第3話:天職

 求人票から伸びる『緑の糸』は、ゴブリンさんに繋がっていた。

 紙を握りしめたゴブリンさんが、声を震わせる。


「こ、これは……」


 狼男が求人票を覗き込む。私も横から改めてみる。自分でも見ていなかったのだ。



 ――――

 バルブルグ鉱山 協同組合


 募集職種:鉱夫


 仕事内容:坑道の掘削、鉱石の仕分


 ※昨今の魔石不足で、人不足であります。

  大勢の一括就職、大歓迎!

  危険手当、ガラフの髭にかけて約束します。


 連絡先:組合長 バラン・ガスグール

 ――――



 狼男が声をあげた。


「こ、鉱山だぁ!?」


 ゴブリンさんから求人票をひったくる。驚きのせいか、さっきよりも口調が乱れていた。


「……こりゃ、ドワーフ用の求人だぞ」


 鉱山と聞いて私も焦った。とんでもない求人票を掴んでしまったかもしれない。


「あ、危ないんですか……?」

「種族によるな。坑道を好んで住処にする種族もいるが、ゴブリンじゃよぉ――」


 ゴブリンさんがわなわなと震えていた。

 ぎらっと光った目。

 死を覚悟した。


「て、天職だ! これは!」


 叫ぶゴブリンさん。

 目が点になる私。


「はぁ?」

「お、俺らは……」


 ゴブリンさんは言葉を継いだ。


「もともと、洞窟に住む魔物なんだ。だから、穴蔵の中は都合がいい」


 狼男が眉を寄せる。


「おい、だからって」

「穴掘りも、掘削も、鉱石の仕分けもやったことがあるんだ! 鉱山じゃガスも出るが、地元じゃそのガスを使って料理してるくらいなんだ」


 狼男が目を丸くした。

 机に戻り、一枚の紙を取り出す。一瞬だけ、表題が読めた。

 『履歴書』だ。

 ……ゴブリン、履歴書、書くんだ。

 狼男が咳払いして、履歴書を爪でつつく。


「……ここですか、経歴の空白部分」


 その質問、私まで汗が出てくる。


「へぇ。ここで、しばらく地元の鉱山に住んでました、仲間全員とです」

「何年ほど?」

「3年でさ……」


 狼男がじろっとゴブリンさんを見る。


「……なぜそんな大事な技能と経歴、履歴書に書いてないんです? 『鉱夫3年』と書けばいいところ、危うくアピール可能な点を無駄にするところだった! 添削の時も、ここは特に『何もなかった』と――」

「……魔物領じゃ、鉱山は家みたいなもんなんで。暇なときは採掘したり、危なそうなガス穴は塞いだりしてた――そんだけの話なんです。でも多分、求人票にある仕事は一通りしてましたよ」


 家に住むのは普通でしょ――そう言いたげなゴブリンさん。

 狼男は、ふん、と椅子の背もたれによりかかる。長い爪で鼻をかいていた。


「…………なるほど。技能あり、しかも大勢での転職歓迎、この規模の鉱山じゃ、108人の倍でも歓迎されましょうね」


 私は、目をパチパチする。

 なんとなく、流れでよい転職先を見つけられたように思える。だけど事情はあまりわからなかった。

 狼男が私の視線に気づいて、ふっと表情を緩めた。


「……失礼。彼らは、元はゴブリンの兵隊だったんです。数は108人。この方は隊長で、全員まとめて雇ってくれる転職先を探していたのです」


 それで、さっきは怒鳴っていたのかも知れない。転職先がなかなか見付からなくて。

 ゴブリンさんは私に向き直り、ぺこりと緑の頭を下げる。


「いや、助かりました。ありがとう」


 微笑まれるとは思わなくて、私は呆気に取られてしまった。

 ……というか、誰かに笑ってもらうこと自体、数か月ぶりのような気がする。

 家と、怒鳴り声が続く職場と、コンビニを往復する日々だったからねぇ……。

 狼男が言った。


「では、どうします? 面接を受けますか?」

「もちろんでさ」


 後はもう早かった。

 ゴブリンさんが書類にサインをして、狼男が確認。

 緑の頭に山高帽を乗せて建物を出るまで、5分とかからなかった。


「では、ありがとう! そちらのお嬢さんも、よい仕事場が見つかりますよう、幸運あれかし!」


 ちりん、と戸口に括られた鈴の音を残してゴブリンさんは出て言った。

 後に残ったのは、私と、机に座る狼男。

 ぐばりと大きな口が開き、ぎょろっと金色の目が私を見た。


「それで、あの方の仕事が見つかったのは嬉しいが……あなたは一体?」


 問いかける狼男に、私は目をぱちくりさせて、口元をひくつかせるしかなかった。


「それが……私にもわからなくて」

「な、なんです、それは」


 狼男は困惑していた。


「職業斡旋希望じゃなければ、外へ出てもらいますよ」


 私は真っ青になる。

 たらい回しにされたら、本格的に路頭に迷う!


「こ、困ります!」


 私は狼男にすがり付いた。

 ブラック企業でクセのある人とばかり会っていると、ある感覚が身に付く。

 それは、『話が通じる人かどうか見分ける』というセンサーだ。

 私のセンサーは、この狼男が意外と善玉だと見抜いていた。


「この世界に放り出されて、本当に行くところがないんです!」

「うお!」


 狼男に抱きついた。


「外に行ってもわからないことばかりです! なにかしてくれるまでここにいます!」

「離せ誤解されるだろ!」


 バタバタやっていると、建物の奥でドアが開いた。

 ……とにかく騒いで人を呼ぶ作戦は、成功したらしい。

 私は現れた人に目を見張った。

 数は、2人。

 片方はとんでもない美形。ただし頭に生えた角が、全力で魔物をアピールしていた。

 もう片方はメイド服に身を包んだ女の子。私よりもさらに小柄で、頭に猫の耳が揺れていた。


「騒々しいね」


 男性は微笑んだ。

 背筋がしゃんと伸びて、狼男とお揃いのジャケットとスラックスが、こちらはとてもよく似合っていた。


「ザルド。ゴブリンのイトウ氏はどうした?」

「お、お帰りになりました……」

「そうか。君の仕事には口を出さないよ。大事なのは、納得して、前に踏み出すことだ」


 次いで、男性が私を見る。

 何度か手をかざして頷いた。


「異世界人だね? この世界に、突然放り出された」


 私は驚いてしまった。


「お茶でもどうだい、異世界人のお嬢さん。よければ生活のあれこれも斡旋しよう、ここはそのための場所だからね」


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