第7話:天職を探せ


 そこは、ダリウィル商会というらしかった。

 ザルドの予定では、最初にこの大商会を案内する。次に小さな商会、そして鍛冶や靴屋などの各職人ギルドが集まる区画を回り、最後に、住み込み仕事が大々的に募集されている『総合斡旋所』という場所に向かう。


 求人はグランツ商会――つまり私達の斡旋所にも掲載されるが、実は全てではない。

 一方、『総合斡旋所』は人間用求人が大半だが、1日数百件に及ぶ求人が集まってくる。中には、人間、魔物を問わず募集するものも含まれているようだ。ここから一部が私達の斡旋所に送られるけど、2、3日のタイムラグはどうしても発生する。

 だから最新情報は、『総合斡旋所』に出向いて、人間に紛れて取ってくるのが一番いい。特に、人間・魔物問わず募集されている場合、この仕組みだと魔物側は圧倒的に不利だから。


 ――というのが、ザルドがドロシーさんにした説明。

 実際は、別に狙いがあるらしい。


 ――総合斡旋所には、大きな掲示板があって、そこに無数の求人が貼られてる。

 ――職業はたくさんあるってことを、実地に体験してほしいのさ。


 にやっと笑う狼顔が胸を過ぎる。

 うむ。

 やっぱり、やり手狼である。

 ていうか最初に大商会いい物件を紹介して、徐々に現実的な落としどころを見せるって、不動産屋みたいだな……。

 馬車を降りた私達を、ザルドが導いた。


「さぁ、どうぞ。倉庫の積み込み口までなら、見学自由です」


 案内されるまま、商会大倉庫への門をくぐる。

 思わず、ドロシーさんと2人で目を丸くしてしまった。


「わぁ……!」


 体育館ほどの空間に、たくさんの商品が積まれている。

 毛皮。イモ。武具。袋に入っているのは、多分、小麦粉だと思う。

 街の商店に並ぶありとあらゆるものが、きっとここに集められているんだ。

 ドロシーさんが、青い目をキラキラさせる。


「すごい……! ここなら、何でもありそう」

「ふふ、確かに。見学はここまでですが、この裏の事務所では何十人もの職員が、これらの品々を勘定しています」


 ザルドが毛むくじゃらの腕で、倉庫の奥を指さした。

 四本足の竜が、中型トラックの荷台ほどありそうな荷車を引いてくる。そこから、緑肌の大男が袋を担ぎ上げた。


「魔物?」

「オーク族だ。力があるから、重宝される」


 ザルドが教えてくれた。

 ごほん。

 オークが、次々と荷物を積み下ろす。すぐ近くにいるのは、耳と尻尾を生やした女性だ。


「あれは、キキーモラ族。数は多くないが、計算が早くて、事務が早い」


 ドロシーさんが、うわ、と小さく呟く。

 私にも雰囲気がわかる。商会といういわゆる大手には、ライバルが多いことも実感したのだろう。

 ザルドがそれとなく言った。


「なお、商会に入る場合は、たいてい下働きからです。これだけの商品を扱うのですから、商品に精通し、目利きもできないと成り立ちません」


 狼の高身長から、ザルドはドロシーさんを見下ろす。ドロシーさんは人差し指をつんつん突き合わせていた。


「そ、そうですよね……話だけは、知ってました」


 ザルドが小さく鼻息を吹いた。

 揺さぶっているな。彼の見立ては、商会は無理で、家政婦だものね……。それだって、決して悪い職場じゃないと思うけど。

 なまじ前世がブラックだったせいか、私はザルドや所長が、ひどい職場にだけは人を送らないと信じたい。

 ドロシーさんはきょろきょろと辺りを見回す。


「……服」


 ドロシーさんは私を見上げた。


「服、この商会では扱ってないんですね?」


 え、と私は声を漏らしてしまった。

 そういえば、『毛皮』や『布』といった材料はあるけれど、それによって織られる服は見当たらない。

 ドロシーさんの青い目が私を見ている。

 ここで答えられないと、怪しまれるかもしれない。


「え、ええと。服は仕立て屋さんが作るのが基本だから、商会に新品はないのかも」


 言ってから、ザルドを盗み見る。合っているだろうか?

 確か、昔は服を大量生産できなかった。だから、出回るのはオーダーメイドか誰かの古着。こうした商会で服の新品を扱うことは、ないのだと思う。

 ザルドが顎を引いた。


「エリの言うとおりです。ここでは服の材料は扱いますが、新品の服も、古着も、ほとんどが『服飾通り』に並ぶ店で扱われます」


 その時、ドロシーさんが揺らいだ。

 たとえ話じゃなくて、顔が液体みたいにぶるん!と揺れたのである。私は彼女がスライムであったことを思い出した。

 ドロシーさんは一瞬だけ泣きそうな顔になったけど、すぐに首を振る。


「そ、そうですか……仕方ないですね」


 ……何が、仕方ないんだろう?

 私はザルドと顔を見合わせる。

 それからドロシーさんは無口になって、ほどなく私達は馬車に戻った。


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