Episode.Dreizehn.Tot Ridebs.ver.1.1

 ──肢体回復手術より数時間。

 未だ、彼女が目を覚ます気配はない。自発的な呼吸も行っているし、心電図や脳波計上に異常は無いので、じきに目を覚ます事だろう。


「……にしてもどうすっかなぁ」

 手術を終え、検査結果を目にしてから、色々と考えていた事がある。

 まずシオの四肢を奪った犯人だが──これについては概ね見当がつく。

 仕入れを兼任する看板持ちか、冥狗オルトロズという破落戸のどちらかだ。しかし後者の線は限りなくシロに近いだろう。奴らは荒事には慣れているが、解体業務には慣れていない。故にあそこまで綺麗な解体は出来ない筈だ。

 逆に前者であれば可能性はある。殆どクロだと言っていい。

 奴ら全て、という訳では無いが──解体技術を保有する個体が居るのは確かなのだ。

 信頼している情報筋によれば、稀に製造さ産まれるに「解体技術」を書込み「人間を害してはならない」という枷を外しているのだという。

 一応、標的となる条件も存在しているのだが、それについては不明のまま。解体現場を見ただけで狩られた者も居るが、そうでないものも居る。

 そしてこれらの狩り兎ハンター──バニーガール風の制服を着用する為、そう呼ばれている──達の保有者マスターは、サルキス•ソナガリアンという男だ。商売人として名を馳せる者だが、その実態の多くは謎に包まれている。

 そんな彼が経営する会社の謳い文句は『ナイフ一本から地表貫通爆弾バンカーバスターまで、迅速にお届けいたします』というもの。なので勿論、表の世界ではお尋ね者である。

 また彼は非合法競売オークションマニアらしく、いつからか開催する側に立つようになっていた。その中でも評判が良いのは「偽婦人の庭レディ•スピネル」という競売。早い話が屍体愛好家ネクロフィリア向けの非合法競売オークションであり、良質な女性の屍体が手に入る事で有名である。


 なのでもし、シオの四肢を奪ったのがソナガリアンの狩り兎ハンターであるのなら、彼女の四肢は「偽婦人の庭レディスピネル」に出品される可能性が高い。

 正攻法で競り落とすのなら、一体幾ら金が必要になるのかわかったものじゃない。この手の目利きには自信がないけれど、両腕だけでも八桁はいくはずだ。もっと需要の高い脚ならば、一肢で九桁に届く可能性もある。

「……今の手持ちじゃ、両腕が精一杯というところか」

 それに、偽婦人の庭レディスピネルがいつ開催されるかは分からない。明日かも知れないし、明後日かも知れない。下手すりゃ一年先、なんてこともあるだろう。

 ──なんにせよ、前途多難である事に変わりない。

 盗難届でも受理してくれるのなら、話は別だが……こんな場所に司法の力は届かない。

 あるのはただ、三傑が定めた規範のみ。

 クラミトンという国家の庇護を受ける為、守るべき最低限の義務。無法の地だからこそ、犯してはいけない規範。


 正直、規範だなんて言っちゃいるが、そんな上等な物ではない。集落にある掟のような物だ。酷く原始的で、誰だって肌で感じ取れるようなレベルのもの。

 そんなモノに縛られたここが「好きか」と言われれば、迷わずNoと答える。だが、ここをおいて他に私が私らしく生きられる場所は無かった。

 街全体が甘ったるい屍臭ししゅうに包まれているし、マーケットにマトモな食料品は殆ど無い。なのに煙草や酒といった、堕落する為の娯楽ばかり並んでいる、非常にトンチキな場所がこの腐龍骸フーロンファイだ。

 しかし、手術道具や薬品類が、と言う点だけは評価する。

 それ以外は基本、劣悪な環境だと言っていい。住人の殆どが訳アリで、基本的に金しか信用しない。他人を騙すのも、騙されるのも当たり前。全てが自己責任となる掃き溜めだ。


 とは言え、住人達の人造人間Frankenstein・Monsterへむける情熱だけは嘘偽りがない。禁忌に触れると知りながらも諦めきれなかった者、新たな可能性を見出そうとして印付きへ落ちた者──実に多くの訳アリが流れ着く場所だ。


「助力を得るにしたってなぁ」

 静かに眠り続ける彼女Chiotへ視線を戻し、その身体を改めて見直したが、考えは変わらなかった。

 神憑り的な官能美の価値は勿論、用いられた技術的価値も凄まじい。もしもに目を付けられてしまえば、全財産を投げ売ってでも手中に収めようとする奴は現れる。

 それこそ、表世界の有権者あたりがやりそうな話だ。あの技術が利権争いの種になるのは、火を見るよりも明らかだろう。

「とはいえ、即座に金を作る手段なんて思いつかねぇし」

 私個人の持つ技術モノを売りにするとしても、これは一朝一夕で金を産める代物ではない。また生来の気質も相まって「気難しい職人」として認識されてしまった私だ。実入りの良い依頼は多いが、その頻度は高くない。

 

「──……いやいや、売れる訳無いって」

 少しでも足しになるものはないかと、適当に物色していた最中、ソレを見つけてしまった。

 所謂「試合着」なのだが──これに再び袖を通そうとは思わなかった。一応、渾名リングネーム持ちの衣装とはいえ、未だに人気があるとは思えない。それに古く、若干だがカビ臭さが残る。

