第17話 襲撃

 それから、俺たちはカイに案内され、村を歩いた。

 その間、俺は注意深く周囲を観察した。


(やはり、この村人たちは……)

(ええ、呪いがかけられていますね。ラティちゃんと同じ反応が検出されます)

(この国全体に……だろうか)

(おそらくは)

(そうか……)


 道行く獣人達の顔には生気が見られない、まるで操り人形のようの者達も多くいた。

 だが、時折、俺たちを見かけると、元気よく手を振ってくる。

 それはまるで。


(そうプログラムされたロボットのようだ。そうでない者もいるようだが……)


「さあ、着きましたよ」


 カイが立ち止まる。そこは広場のような場所だった。


「これは……」


 そこにあったのは大きな石像だった。

 狼の頭に人間の身体をもつ男。その周りを獣人の男女が囲んでいる。


「これが、我らの守り神である獣王ガーファング様の石像です」

「……」


 俺は無言でその像を見ていた。


(これが……獣王国の支配者……か……)


「素晴らしいでしょう?」


 カイが誇らしげに言う。俺は相槌を打つ。


「ええ。本当に……素晴らしい筋肉です」


 惚れ惚れする。

 この像が誇張無く忠実に彫られているとしたら、どれほどのものか。

 ラティも像をじっと見ている。どういう心境なのだろう。


 しかし……

 カイの言動にやはり違和感がぬぐえない。

 ラティーファの言によると、獣王ガーファングは天界人の勇者に倒されている。

 だが、カイはまるで獣王ガーファングが今もこの国を統治しているかのように語る。

 これはどういうことだろうか。

 ……少し、探りを入れて見るとするか。


「あの……少しよろしいですか?」

「はい。なんでしょう」

「失礼ですが、獣王ガーファング様は今どちらに?」


 俺は尋ねる。カイは一瞬、顔を曇らせる。


「それは……」

「いえ、差し支えなければ教えて欲しいのですが」

「……」


 カイは黙り込む。俺は少し語気を強めて言った。


「獣王様にお会いしたいのです」

「それは……何故、でしょうか」

「商人ですので。身分も無い国では、商売で成り上がるも容易では、と愚考いたしまして。

 私は様々な珍しい商品を持っておりますので」


 その俺の言葉に、カイは少し安堵した様子だった。


「獣王陛下は、首都ドリオゾアにおわしますが……

 ここから竜車で七日ほどの距離です」

「そうですか」

「ですが、いくらこの国が自由の国とは言え、人間種の商人か伝手も無く謁見は……難しいと思われますよ」

「そうなのですか」


 まあ、当たり前だろう。

 しかし確信した。彼は何かを知り、隠している。

 この場でこれ以上の追求は無理だろう。


「……お腹がすきましたな」

「そうですね」


 カイは同意する。


「もうすぐ夕暮れですし、食事にしましょう。妻が腕によりをかけて作りますよ」

「それは楽しみです」


 俺たちは笑顔で答えた。


◆◇◆◇◆


「ふむ、美味しい」

「うん、おいしいです」

「ありがとうございます」


 カイの妻であるセリアが料理を作ってくれた。

 野菜スープに焼いた肉をパンに挟んで食べる。素朴な味だが、優しい味わいだ。


「おかわりもあるから、たくさん食べてくださいね」

「はい、いただきます」


 俺は皿を差し出した。


「兄上様、ボクも欲しいです」

「うむ」

「せ……お兄ちゃん。あの、私も……」

「いいだろう」

「てけり・り」

「わかった」


 ……。

 自分の食べる暇が無い。

 何故俺が配膳をしてているのだろう。

 深く考えないことにした。


「ティグルさん、お酒をどうぞ」


 カイが酒を勧めてくる。


「ありがとうございます」


 俺はありがたく受け止る。

 中々強めの酒だ。濁り酒だった。


「これはいけますね」

「それはよかった」

「あー。お兄ちゃんいいなー。私もー」

「お前はだめだ」

「ちぇー」


 この惑星の法律がどうかは知らないが、未成年に酒は駄目である。


「仲がよろしいのですね」


 セリアが微笑みながら言う。


「はい!」

「そうでしょうか」


 フィリムが元気よく返答する。俺は流しておいた。

 


