第3話:危急


まとまった量の洞窟苔を採取して、早々に帰還。


街へ戻るやいなや、君はギルドへと向かう。


ギルドの受付嬢は非常に助かると喜んでいた。


ここ最近、素材の供給が全体的に滞りがちだという。


ギルドの受付嬢はここ最近、大迷宮が不穏だと情報を提供してくれた。


本来そこの階層にはいない魔物が現れたり、魔物が凶暴化していたりするのだとか。


深層まで探索しにいった実力派のパーティがいくつも未帰還になっているとも。


さらには不逞の輩も出没するそうだ。


賊かなにかだろうか。


有益な情報を得た君は「これも日頃の善行の賜物だなと」と自画自賛する。


ギルドへ日々貢献することで、有益な情報を得られたわけだ。


情報により拾う命もある。


君は心に大迷宮についての懸念を脳裏に刻み込んだ。



ギルドを出た君が向かうのは酒場だった。


妙に時化た気分で、ライカードのエールとは比べようもない馬の小便のようなアヴァロン・エールといえども飲みたい気分だったのだ。


「お兄さんってこの前もそんな顔でお酒のんでなかった?」


背後から声がかかる。


キャリエルだった。


彼女は君の隣の椅子にどかっと座り込むと、エールを注文した。


「また逢えたね」


そういって彼女は屈託のない笑顔を見せる。


「なんかさ」


キャリエルが言い淀んだ。


「最近、迷宮が怖くってさ」


キャリエルは浮かない表情だった。


ぐいっとグラスを傾け、顔を顰めながら一気にエールを飲み下す。


君は不味いエールを不味そうに飲むのは筋が通っているな、と益体もないことを考えていた。


「誰に話しても笑い飛ばされちゃうんだけど。あ、普段と違うなって。そう思って最近は探索を控えてたんだよね。お金、稼がなきゃいけないのは確かだけど、でも…」


君はおもむろに素晴らしい直感と判断力だとキャリエルを賞賛した。


「え、なんで褒められてるの私」


笑い出すキャリエルに、君は理由を説明する。


ギルドできいた大迷宮の不穏な空気のこと。


そして、君自身感じた薄気味悪い感覚のこと。


「そっか。やっぱりちょっとやばいのか…どうしようかな…」


君は金を稼がないといけない理由でもあるのかとキャリエルに質問した。


「ん……まあ、ちょっとね」


言いたくなさそうなキャリエルだが、ある意味で予想通りの反応だなと君は思う。


見た所はそれなりの器量だ。


それがある程度深刻そうな理由で、しかも体を売らずにわざわざ迷宮に潜って稼いでるなんてそれ相応の金額なのだろう。


面識がありたまに一緒に吞む程度の相手には話しづらいだろうな、と君は不躾な質問をしたことを反省する。


無理はするなよ、と君は一言キャリエルに告げ、それから2人は普段通り他愛もない雑談をして過ごした。


宿屋に帰って馬小屋で眠り、翌朝はいつも通りにギルドへ向かい、手頃な討伐依頼を受ける。


ついでにパーティ募集の掲示板も見てみるが、どれもぱっとしなかった。


仲間は必要だ──…もしあの迷宮の底へと往くのなら。


ライカードなら、彼らがいれば恐れることはないだろうに、と君は嘆く。



首尾よく依頼を終え、ギルドへと報告に戻ると何か空気が悪い。


カウンター前には新米と思しき一党がへたり込んでいた。


3名。


切創、打撲痕、骨折。


何があったのだろうかと思い、受付嬢へ訊ねてみようと向かってみれば、普段は氷から生まれたような冷厳沈着な様子の彼女がへにょりと柳眉を下げ、指先はトントンとカウンターを叩き、落ち着きがない。


君は話を聞いた。


どうやら床でへたっている連中は5人の新米パーティで最近結成したらしい。


第1層の討伐の依頼を受けた所、道中で赤い髪の女探索者と出会ったのだとか。


話をきけば、第2層へ向かっているとのことだった。


第2層への階段がある広間は魔物が出現しないいわばセーフエリアとなっており、新米パーティもとりあえずそこを目指しているとのことで、両者は道中同行することになったそうだ。


問題はそこからだった。


第2層から5人の探索者が昇ってきたらしい。


そいつらは自分達を見るなり襲いかかってきた。


逃げようにも余りにも急なことで逃げられず、仕方なく迎え撃ったが力の差は歴然であっというまに2人切り捨てられてしまった。


赤い髪の探索者が新米パーティの先頭にたち、逃げてと叫び、賊の攻撃を迎え撃っている間に彼らは逃げてきた、とのことだった。


受付嬢と目が合う。


君は受付嬢の手元にある白紙の羊皮紙を指さした。


「あなたは、まだ三級です」


受付嬢の言葉を君は鼻で笑い、ややあって浅く息をつくと "この場の全員を皆殺しにする" と肚に決めた。


勿論本気で実行はしないが、その意思だけは本気だった。


奔騰する殺意の気流がその場を搔き乱し、多くの探索者は精神の均衡を保つので精一杯だった。


新米の一党に至っては失禁、失神、失神+失禁という有様だ。


しかし受付嬢は表情を変えない。


脂汗こそ滲んではいたが、他の者達の様に恐慌した様子は見せなかった。


君が見込んでいた通り、彼女もまた強者だったのだ。


受付嬢はしばし瞑目し、ややあって白紙の羊皮紙につらつらとこの様な事を書く。


『臨時依頼』


『依頼内容:女性探索者の救出、及び賊の討伐』


『報酬:討伐の証明となる部位をギルドへ提出後、適切な額を算出後に与えるものとする』


君は恭しくそれを受け取り、懐へとしまう。


「わざわざ未熟な連中を襲う程度の低い暴漢の首5つ、大した金にはならなそうだな」と鼻で笑った君はギルドを出ていき、路地裏に入ってから『転移』を発動させた。

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