「いやアタシは別に…でも確かに壱正、なんか、筋肉ついたな」


「そうですか…ね」


 多分、おじいちゃんとの特訓で、毎日毎日重たいバイク引き起こしては倒したり起こしたり、押したりしてて、勝手に筋トレになっちゃってるんだろな。


「まー男は必ず筋トレブームが来る生き物だからしゃーねーよ。ウチのバカ兄貴もそう」


「マシロのにーちゃん一時期肌テッカテカでキモかったもんな」


「それよ。筋トレしても良いけど家族に見せびらかすんは無理寄りの無理

「壱正は見せびらかしたりはしねーから大丈夫だろ」


「あ、ハイ…」


 …ちょっと考える。本当の理由を言うべきかどうかは。

 でも、もし知ったら裕美子さんは心配しちゃうかもしれないから、今は黙っておこう。


 それにもしかしたら、使う時来ないかもしれないから。


「ま、爆乳置きやすいからオッケーだぜイッチー!」


「それな〜」


 コレは副次効果っていうのか、功罪っていうのかは僕にも判断しかねるけど…。







ーーーーーーーー


「よし、著いたな」


「お〜結構広いじゃん〜」


 放課後、アタシ達は青戸センセの車に乗って、展覧会の会場まで連れて来てもらった。


 学校から車で二十分位。隣町の大きめの公園のイベント広場での開催みたい。


 ちなセンセは軽自動車だから四人乗りだから、壱正は自分のバイクでだ

 しかし会場見渡すともう、テントの骨組みなんかが並んでるな。


「彼処だな。我々の受け持ちは」


「どこ…えーせんせー地味じゃね?」


「仕方ないだろ。抽選なんだから」


「でも中々開放的なところですよ真白さん」


「まーイッチーが言うならいっかー」


「マシロちょれ〜」


「ん…(でも確かに目立ち難いトコだな)」


 場所的に言うと入り口入って左奧、しかも手前隣に大きめの木があって目立ち難い所だった。


 ココだと右から回って來ないと中々気付かれないかもしれない。


「僕も呼び込み頑張りますから!」


「頼んだぜ〜いっくん〜」


「壱正ばっか頼りにしないでアタシ等もガンバ……ん…」


 なんて、色々言ってたら、他の準備來てる高校の人らから、なんとなくジロジロ視線が向いてるのがわかった。


 多分、アタシ等の格好からしても、テキトーにだとか、參加するだけみたいに思われてんだろな。


「お?あーしらケンカ売られてん?」


「抗争か〜?」


「何、別に見下してる訳でもなかろうよ」 


『?』


「あ、あの!」


 わ、なんか、向かいの出店の女の子達が話し掛けて来てくれた。


 髪黒くてキレーな子達だな〜清楚系で可愛い。

 アタシ等と全然違う。


「何…?」


「そのシュシュめちゃくちゃ可愛いですね!手作りですか?」


「およ、おねーさん達コレの良さ分かるたあマ・クベだねぇ」


「わかんねー例え言ってねーで説明したれよヒナー」


 なんて真白にけしかけられたら、そのまま説明したげる姫奈。

 こんな風に興味持ってもらえるの、初めてだな。


「そのワイシャツのカスタムもカッコいいですね!」


「おっ?わかるー?あんがとなー!」


 真白も真白で満更でも無さそーだし、なんだろ、ここの会場ってか他のガッコの連中の空気、案外悪くないかも。


「あの…」


「ん、なに?」


 アタシにも、可愛いボブカットの女の子話しかけて來てくれた…。


「爪、淒く整えられてて綺麗ですね。お料理上手なんですね」


「!…ジェルネイルなのわかって…うん。アタシが上手かは良くわかんないけど…確かに好きではある…かな」


「!私もなんです!良かったら本番は味見しあいませんか?私はエスニック料理で、ガパオライスを和風にアレンジした一品なんですけど…」


「お、おう…」


 淒くグイグイ来ながら興味持たれてる。

 だけどモノ珍しさというよりは、ただただ気になる、知ってみたいって好奇心で。


 好きなモノが同じなら…外見は関係無い…って事なんかな。

 そういう気持ちで、壱正もアタシ達に寄り添ってくれて…?


