第13話 ガーヴェイン伯爵家

 しばらくして、メイドが呼びに来たので食堂へ向かう。

 すると既に食事が用意されており、俺たちを待っていたガーヴェイン伯爵も席についていた。俺たちも向かい合って座る。


「紹介いたします」


 伯爵は、俺たちを見て言った。


「こちらは、我が息子アラム、娘のルミィナです」

「は、初めまして勇者様! 聖女様! 僕はアラム、よろしくお願いいたします!」

「……」


 少年は元気よく名乗ったが、少女は無言のままぺこりと会釈をしただけだった。

 ……ふむ。やはり俺の顔面は初対面の少女には怖がられるか。まだ六歳ぐらいの少女、仕方あるまい。

 そして、伯爵の隣にいた女性が頭を下げる。


「夫が戦場で救っていただいたと……お二人とも本当にありがとうございました」

「いえ、お礼を言われるようなことではありませんよ」


 俺は微笑んだ。


「当然のことをしたまでです」


 すると女性は微笑む。


「そうですか……ご立派ですね」


 俺はうなずく。


「それで、お二人はこれからどうされるおつもりなのですか?」


 女性――伯爵夫人は聞いてきた。


「しばらくは、この国で情報を集めようかと思っています」

「そうですか……」


 彼女は考え込む。


「よろしければ、うちの屋敷に滞在されてはいかがでしょう?」

「伯爵からも言われていますし、ご厚意に甘えさせていただこうかと」

「まあ、よかったわ」


 夫人は嬉しそうな表情をする。


「ぜひ、ゆっくりしていってくださいね」

「はい」


 俺はうなずく。


「やったあ!」


 アラム少年が声を上げた。


「じゃあ、僕、勇者様に剣を教えてもらいたいです!」

「いや、残念ながら俺に教えられるような技術は無いのですが」


 俺は首を振る。

 そもそも俺も剣は嗜んではいるが……貴族が学ぶようなものではない。

 もっと基礎的なところから始めなければならないだろう。それに……俺は自分の腕を見る。筋肉のついた両腕……とてもではないがこんな腕で剣を振り回せば、子供を殺してしまうかもしれない。

