第15話 もう一人の勇者

『マスター』

「なんだ?」

『ロリコンという病にかかったのかもしれません』

「……違う」

『そうでしょうか?』


 アトラナータは疑わしそうに言う。


『マスターがこの様な幼女趣味だとわかれば、フィリム様は幻滅されるでしょう。ああ、でも彼女も年齢的には少女の区分なので問題ないのでしょうか』

「冤罪だ。お前は銀河共和国が俺にしたことと同じ事をしていることになるのだが」

『その言い方は卑怯ですよ』

「俺は自身の尊厳を守るためならなんだってやる」

『開き直りましたか』

「当然だ」


 俺は毅然と答えた。

 さて……話を進めないとな。


「ラティーファさん」


 俺は彼女に向き直る。彼女は俺の予備の着替えを着ている。

 サイズは合わないが、着ないよりはマシだと思ったからだ。


「なんですか?」

「俺は貴方を保護監督する事になります」

「……」

「ですので、事情を話してください。力になれるでしょう」

「……どうして、そこまでしてくれるんですか」


 ラティーファが尋ねる。俺は答えた。


「それは私が優く善良な正義の人だからです」

「……」


 彼女は信じられないものを見た顔をした。

 少し傷つく。


「……冗談です」


 俺は咳払いをする。


「まあ、理由はいくつかあります。自分はこの世界にきたばかりであり、情報が欲しいのです。身分の高い方にも伝手はできましたが、高いところからの視点だけでは不十分です。

 故に、ラティーファさんのような……と言うと失礼かと思われるかもですが。市井の身分の方の視点、情報も欲しいのです」


 これは事実だ。

 別に姫や伯爵を信用できないと言うわけではない。だが情報というものは一方の視点のみからでは偏ってしまう。

 それは避けなければならない。俺は様々な立場の人間と話をして、真実を見極める必要がある。そのために、この子を利用する形になるが……


(仕方がない)


 俺はそう思うしかなかった。すると、ラティーファは言った。


「……ボクを奴隷商人に売り飛ばするさかじゃなくて、良かったです」

「……ふむ?」


 俺は一瞬戸惑ったが、すぐに理解した。


「なにか誤解があるようですね」

「だって、さっきの人は僕を売り飛ばすつもりみたいでした」

「……ああ、あの店主ですか」


 そういうことか。


「この世界には、奴隷制度があるのですね」

「……ティグルさんの故郷にはなかったんですか?」

「無い……と言えば嘘になりますが。多くの国では禁止されていました」


 犯罪者奴隷や、知的生命体として認められていない生物、一部の「奴隷としてしか生きていけない奉仕種族」は星間条約で認められている。

 だがそれ以外は奴隷制は認められていないのだ。

 法をすり抜けたり、違法奴隷売買は未だあるのだが。


「……そうなんだ」

「はい。……ですが、全ての国がそうではありません」


 俺はそう答える。


「……あの、お願いがあります」

「何なりと」

「ボクの事……助けてください」

「はい」

「即答なんですね」

「断る理由がありませんから」


 俺はそう言って、彼女の頭を撫でた。


「あ…………えへへ」


 彼女は気持ち良さそうに目を細める。


「でも、まずは食事をしてからにしましょう」

「はい」


 こうして、俺はラティーファを保護することになった。


「アトラナータ。彼女に合うサイズの服を用意したい。サイズを測って、フィリムに伝えてくれ。買ってきてほしいと」

『了解ですロリコン。……もとい、マスター』

「おい待て」


 俺は突っ込みを入れる。


「誰がロリコンだ。俺は幼女に興味はない」

『では、なぜあんなことを?』

「あれは……」


 俺は言い淀む。


「不可抗力だ」

『犯罪者はみなそう言うと統計的データが』

「とにかく、頼むぞ」


 俺は強引に会話を打ち切る。これ以上追及されると面倒なことになりそうだったからな。


『わかりました』


 ……本当にわかっているのか? 俺は不安になった。


「てけり・り」

「そうか」


 ノインは俺の味方だった。


◆◇◆◇◆


「ボクは、ラティーファ・アリリュオン。ラティと呼んでください」


 ラティーファは改めて自己紹介をする。

 俺たちも彼女に自己紹介を返した。フィリムはかなり興奮していた。

 姫や伯爵にはまだ話は通していない。

 俺はラティーファに食事を与えると、彼女の話を聞いた。


 それによると、彼女は獣王国から逃げてきたとのことだ。


「獣王国……?」

「えっと……魔王軍四天王、【獣王】ガーファングが治めていた国です」


 ……魔王軍、だと?


「では、ラティは魔王軍の一味ということなのか」


 保護対象となったわけだし、口調は敬語から通常に戻しておいた。

 その言葉に、ラティーファは慌てて首を振る。


「ち、違います! そもそも、獣王様は四天王とはいえ、魔王軍の中では穏健派……むしろ中立に近い立ち位置だったんです」

「ふむ」


 俺は顎に手を当てて考える仕草をした。


(どうしたものか)


 もしこれが、ラティーファが獣王国のスパイだった場合、俺が彼女を保護した時点で詰みだ。外患誘致だある。

 だが……


(今は様子見するか)


 俺は結論を出すのをやめて、ラティーファに質問した。


「それで、その獣王国から何故逃げてきたのだ? 先程、助けて欲しいと言っていたが」

「それは……」


 ラティはうつむき、そして言う。

その言葉は、俺の予想を超えるものだった。



「獣王国が……天界人の勇者によって支配されたんです」



◆◇◆◇◆


「天界人……だと」


 それは。

 俺とフィリムの事を指す。この国では。

 だが俺たちは獣王国など知らない。


 俺たちのように、別の惑星から来た者か?