「いっそもう一度出る……のはなんか違うんだよなぁ」


 ◆──◆

 クラミトンにおける娯楽はあまり多くない。

 代表的なものといえば、地下格闘技ゲージ•ファイト人造馬ドラッグホースによる競馬、屍娼館ネクロソープ競売オークション大衆酒場パブあたりだ。中でも人気があるのは地下格闘技ゲージ•ファイトであり、誰もが莫大な金を手に出来る──まさに千載一遇の機会チャンスであった。

 一試合あたりの出演料ファイトマネーは大凡50万〜80万。勝者にはオッズに比例した報酬が支払われ、敗者には何も残らない。また、試合終了後には即売会が開かれることも特徴である。地下格闘技ゲージ•ファイトの勝敗は死亡判定で行われる為、敗者は部品として売られるのだ。

 余談ではあるが、過去に一度だけ一試合25,000万の大勝負が組まれた事がある。

 その対戦カードは無銘の人間メンシュVS暴虐帝カリギュラという組み合わせ。観客の殆どは帰還者レウェルティである暴虐帝カリギュラが勝つと考え、人間メンシュには誰も賭けなかったのである。

 当たり前といえば当たり前だが、これでは賭けが成立しない。それでも行われたのは、人間側がそれなりの美女であり、彼女の公開処刑を観客が望んだからである。採算も取れない非常に悪趣味な催し物だったが、主催者は皆の望む娯楽を提供することを選択した。


 ──その結果は、まさかの大番狂わせ。


 なんの武器も持たない人間メンシュが、暴虐帝カリギュラ相手に完封勝利を成し遂げたのだ。彼女は規定通り、出演料ファイトマネーと掛け金の半額を受け取った。その総額は5億を越したとされ、伝説の試合として語られている。

 当時の観客曰く、暴虐帝カリギュラは彼女をそうだ。

 彼女の姿はそこにあるのに、ひらり、フワリと抜けていく。彼女が着用していた亜拉毘亜アラビアテイストの煽情的な衣装も相まって、舞を踊っているようにも見えたという。

 観客の幾らかは目を奪われていたが、対戦者である暴虐帝カリギュラからすれば面白くはないだろう。

 彼はその過度な加虐趣向サディズム故に、暴虐帝カリギュラの二つ名を戴いたのだから。それは周知の事であり、観客達も彼の殺戮劇ショーを心待ちにしていた。だから自然と「早く壊せ」「腸を抉れ」「蹂躙しろ」とのヤジが飛び交うようになる。それに触発されてか、彼はより激しく、鋭い攻めに転じた。

 しかし現状は変わらず、彼女にはどれも届かない。貫き、裂くことは疎か、触れることさえ許されない。ソコにあったのはあまりにも惨めで稚拙なショー。

 だからこそ、彼女は動いたのだろう。ふんわりと風を孕んだ動きから一変、衣服のが響く程の鋭さを見せた。

 彼女が懐へ潜り込み、暴虐帝カリギュラの肘へ触れた途端──という奇怪な音が鳴り響いた。直後、悲鳴が上がるよりも早く彼女は動き、反対側の腕を。あまりの早業に誰もが目を疑い、現実を理解しようとしたのだが──そんな暇は与えられず、瞬く間もなく暴虐帝カリギュラの肉体は破壊された。地鳴りにも等しい踏み込みが起こる度、肉体が壊れる音が響き、上がりかけた悲鳴をかき消していく。

 そうして急所となる関節は全て潰され、観客が理解を諦めた時にはもう、暴虐帝カリギュラの姿はそこになかった。

 闘技場ゲージの中央に在ったのは、痙攣を繰り返す奇怪な現代アートと、軽く汗をかいた一人の踊り子。

 こうして、無銘の人間メンシュには「破滅の舞姫カーリー」の称号が与えられたのである。

 ◆──◆


「とはいえ、流石になぁ……あれだけの額はもう付かねぇだろうし、付いたとしても相手がヤバそうだ」

 それに、あの競技の本質は別の所にある。成り上がりアメリカン・ドリーム的な要素を謳ってはいるが、中身はただの殺戮劇ブラッド•ショーでしかない。夢を見た馬鹿が、理不尽に殺される。そんな悪趣味なショーを愉しむために、表から連れ去られて来た奴も多かった。

 まぁ、私は自らの意思でココに来たし、この生活空間を手に入れる為に参加したワケなのだが──他の奴らが参加する理由も、案外そんなものだったりする。

 現チャンプのイドラが分かり易い例だろう。

 人間としての限界に挑みたい、だなんて理由で過剰拡張エクステンド帰還者レウェルティだけを相手にし続けている。ハッキリ言って狂人だ。

 そしてもし、私がリングインするのなら──ほぼ確実にコイツが相手になるだろう。負ける気はないが、やり合う理由もない。


「一先ず酒でも売払うか。たしか1945年産のロマネ・コンフィが未開封で残ってた筈なんだが……どこに保管したっけな」

 正直気乗りはしないが、今思いつく中では一番マシで確実な手段だ。兄貴からの贈答品ではあるが──金に困ったら売っても良いと言われていたし、遠慮なく使わせてもらおう。

「適当にしまい込んだ私が悪いけど探すの面倒くせぇなぁ……」

 地下のワインセラーを見た途端、やる気がすぅ──と消えていくのを感じた。

 ここにある酒は多種多様だ。そしてそれらを、私は産地別に保管するわけでもなく、種別に保管しているわけでもない。空いているスペースへ手当たり次第に突っ込んでいるから、何がどこにあるかなんて分かったものではない。

「うん。探すのはまた今度だな……っと、コレ飲みたかった奴だ。ツイてるなぁ!」




 

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