第16話 獣王国へ

 俺たちは、伯爵に事情を話し、国王に謁見した。


「なんと。獣王国が……!?」


 謁見の間がざわめく。国王達にとっても寝耳に水だったようだ。


「その娘から聞いたのですが、獣王国というのは……」

「うむ。獣人だけでなく多くの亜人がおり、中立といっても良い国だった。

 獣王ガーファングが魔王に下つてからも、人間の国々との衝突は少なかった」

「中には、コウモリだと揶揄する者達もいましたが」


 伯爵が言う。


「しかし新しい勇者……か。話を聞く限り、なんというか……正しき者とは思えませんな」

「うむ。獣王国に密偵を送り、調査する必要があるな。

 して、その娘は」

「市場で買った奴隷です。獣王国から流れてきたとのことなので、情報調査の一環として購入しました」


 という事にした。

 まさか獣王の娘です、とは言えない。

 伯爵曰く、獣人を連れるならそうした体裁の方が良いということだ。


「勇者が奴隷を持つのが拙いならば……」

「いや、それは問題ない」


 ないのか。

 ならば問題はにないだろう。本当に奴隷にするわけでもない、


「ありがとうございます」


 俺は礼を言う。


「しかし、その勇者とやらはなぜ獣王国を支配など……」

「そこなのだ。勇者は一体何を考え、何をしたいのか」

「わかりません」


 俺は言う。


「同郷やもしれぬ者と言えど、人はそれぞれ。測りかねます。

 故に……私が直接、その獣王国の勇者を見極めねばならぬかと」

「うーむ……」

「しかし、獣王国に入国するには許可証が必要になりましょう」


 伯爵の言葉に俺はうなずく。


「では、商人を装うのはどうでしょう」

「ほう」

「獣王国では、定期的に商人の出入りがあるとか。そこで便乗し、獣王国に入ろうかと」

「ふむ」


 国王は少し考える仕草をする。


「よし、ならばその任、貴殿に任せよう。よろしく頼むぞ、商人よ」

「はっ」


 こうして、俺は獣王国へと旅立つことになった。


◆◇◆◇◆


 獣王国への旅路は順調だった。


 途中、商隊が盗賊に襲われる事態もあったが、特にトラブルもなく撃退。

 そのまま、国境の町バルサイまでやってきた。


「ここが、獣王国との国境か」

「みたいですね」


 そして流石は真っ当な商隊であった。越境は問題なく行われた。


「順調ですね、先輩」

「ああ。トラブルの無い旅は良いものだ」


 これがただの観光旅行ならば言うことなしだなのだが。

 だが、剣呑な目的がある以上油断はできない。作戦行動中なのだ。


「調子はどうだ、ラティ」


 俺はラティーファに声をかける。

 彼女は変装している。

 髪と耳をウィッグで隠し、男装していた。

 俺の弟……という設定だ。


「問題ないです、お兄ちゃん様」

「そうか」


 アトラナータの作った紫外線照射装置によって、彼女に寄生していた呪詛菌糸は死滅し、後遺症も無いようだ。これで彼女が魔物化する事は無い。

 問題ないのはよいことである。

 ……そのお兄ちゃん様という呼び方はどうかと思うが。


「私は夫婦設定が良かったですけど」


 フィリムが言う。しかしそれは却下した。


「それだと息子設定になり、ラティが大きすぎる」

「ちぇー」


 設定は大事だ。

 俺はまだ、こんな大きな子供がいる年齢では無い。

 ……無い、と思う。

 仮にそうだとしても、フィリムは無理がありすぎるのだ。逆算すると俺は小学校低学年の女児を妻にして出産させた男になる。

 俺はどれほどの鬼畜外道と誹りを受ける事になるだろうか、わかったものではない。

 円滑な作戦行動の支障になってしまうだろう。


『マスターならやりそうですけどね』

「お前はもっと俺を労るべきではないのか」


 アトラナータが竜車の荷台から言ってくる。

 馬車ではない。

 この惑星に馬はいないらしい。

 なので、駝鳥のような鳥や、小型の地竜を運搬や騎乗に使っている。


「てけり・り」

「ありがとう」


 ノインは俺の味方をしてくれた。

 彼は癒しだ。

 いや、フィリムもラティーファもちゃんと俺の味方をしてくれてはいるのだが。


「では、我々はここで」


 商隊の隊長殿に挨拶をする。

 国境を越えたら、別行動をすることになっていた。商人を名乗るのは変わらないが……

 商隊にこのまま随行する事も考えたが、迷惑をかけてしまうやもしれない。

 幸いにも、この商隊は時々別れたり加わったりする竜車があるので、俺たちが離脱しても不自然では無い。


「わかりました。旅の無事をお祈りしております」

「はい。そちらもご無事を」


 そして俺たちは一台の竜車を駆り

進む事になった。




 獣王国は森林地帯が多い。

 国境を抜けると、深い森に入った。

 魔獣の気配も多い。


「ラティはこんな道を一人で旅してきたのか」

「……はい。まあ、商隊に紛れ込んだりはしましたけど」

「考えることは同じか」

「ボクの場合は、ツテが無かったんで荷物に紛れ込んでました」

「たくましいな」


 違法行為はほめられた事ではないが、生きるためには仕方ないだろう。


「あ、村が見えてきましたよ、先輩」

「兄だ。設定は守れ」

「はい、お兄ちゃん」

「うむ」


 見えてきたのは、森の開けた場所にある村だ。

 ここで泊まり、そして情報を集めよう。


 俺達は村の門をくぐる。


(……ふむ)


