4-7.ユカの元へ
駆け出したヨルは、魔女と最後に交わした会話を思い出した。
「雨を降らせるおまじないを知りませんか?」
ヨルは確証もないのに聞いていた。
それは頭につっかえていることのひとつだった。それを魔女に聞かなければならないと思って、自然と質問していた。
魔女は答える。
「『雨降のおまじない』のことですね」
「それ、教えて欲しいんです」
「いいですが、代償のことは……。ご存知ないようですね」
魔女は全てを見透かすようにヨルを見る。
案の定、すぐにヨルが代償について知らないことを看破した。
「おまじないは御呪いとも書くように、災いを除くだけでなく、もたらす用途にも使われます。忘却のおまじないは縁切りの一種であり、縁を代償にした自分へかける呪いのことです」
「忘却のおまじないが他者との縁を代償にするのなら、雨降のおまじないの代償は……?」
「雨降のおまじないは、発動した人の存在を代償に一時だけ雨を降らせるおまじないです」
「存在が代償……?」
「はい。術者は雨降のおまじないをした地から、どんな手段を以ってしても出ることが叶いません」
「もし、もしもの話ですけど……。雨降のおまじないと忘却のおまじないを同時に使った人がいるのなら、その人はまだその地にいるということになりますよね?」
「はい。その通りです」
「……俺にも、おまじないの手順を教えてくれませんか?」
「代償を受け入れる覚悟はありますか?」
「はい。どんな代償を払ってでも、追いかけなきゃいけない人がいる気がするんです」
魔女はヨルの瞳を見る。そこには燃えたぎる強い意思と、折れない心があった。
魔女はそれを覚悟と受け取ったのか、微笑んだあと、「いいでしょう」と、ヨルに雨降のおまじないの手順を教えた。
「ありがとうございます」
「はい。健闘をお祈りします」
・・・
たしかに魔女と会い、話したはずなのに、その姿も声も思い出すことができなかった。
最後に言っていた「魔女は忘れられるものですから」という言葉の通り、魔女が何かをしたのだろう。
けれど、話の内容さえ覚えているのなら他のことはどうでもよかった。
その夜。一時だけ雨が降り、すぐに止んだ。
東京の街の光景は何も変わらないままだ。
・・・
真夜中がやってきて、空は荒れ模様となりつつあった。
灰色の雲が空を覆い尽くし、急速に発達した異常な積乱雲が東京の上空を覆っている。
ヨルはそのことに心当たりがあった。
──大丈夫。雨降るよ。
ユカは、もうひとつのおまじない『雨降のおまじない』を発動させたのだ。
理屈も理論もない直感。ただ、確証はあった。
一度目は、初めて出会った時。
二度目は、土砂降りの中でユカと再会した時。
三度目は、ヨルが忘却のおまじないを実行した時。
ユカは雨が降ることを言い当て、そして止むことまでも予言してみせた。
ユカは雨降のおまじないを知っている。
この異常なまでの積乱雲は、きっとユカによるものだ。
そうだとするならば、時間がない。
ユカは最後の日に、高いとこで雨に打たれながら奇麗に死にたいと言っていた。
交わした会話に嘘がなければ、きっとユカはあそこにいるはずだ。
ヨルは体を突き動かし、走り続ける。
濡れた排水溝で転ぶ。頭や膝から血が垂れる。
それでも立ち上がる。
ユカの元へ向かうために。
ボロボロになりながらも、ヨルはユカと一緒の時間を過ごしたタワーマンションの前へと辿り着いた。
住人が入るところが見え、間一髪のところで自動ドアを駆け抜ける。
不法侵入など、今は気にしている暇はない。
エレベーターを待っている時間さえ焦ったく、ヨルは非常階段を登った。
階段を駆け上がり、自身の呼吸でむせ、苦しい咳をして、何度も止まりそうな足に鞭を打ち、最上階まで登った。
そして鍵が壊れている屋上の扉を開けた。
そこにユカはいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。