第6話:共棲の自治区


 私達は、ドロシーさんと外に出る。

 ザルドが鈴を鳴らすと、建物の裏から馬車がやってきた。2頭の馬が箱形の客車を引っ張る、立派なものである。

 ザルドは自らドアを開けた。


「どうぞ」


 ドロシーさんと私を先に乗せてくれる。


「ありがとう」

「お客様が優先。お前はついでだ」


 むっと睨んだけど、目を逸らされてしまった。

 馬車の中は、シックで落ち着いた内装。椅子にはビロードに似た布が貼られて、腰が沈み込む。

 前後に向かい合って座るようになっていて、ドロシーさんと私が後ろの席に、ザルドが前の席に座った。

 やがてぴしっと鞭の音が聞こえて、馬車が走り出す。

 当然ながら初めての乗り物だ。


「わぁ……」


 車窓に目が吸い寄せられた。

 歩道を魔物と人間が行き交う。

 割合は丁度半々くらいだろうか。

 魔物で多いのが、背の低いゴブリン、体中に毛を生やした獣人、下半身が馬になったケンタウルス。翼を持った魔物が空を飛んで、さっと影が渡ったのが見えた。


 ここだけでも十分すごい眺めなのだけど、人間の方も変わっている。

 みんな、日本ではありえない色とりどりの髪色なのだ。異世界人は体質が違うのだろう。

 服は全体的に薄着で、シャツ一枚にズボンとか、チュニックとか、シンプルなものが多い。化学繊維なんてものがないからと思われる。たまに鎧姿を見かけるのは、いわゆる異世界定番の――冒険者というやつか。

 ドロシーさんが声を震わせる。

 

竜人族リザードマン半獣人族アニマ、ゴブリン族、コボルト族、あとは――ハーピー族もいますね!」


 ドロシーさんは目をキラキラさせている。

 ザルドは腕を組んだまま微笑した。


「人口は3万人、外の農地、鉱山を含めれば4万人。人間領の中心、そして魔王領の中心と並ぶ、第三の都ともいわれますな」

「さすがは、共棲の街……!」


 ザルドが胸を張る。


「……職場案内の前に、少し街を紹介しましょう」


 そう言って太い指を立てた。視線が私に投げられたのは、「エリも聞いておくように」とのことだろう。


「長らく、人間と魔物は戦争をしていました。このフィリス自治区の西が人間領、東が魔物の領土。つまり二勢力の間に挟まっていたわけですね」


 そんな危ない位置で、よくこんな立派な街が残ったものだ。

 私は、窓から石畳を見下ろす。戦場になったようには見えない。

 ドロシーさんが引き取った。


「前線はこの街のずっと北。ここは人間の領土と魔物の領土、両方にとっての端っこだったんですよね」

「そうです。だから、戦火には巻き込まれなかった。以前から魔物と人間が一緒に棲む街でもあり、そも、戦争には不干渉を貫いていました」


 馬車ががたんと揺れる。

 慣れているのか、ザルドは驚きもせず続けた。


「戦後、一番に変わったのは、食料事情。魔物領からイモ類が入ってきて、人間もそれを食べるように。この街の周囲は麦ができるほど肥沃ではありませんでしたが、イモ類は十分育つため、農業が盛んになりました」


 もう一つは――とザルドが喉を鳴らす。


「近くで、鉱山が見つかりました。食料、そして鉱物。戦後の物資不足を満たす何もかもが、ここに揃ったわけです」


 懐かしむようにザルドは目を細めた。

 ドロシーさんが勢い込む。


「それで、景気がいいんですよね!」

「確かに。ですが終戦後6年も経てば、開墾は進み、新規の鉱山開発も下火です。魔物の強靭な肉体があれば働けるといった、いわゆる売り手市場は過ぎました」


 私は、今朝会ったゴブリンさんを思い出した。

 そういえば、あの人たちも就職先に苦労していたっけ。

 重機がない世界だとしたら、怖い魔物の力は重機代わりになるかもしれないけど――それだけで働ける時代じゃなくなったってことか。


「……税金も高いですしね」


 青い目を伏せて、ドロシーさんが口を曲げる。

 ぜ、税金?


「聞いてください! 街に入る時にいっぱい入市税を取られました! 服とかは10%なんですけど、食べ物は8%でややっこしいんですっ」


 き、聞いたことある話だな……。

 ドロシーさんは頬を膨らませている。


「書類を作ったら、変な紙を買わされましたし!」

「印紙税ですね。我々が交わす契約にも、ここでは印紙を貼らないといけませんよ」


 私は目をむいた。


「い、印紙あるの!?」


 なんか、この世界もこの世界で、世知辛い……。

 ドロシーさんは腕を組む。


「こんな話も聞きますよ。モノを運ぶといった単純な労働は、魔法使いの人工生命――いわゆるゴーレムが代替しようとしているとか」

「あ、あああああああ……!」


 世知辛い事情が、異世界にまで追いかけてきているよ……!


「で、ですから」


 ザルドが無理やりまとめるように、牙を見せて笑った。


「ドロシーさん、少なくともスライムの就職には有利ですよ。魔物といえばまずは土木のための力を――剛力を求められましたが、今は、人間同様、職種が広がっています」


 ドロシーさんがぐっと拳を作って勢い込む。


「はいっ!」


 私はさっきのザルドの言葉を思い出して、微妙な気持ちになっていた。

 でも望んだ職種につけないことは、ザルドの頭ではもうはっきりしているらしいから。

 前から御者さんの声が来る。


「揺れますよ」


 ガタン!とひときわ強い揺れが来た。

 通りの境目に、大きな敷石でもあったのかもしれない。

 外が急に賑やかになったのは、気配でわかった。私は右の窓から外を覗く。


 ――流行のお洋服はこちらまで!

 ――琥珀鳥の羽飾りがありまぁす!

 ――薄絹の帽子! 薄衣の帽子~!


 服飾通り。

 ザルドがそう呟いたのが見えた。

 私が車内に目を戻すと、ドロシーさんも、私と反対側の窓に全く同じことをしていた。

 窓に顔をべたっとくっつけて、外を見ている。スライムなので窓枠型に顔が歪んでいた。

 それにも気づかないくらい、そしてさっき以上に、夢中になっている。

 大きな目は見開かれていて、少し潤んで見えた。

 私は声をかける。


「……ドロシーさん?」


 ドロシーさんははっと体を椅子に戻した。


「な、なんでしょう? はは、ちょっと、びっくりしちゃって……」


 肩をすくめて、ドロシーさんはそう笑った。

 私はザルドと顔を見合わせる。

 考えてみれば、私はドロシーさんがどうして商会にこだわるのか、理由をきちんと聞けていない。待遇以外に、何か理由があるんだろうか。


 ――この子の本当の望みって、何だろう。


 やがて、馬車が見学用の商会に到着した。



 

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