 周囲に気を配る。

 村人達はそれなのにいる。

 今のところ、俺たちを怪しんでいる様子は無いようだが……


「あの、すみません」

「ん?」


 声がかかる。

 振り返ると、一人の青年が立っていた。

 年齢は俺より二つ三つ上だろうか? 金髪碧眼で整った顔立ちをしている。

 頭には、猫科の獣の耳が生えていた。


「何でしょうか」

「旅の方ですよね。

 僕は、カイ・ハイネマンといいます。あなた方は?」

「私はティグルと申します」

「私はフィリムです。兄と駆け落ち中です」

「ボクは……ラティ、です。そんな兄たちを追いかけてきました、親に言いつける決定的な瞬間をあ痛っ!」

「……二人は冗談が好きなのです。気にしないでください」


 とりあえず二人の頭を叩いておいた。

 目立ち過ぎてしまうだろう。


「ははは……仲の良いご兄弟ですね。みなさまは獣王国は初めてですか?」

「はい。こちらで行商をしようと思いまして」

「なるほど、そうですか」


 彼は微笑む。


「獣王国へようこそ。獣王ガーファング様の治める、誇り高き国です」

「はい。素晴らしい所ですね」


 フィリムが笑顔で答える。


「ところで、獣王国はどのような所なのでしょうか」

「そうですね。一言でいえば、自由の国です」

「自由な国?」

「はい。僕たち獣人は皆、平等に扱われるんですよ。貴族も市民も奴隷も、そういう身分は無いのです」

「それは……すごいですね」

「そうでしょう」


 カイは嬉しそうに笑う。


「差別も偏見もない。誰もが自由に生きられる。それが獣王国なんですよ」

「なるほど」


 だがそれは、自分の身は自分で守らねばならない、という事でもある。そう前情報で聞いている。


 完全実力主義の国なのだ。


 身分による差別は無く、ただ強さによって区別される弱肉強食の国だという。

 無論。イコール無秩序、ということでもない。

 誇り高い強者が善政をしけば、民達はそれに従う。

 力による秩序。それが獣王国だ。


「故に、様々な種族が集まっているんですよ」


 そう言って、彼は遠くを見る。


「僕の家もこの近くにあるので、良ければ案内します。

 せっかくの客人です、歓待の宴を開きましょう。宿も私の家をお使いください」

「……それはありがたい話です」


 俺たちは彼の提案を快く受ける事にした。


(怪しいな)

(ですね)


 俺たちは目配せする。

 いきなりの好待遇すぎるだろう。初対面の商人をここまで信頼するのは、よほどのお人好しか……

 あるいは。


 だがちょうどいい。

 罠であるなら、乗ってみるのもいいだろう。


「では、こちらです」


 俺たちは彼に連れられ、村を歩く。

 しばらく進むと、大きな建物が見えてきた。


「あれが、僕の家です」

「ほう……」


 中に入ると、そこにはたくさんの獣人たちがいた。


「ようこそ、我が友よ!」

「歓迎するぞ!」


 彼らは口々に言う。俺たちは戸惑いを装いながらも、会釈する。


「はい、皆さんこんにちわ」


 カイはにこやかな笑みを浮かべる。


「今日は、お客様をお招きしたので紹介します。こちらは、ティグルさんとフィリムさん、ラティ君です」

「どうも」

「はじめまして」

「よろしく……」


 俺は頭を下げる。フィリムとラティもそれに続く。


「そして、こちらが僕の家族です」


 そう言って、カイは後ろにいた女性を前に出す。


「妻のセリアです。はじめまして」


 彼女はそう言うと、微笑んだ。


「どうも。お世話になります」


 俺は小さく頭を下げた。


「どうですか? 獣王国は」

「ええ。とても良い所ですね」

「そうですか。楽しんで頂けて何よりです」

「はい」


 俺は答えつつ、周囲の気配を探る。

 今のところ、敵意は感じられないが……油断はできない。


「そうだ。せっかくなので、村をご覧になって下さい。案内させますから」

「はい。ご厚意に甘えさせていただきます」


 そう言いながら、俺はこっそりアトラナータに通信を送る。


(アトラナータ、わかっているな)

『はいマスター。しっかりと見ておきますね』

(頼んだ)


 彼らを信用する理由は無い。

 竜車を離れている間に何か仕組まれる可能性は高い。


 さて、どうなることやら……

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