 人殺しの腕だ、

 ……やはり、難しいな。


「で、でも!」


 しかし少年は食い下がってくる。

 ……困る、こういう真っすぐなまなざしは。


「勇者様は凄く強いって聞きました!」

「確かに強くはありますが……教えるのはあまり得意ではないので」


 俺はやんわり断ることにする。すると彼は悲しそうに俯いた。

 ……そんな目で見られるのは心苦しいのだが……。するとその時だった。


「あのー」


 そこで口を挟んできたのはフィリムである。

 彼女は言う。


「先輩が渋ってるのって、あれですよね。危ない、と」

「ああ。子供に教える力加減がわからん。そもそも俺の剣は東方の星で殺人鬼……もとい、剣士に叩き込まれたものだ」

「今殺人鬼って」

「若い兵士相手ならともかく、子供にはな」

「じゃあ」


 フィリムか何かを思いついた顔をした。


「私も先輩に教わりたいです。そしてアラム君も一緒に教わる、それなら大丈夫では?」

「……ふむ。直接の手合わせはフィリムと行い、アラム殿はそれを近くで見て練習、そしてフィリムと手合わせもする、という具合か」

「はい」

「悪くはないが……」


 俺は思案する。


「お前は良いのか?」

「はい。私なら問題ありません」


 フィリムは自信満々な様子で言う。


「まあ、本人がそう言うならば構わないが……」


 俺はうなずいた。


「では、そうするか」

「はい!」

「お願いします、勇者様、聖女様!」

「……やれやれ」


 妙な事になってしまった。


「伯爵、それでよろしいでしょうか」


 俺は確認を取る。すると伯爵はうなずいた。


「ええ、もちろん構いません、むしろこちらからもお願いいたします」

「そうですか。では、そうさせていただきます」

「ありがとうございます!」

「いや、こちらこそ、よろしく頼む」


 俺はそう言って、頭をさげた。…… それから夕食が始まる。

 食卓に並んだ料理の数々は非常に美味しく、特に焼きたてのパンなど絶品だった。


 そして食後、伯爵と夫人に改めて感謝の言葉を告げられた後、俺は屋敷の客間へ案内された。

 用意されたベッドは二つあり、片方は俺に使って欲しいとのことだったので、遠慮なく使わせてもらうことにした。


「……」


 そして現在、俺は一人ベッドの上で横になっている。

 さて、今後の方針だが、まずは情報収集か。

 この世界における魔王軍の動向、そしてこの国の現状。それを詳しく知らなければならん。

 ……しかし、フィリムが同行してくれるのは正直助かる。俺一人ではわからないことも多いからな。


 そう思いつつ目を閉じた時だった。

 部屋の扉が開かれる音が聞こえた。そちらを見ると――そこには寝巻き姿のフィリムがいた。彼女は少し恥ずかしそうにしながら部屋に入ってきて、後ろ手にドアを閉じる。

 彼女は言った。


「先輩」

「どうした?」

「その、今日一日で色々とあったじゃないですか」


 彼女は言う。その頬はやや赤みを帯びていた。


「だからその……なんだか疲れちゃって」


 彼女は俺の隣に腰掛けるとそのまま倒れこむようにして抱きついてきた。彼女の体は柔らかく温かかった。


「……先輩」


 彼女は囁きかけるようにつぶやく。


「……先輩の匂いがする」

「それはおそらく石鹸の香りだと思うが」

「違いますよ」


 彼女は俺の首筋に顔を近づける。そして耳元でささやく。


「これは先輩の匂いです」

「……」


 俺は無言で天井を見上げる。


「先輩の肌の匂いとか、そういうのも混ざった、先輩だけの匂いです」

「そうか」


 俺は答えた。そして視線を戻す。すると至近距離で彼女と目が合った。フィリムは微笑む。


「先輩、好きです」

「そうか」


 俺はうなずく。


「お前は可愛らしいからな」

「そ、そうですか……?」


 フィリムは照れた様子だった。そして上目遣いで聞いてくる。


「……先輩、もう一度お願いできますか?」

「可愛い」

「もうちょっと感情を込めてください」

「好きだぞ」

「うーん、まだ足りませんけど……まあ、いいです」


 彼女は満足げだった。それから彼女は顔を上げる。


「先輩、キスしてもいいですか?」

「駄目だ」


 俺は首を振った。


「調子に乗るな」


 俺はフィリムの顔を掴む。


「ふら、ふなゃぐむ」


 まともな言葉になっていない。俺は言った。


「大人をあまり舐めるなよ」

「……むぅ、むしろ舐めたいんですけどぉ」


 フィリムは不機嫌そうな表情で俺を見る。


「わかりましたよ。我慢します」

「ああ、それが賢明だ。兵士……ではない、戦士には我慢強さは必要だ。耐えろ」


 俺はうなずく。


「さて、そろそろ眠ろうと思うのだが……」

「はい、お休みなさいませ」

「いや、そうではなく」


 俺は苦笑いを浮かべる。


「お前は出て行ってくれないか」

「どうしてです? 一緒に寝ましょうよ」

「……」


 俺はため息をつく。


「駄目だ。自分の部屋に戻れ」

「なんでですかー。癒されたいんですよ私」

「疲れるからだ。お前が癒されたいように、俺もゆっくり休みたい」

「え……あ、疲れるって……」

「そういうことだ。ここは伯爵の家だ、自重しろ」

「……王宮だと、よかったんですか」

「王宮は半ば公共のもののようなものだろう。ここは貴族の屋敷とはてう個人の家で、それに幼い子供もいる」


 俺は説明した。


「……そうですか」


 彼女は納得したようだった。

 そして立ち上がると俺の隣に座り直すと寄り添ってくる。彼女の体温が伝わってくる。そして彼女は言った。


「じゃあせめて抱きしめさせてください」

「……」


 俺は無言のまま彼女を見つめた。彼女はじっとこちらを見ていて動かない。やがて根負けしたのは俺の方だった。小さく嘆息する。


「好きにするといい」

「やった!」


 彼女は嬉しそうに笑みを浮かべると俺の体に腕を回してくる。

 柔らかい感触と甘い香りが漂ってきた。俺は彼女を突き放そうとせず、ただ受け入れた。


 しばらくすると、静かな吐息が聞こえてきて、彼女が眠りについたことがわかる。


(部屋に戻れ、と言ったのだがな)


 ……さすがのフィリムも疲れていたのだろうか。無理もない……色々なことが起きたからな。

 仕方あるまい。これなら俺もまだ我慢はきくだろう。

 それに、俺も疲れているからな。

 俺は静かに目を閉じる。そして、これからのことを考えることにした。


 すぐに、俺はい眠りに落ちていった。


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