 だとしたらコンタクトを取る必要がある。

 ラティは続ける。


「そいつは……突如、魔物の軍勢を引き連れて現れました。

 そして獣王ガーファング様を倒しました。

 獣王国は強いものが支配する。その事自体は、問題ではなかってんです。

 だけど……」


 ラティは拳を握りしめる。俺は尋ねた。


「問題なのはその後か?」

「はい」


 ラティーファはうなずく。


「奴は言ったんです。"我こそは【黒の聖母】の加護を受けた勇者である。我が主の命により、この国の民を支配する"」

「……なるほど」


 俺は呟く。


(つまり、俺と同じ存在という訳か)


 加護……俺はショゴ=ス・ロードを思い出す。

 彼が俺にどんな力を授けたのかは……よくわからない。

 ワームホールからの脱出か、それともフィリムの傷を癒し命を助けた事か、あるいは……

 その答えもわかるかもしれない。


(ならば、接触する必要がある)


 俺はそう判断する。

 だが……ラティーファの話は終わらなかった。


「それだけじゃありません!」「まだ何か?」

「はい」


 ラティーファは震えながら言う。


「その勇者は……ボクに……いや、獣王国に居るすべての者に呪いをかけました」

「呪い……?」


 俺は首を傾げる。


「それは……どういうものだ?」

「魔物化、です」

「なに?」

「獣王国にいる民の全てに……魔物になる呪いをかけたと」

「……なんだと!?」


 俺は驚く。そんなことができるのか。


「勇者に逆らった者は、魔物にされてしまうか……あるいは、心を失った操り人形にされるかなんです」

「しかし、なぜラティは魔物になっていないんだ?」

「それは……」


 ラティーファはうつむく。


「わかりません。ただ、獣王国は今、混乱に陥っています。だから、ボクはその隙に逃げ出したんです」

「なるほど」


 俺は納得した。


(まさか、俺と同じ境遇の人間が他にも居たとはな)


 だが……同時に疑問が湧いた。


「なぜ、そこまで詳しいんだ?」


 俺はラティーファに尋ねる。すると彼女は言った。


「それは……」

「それは?」


 彼女は口ごもる。


「それは……」


 彼女は泣きそうな顔で答える。


「それは……ボクが獣王ガーファングの、娘だからです」




◆◇◆◇◆


 想像以上に事態は混迷していた。


 現在、ラティーファは眠っている。部屋にいるのは、俺とフィリム、アトラナータとノインだ。


「アトラナータ」

『はい、マスター』

「ラティーファの心理スキャン結果は」


 会話中、アトラナータにスキャニングしてもらっていた。会話から、精神状態を探るのだ。


『……92%の確率で、真実、事実を話しているかと。少なくとも本人主観では』

「精神操作を受けている可能性は」

『11%といった所でしょうか』


 一割か。多いとみるか、少ないと見るか。


「呪いについて、何かわかったか」

『一般的なカース、ギアスの類とは違うようです』


 そう言って空中に映像が投影される。


「これは……」

「菌糸……?」

『はい。それが彼女に植え付けられています。推測するに、魔物化とはこの菌が増殖し、寄生した母体を乗っ取る形ではないかと』

「対処方法は」

『サンプルを軽く分析した所、日光……紫外線に弱いようです。通常の日光で死ぬ事は無いようですが、陽光の下では活動は弱まりますね。強力な紫外線装置があれば……』

「除去は可能、か。出来るか?」

『一日あれば』

「頼む。優秀だな」


 俺はそう言うと、ラティーファを見る。


「…………」


 眠っていた。悪夢でも見ているのか、苦しそうな表情を浮かべていた。


「先輩……どうしますか」


 フィリムが尋ねてくる。俺は答える。


「保護監督者として、放っておくわけにはいかないだろう」

「ですよね」


 フィリムはため息をつく。


「……それにしても」


 俺は眠るラティーファを見つめる。


「勇者、か」


 俺はそう呟いて、考え込む。


「……本当に、俺たちと同じ……異星からの人間なのだろうか」

「わかりません」

「確かめなければならない、か。そして……」

「協力を……とつりけるつもりですか」

「……」


 俺は思案する。


「最終目的を考えるなら合理的な選択のひとつではある。

 同郷からの来訪者なら、情報共有、技術共有も可能だろう。手を組むのは悪い手ではない」

「じゃあ……」

「だが、気に食わん」

「え……」

「現地住民を呪いで強制的に従え、虐げ、奴隷のように使うのは個人的趣味に合わない。端的に言って……不快だな」

「先輩……」

「フィリム。お前はどう思う?」


 俺はフィリムに尋ねる。


「えっと……」


 フィリムは困ったような顔をしていた。


「正直に言えばいい」

「私も……私は、この子を。ラティーファちゃんを助けてあげたいです。

 先輩の言うとおり、合理的に、利害を考えるならその自称勇者に協力を取のつけるため友好的接触するのが一番ですよ。だけど……

 私も不快です。先輩と同じです!」

「そうか」

「そうです」

「……感情で走り、判断を鈍らせるのは軍人、兵士としてやってはいけないことだ」

「はい……」

「だが、俺たちはもう軍人ではない」


 自分からあまり名乗りたくはないが……


「勇者と聖女、ですもんね!」

「そうだな」


 勇者を騙る復讐者だが……騙る以上はやり遂げなければならないだろう。


「勇者として実績をあげ、発言力を高め、エルナクリスタルの採掘権を手に入れる。そのためにも……

 次の目標は、獣王国だ」

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