第8話:ドロシーの答え


 その後も、私達はドロシーさんを街に案内した。

 馬車は鍛冶場通りや銀行通りなどを次々と過ぎ、ドロシーさんと一緒に私まで目を奪われてしまう。石造りの建物は前世と明らかに違って、ここが異世界なんだって伝えて来た。

 人間と魔物が入り混じる通りも、そんな気持ちを後押ししている。

 ドロシーさんが声を震わせた。


「や、やっぱり、すごく大きな街です……!」


 彼女は私達2人を見て、ぺこりと頭を下げた。


「あの……お二人とも、ありがとうございます」


 青の瞳で私達を見る。


「私、この街のこと全然知らないまま、ここに来ちゃったみたいで……こんな忙しい街で、私なんかを案内してくれて、ありがとうございます」


 私はザルドと目線を交わす。

 ザルドはともかく、私にまで頭を下げてもらうのは、とても居心地がよくない。だって、私も街に全然詳しくない。この世界の仕事にも。

 ザルドだって、所長の言葉がなければ、私を連れていこうとはしなかっただろう。


「お気になさらず」


 狼顔のザルドは、目を細めて手を振った。

 灰色の耳がくすぐったそうに揺れる。


「街の案内は、当商会の業務の一つですので。それに最近は、予め紹介状で職を決めてきたり、一族を頼ったりと、我々に頼る魔物自体が減っていますので――負担というほどのこともありません」


 もっとも、とザルドは付け足した。


「自治区の就職事情が厳しいことを知り、そもそも自治区に来ない選択をする魔物も増えたのですが」


 ドロシーさんがぶるっと震えた。

 景気がいいと聞いて飛び込んできた街が、意外と厳しい場所であったことを、改めて実感しているのだろう。

 とんとん、と馬車の窓が叩かれた。

 御者さんの声がする。


「旦那、ちょっと前が混んできました。でかい隊商が、大通りを使っているとかで……待っても進みませんし、ここらで休憩しますか?」


 私達は互いに頷きあった。

 路肩に馬車をとめて、一息入れる。私は怖いのでザルドの傍にいるけれど、ドロシーさんはぴょんぴょんとあちこちの店を覗きまわっていた。

 迷子になられたら困るけど、見える範囲なら大丈夫だろう。


「さて」


 止まった馬車に大きな背中を預けて、ザルドは言った。


「ドロシー嬢も、自治区の現実がわかっただろう。これなら家政婦をそれとなく紹介すれば、報酬次第で乗ってくる。自治区の俸給は、物価もあって辺境じゃ高給取りクラスだからな、きっと満足する」


 なるほど。片方の要望、『仕送り』の部分は叶えられそう、ということか。

 でも私は……少し引っ掛かっていた。


「でも、どうして商会だったんでしょう?」

「決まってる。自治区の大手商会は、なんといっても好待遇だ」

「それもあるでしょうけど……」


 それだけではないように思える。

 ドロシーさんが戻ってきた。


「……やっぱり、この街はすごいですね」


 急き込んで告げる。


「ラシュアン織にバラン織、生地も染め方も、知ってたけど見たことなかったのばっかりです!」


 ドロシーさんは夢見るみたいに手を組み合わせた。


「……ああ、来てよかったぁ……」


 顔がとろけている。

 私は、ふと気づいた。

 なんとなく、今まで感じてきた疑問――この街や商会を目指すことへの答がありそうだった。


「服が好きなんですね?」

「あ、はい……」


 ドロシーさんは言いかけ、はっとザルドを見て硬直する。


「ご、ごめんなさい。変ですよね、スライムなのに服が好きなんて……」


 怪訝に思って私はザルドを見上げる。

 魔物って、そういうものなのだろうか。

 ザルドは頬をかいて頷いた。


「……確かに、服飾にあまり関心がない一族もいますね。もともと体が頑強なため、衣服が最低限でよい魔物も多いのです。おまけに――」


 ドロシーさんは、体をぺたぺた触って引き取った。


「私は、何にでもなれるスライムです。だから、服が好きなんだって言うと、笑われます」


 そういえば、ドロシーさんは青色のゼリーのようだった体から、変身している。

 でも、初めて見たから違和感がなかったけど――ドロシーさんの服って、かなり凝っているはずだ。

 うっすらと広がる青地のスカートが、青い髪に似合っている。上着は袖口や襟にレース飾りがついていて、派手さはないけど、上品で目を引いた。

 でも、とドロシーさんは言いつのる。


「人間の服ってすごいです。スライムじゃなくても、まるで変身したみたいにできるから……」


 私はザルドと目線を交わし合う。

 こちらから先に言った。


「商会だと、服を商っていると思ったいたのですね?」

「はい。フィリス自治区の商会は有名で……勉強不足でしたけど」

「ふうむ」


 ザルドは腕を組んで考えこんでいた。


「……服に興味があるのを悟られたくない。けれど、服に関わる仕事がしたい。だから、数ある商品の中に服飾が含まれているであろう、商会を志望していたと」


 図星だったのだろう。

 ドロシーさんはこっくりと頷く。

 ザルドが唸った。


「最初からそう言ってもらえれば……だが確かに、スライムなのに服飾関係で働いている魔物は、私でも前例を知らない」

「ですよね……」

「ふむ……一応、探してみますか?」


 ドロシーさんの青い目が、ちょっと泳ぐ。

 確かになんにでも変身できるスライムが、装うことに興味があるなんて――故郷では変だったのかもしれない。

 でも私は、こう思う。

 やりたいことがあるなら、はっきり目指した方が悔いがないって。

 私はザルドと一緒に、ドロシーさんの決断を待った。


「あ、あるでしょうか……?」


 肩を落としつつ、上目遣いで私達を見るドロシーさん。

 私の目には、彼女の体が薄く緑色に輝いて見えた。そこから、すうっと一本の『糸』が伸びていく。


「あ……」


 あの、ゴブリンさんの時と同じだ。

 希望が叶う職場に導いてくれる糸だとするなら、これは『縁の糸』といえるかもしれない。

 そして発動条件は――


「一番大事な気持ちを知ること……?」


 ゴブリンさんの時は、自分で『仲間全員と働きたい』と言っていた。

 ドロシーさんは笑われるのを恐れて、自分から夢を口に出せなかった。だから、時間がかかったのだ。


「大丈夫!」


 私は膝をついてドロシーさんの手を握った。


「天職、きっと見つかりますよ!」


 折よく、馬車が動き出していた。

 『縁の糸』はその先に真っすぐ伸びている。

 総合斡旋所――自治区中の求人が集まるその建物の片隅に、忘れられたように、その求人票は張り出されていた。


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