「アレ…壱正は…?」


「むォォ!!そこの御仁!コレは最高出力十五馬力を誇る125クラスでもフルスペックを以ったハイパフォーマンスマシン!」


「スロットルレスポンスが中々ピーキーな事で知られておりますなぁ!」


「あはは…ありがとうございます…」


「(まぁ…アレもアレで…交流は深まってんのか…な?)」






「どうだった?中々面白い子達が沢山いるだろう?」


「それなー玲香ちゃん!皆いい奴だわ!」


「デザぢゃなくて縫製褒められたんウチ初めてだわ〜あげぽよ〜」


「あげぽよとか何年前だしウケんだけど姫奈よー」


 姫奈も真白も、めっちゃ嬉しそうだ。

 かくいうアタシも、色々話せて良かった。

 普段の学校じゃ、先ず感じれなかった事、いっぱい感じれて…よかった。


「単に気になるんだよ。皆出し物に個性を出したくなるからな。キミらの様な者達が作るモノがなんなのか、気になって仕方ないんだろう」


「確かに…僕もいきなり皆さんの出店みたら気になると思います!」


 壱正…相変わらず素で思った事言うよなお前はさ。

 でもそういう視点で見てくれてて、多当たってるんだろうから、なら当日は。


「んじゃいっちょ、本番はもっとビックリさせてやっか!」


『おー!』






「ただいま」


「おう裕美子。今日は団体二組入ってるから忙しいぞ」


「へいへい」


 テンション上がったまま帰宅するも、父ちゃんの予告がかったるいけど、今日の良い日に免じて答えとく。


 正直やる気みなぎってる分、ライスバーガーの試作を頑張りたいけど、一応材料の提供してくれる條件でこの繁忙期の手伝いが交換條件だから仕方ない。


「…あとお前、俺に言っとく事あんじゃねぇのか」


「は?何」


「今日警察から電話掛かって來たぞ。先月の事でってよ」


「先月…?あー…アレか。で、なに「何じゃねぇだろう!!」っ…なんだよ大声でうっさいなぁ」


 遮ってまでキレ散らかす意味わかんない…。


 なんで急に怒ってんのこの頑固オヤジ。

 あーもう折角の下見での良い気分が激萎えだわ。


「引ったくりなんてなんで親に言わねぇんだ」


「だって…ちゃんとお財布帰って来たし」


「それでも危ねぇ目に合ってんだから言え」


「っ…」


 仕込みしてた包丁置いて、エプロン著けるアタシの方ジッと見て言う父ちゃん。

 母ちゃんの事があるから…そりゃそういう気持ちも分かるけどさ。


「しかも見ず知らずのあんちゃんに助けてもらったそうじゃねぇか」


「っ…(なんで知ってんだし。あの警官喋ったな…)」


「タツさんのお孫さんなんだぞ、そのあんちゃん!」


「…えっ!?」


 流石に声が出た。

 まさか…壱正、タツさんの孫だったのか。


 やっぱりこの間の引っ越して來たバイク乗ってる孫ってのは…そういう事ね。

 多分壱正は言ってないだろうから、タツさんが警官ヅテで聞いたんかな…。


「ご贔屓さんの身内に迷惑かけんじゃねぇ」


「迷惑はかけて…ない…と思う」


「礼はしたんか」


「うん…」


 ちゃんとお礼になってるかはわからないけど、壱正…アタシのお弁当美味しそうに食べてたから、一応礼には…なったかな。


「…」


「…」


「じゃあいい」


「!…うん」


 ガンコ親父だけど、しつこいオッサンじゃない父ちゃん。


 ちゃんと言っときゃ、それ以上は煩くない。

 けど…今のはちょっと、ハズかった。


「うふふ…だから最近一層頑張ってたのね。裕美ちゃん」


「もうおばあちゃん…」


 奧に手洗いに行ったら、ヒョコッと佇んでたおばあちゃんが笑ってた。

 でもとりあえずコレで隠し事はナシだ。

 あとはただ作るのに集中出来る。


 壱正、頑張るからな。アタシ。


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