◆◇◆◇◆


 夜。

 ティグルとフィリム、ラティーファは眠りについている。

 ぐっすりと眠っていた。

 彼らに用意された寝室の扉が開く。


 部屋に入ったのはカイと、そして昼間にティグルたちを出迎えた獣人達だ。

 彼らは無言でうなずくと、首輪を取り出した。


 隷属の首輪と呼ばれるマジックアイテムだ。


 装着すると、主人の命令に逆らえなくなるという代物だ。


 そしてそれをティグル達に装着しようとして、シーツをめくると……


『どうも』


 そこにいたのは……謎の機械だった。


 彼らは機械を知らないので、謎の鉄の塊、いやゴーレムと認識しただろうか。

 一つ目の巨大な蜘蛛のようなそれは、鉄の脚をあげて挨拶する。


「なっ……なんだ!?」


 カイは動揺しつつも腰の短剣に手を伸ばす。

 だがそれよりも早く、アトラナータは電撃を放つ。


「があっ!!」


 部屋中に放たれた電撃により、獣人たちはその場に倒れる。


『敵対行動を確認。あなたたちを拘束いたします』

「てけり・り」


 もうひとつのベッドにいた塊……ショゴ=スのノインが何かを言う。


『失礼。私にはあなたの言語はわかりません』

「後から言うのはどうなのか、と突っ込みをいれていたな」


 天井から声が響いた。

 上に隠れていたのは、ティグルたちだ。


『結果は変わりません』

「まあそうなのだがな……」


 ティグルはため息をつく。


『大人しくしていただければ、危害は加えません』

「皆、気絶しているが」

『では拘束いたしましょう』


 アトラナータはワイヤーを取り出し、獣人たちを縛っていく。


「さて……」


 ティグルは言った。


「友好的に話し合いと行こうか」


◆◇◆◇◆


 俺たちの前に縛られている獣人は全員で八人だった。

 今は皆、目を覚ましている。


「おはようございます」

「ひっ……」


 俺が笑顔を向けると、彼らは顔をひきつらせた。


「先輩。先輩の笑顔は凶器なので……こういう場においては特に」

「解せぬ」


 友好的に対話しようと思っただけなのだが。


「さて、いくつか質問がある」

「……」

「まずは、お前たちは何者だ?」

「……」

「だんまりですか……困りましたね」


 俺は肩をすくめる。


「一人ぐらい居なくなっても、問題ないでしょうね、これだけいれば」

「……」

「例えば、ここにいない女性の方など」

「!」


 俺の言葉に、カイは顔を上げる。


「まさか……セリアを」

「さて、何のことでしょう」

「や、やめてくれ。彼女には……」「ん?」


 俺は首をかしげる。


「別に、殺しはしません。聞きたいことがあるだけです

「や、やめてくれ」

「そうは言われましても。あなた方が喋ってくれないのですから」


 俺は淡々と言う。


「そ、そんな……僕は……僕は……ッ」


 カイは震える声で言った。


「わかった……話す。全部、話す」

「それは何よりです」


 誠意が通じたようだ。

 だがフィリムたちは妙な顔をしている。


「先輩、どん引きです」

「何故だ。俺は、別の人に話を聞くと言っただけなのだが」


 他意は無い。


「……そうですか」


 フィリムは小さく呟く。


「さて、それじゃあ聞かせてもらいますよ。カイさん」


 俺はカイに尋ねた。


「貴方達は何者で、何を企んでいるのか」


 カイは観念したように、語り始めた。


「ただの……村人ですよ。ただ、旅人を捕らえて献上しなければ……妻や私たち自身が、その……」

「殺される、とでも」

「……違う。抜かれてしまうんだ」

「抜かれる? あなたたちにかけられている呪詛菌糸に関係あるのですか」

「……! そこまで」

「調べはついています」

「そうか……なら、隠しても無駄か」


 カイは諦めたような表情になる。


「そうです。君たちが知っている呪いは……この村全体に、いや国全体にかかっている」

「やはりですか」

「逆らえば、菌糸が増殖し、人は乗っ取られてしまう。 そして……奴らの手下になってしまうんだ」

「奴ら……?」

「勇者が率いてきた魔物だよ。奴らによって獣王国は支配された。人は眷属にされるか、あるいは……魂を抜かれ、不死の兵士にされる。

 獣王様と、同じように」

「……!」


 ラティーファが息を?む。

 ……そんなことになっているのか。

 この国の勇者はそうやって、この国を支配しているのか。


「そして旅人を捕らえて差し出す、と。なるほど、特に商人というのはうってつけということですね」

「……すみませんでした。あなたたちを奴らに差し出さないと……妻が……」

「いえ、事情は理解しました」


 俺はカイの拘束を解く。


「許して……くれるんですか」


 カイは信じられないという顔をする。


「もちろん、最初からそのつもりでしたよ。呪いに縛られていることは知っていましたから。言っていたでしょう、友好的にと」

「説得力って知ってますか先輩」


 失礼な。知っているとも。


「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます……」


 カイは泣きながら、俺に頭を下げてくる。


「だけど……」


 別の獣人が言う。


「この怖い顔の人に殺されなくても、俺たちは……」

「呪いで……」

「魂を……」


 ……ふむ。


「魂を抜かれるというのはともかく、魔物化の呪いは対処できますが」

「……え?」


 カイは顔を上げる。


「アトラナータ」

『……かまいませんけど。彼らはマスターを害そうとした連中ですよ』

「利用されただけだ。利用されたものの哀しみは俺がよく知っている。お前も知っているはずだろう」

『そうですか』


 アトラナータは、俺の意志を尊重することにしたらしい。


『ですがマスター。その前に対処すべき事案が発生したようです』

「む」


 次は何だ。


『どうやら……来客のようです』

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