第12話 国家情勢

 翌日、俺たちは街に出ていた。リリルミナ姫と俺とフィリム、アトラナータとノインだ。

 俺は周囲を見回す。


「活気があるな」


 俺は呟くように言った。


「はい」


 リリルミナ姫が言う。


「ディアグランツ王国は、この世界有数の人類国家ですから」

「そうですか」


 俺はうなずきつつ周囲を見渡した。

 多くの人々が行き交い、露店が開かれ、賑やかな喧騒が広がっている。


「先輩。あれを見てください」


 フィリムが言った。


「ほら、あそこのお店で売っている果物が美味しそうなんですよ」

「ほう」


 確かに良い匂いが漂ってくるな。これは……バナナだろうか?


「買ってきてもいいでしょうか?」


 フィリムが聞いてくる。


「ああ、行ってこい」

「ありがとうございます! ……゜いてて」


 彼女は嬉々として駆けていった。

 時折ひょこひょこと歩くその後ろ姿を見ながら、俺は思う。


「あいつは元気だな……」

『そうですね』


 アトラナータが同意してくる。


『あれほど喜んでいるのは初めて見ました』

「そうか」


 そもそもお前との付き合いはここ数日だが。まあいいか。俺は思考を打ち切る。


「ところで勇者様」


 リリルミナ姫が話しかけてきた。


「昨日はゆっくり休めましたか?」

「はい」


 俺はうなずく。


「豪華なベッドは不慣れですが、ちょうどよい素晴らしい抱き枕があったので」

「?」


 抱き心地は最高だった。


「この国には慣れませんが、なんとかやっていけると思います」


 トイレとか。

 まう慣れるだろう。トイレの無い戦場もあったことを考えれば。

 なお、王宮のトイレは水洗トイレだった。俺たちからしたら数世代前のものだが、文句は無い。


「そうですか」

「はい」


 俺が言うと、彼女は微笑んで言う。


「もし何かわからないことがあれば、遠慮なく私に言ってください」

「わかりました」


 俺は答えた。


「では、私の方からも一つよろしいですか?」

「はい」

「勇者殿は、この後どうするつもりですか?」

「……魔王軍と戦うつもりですが」

「それはもちろん、私としても協力させていただきたいのですが」


 彼女は言う。


「魔王軍との戦いが終われば、この国はまた帝国、公国との戦争へと突き進むでしょう」


 ……そういうものか。

 政治とは面倒なものだな。しかし、その戦いが終わった後のことは考えておかねばならないか。

 銀河共和国へ帰るための足掛かりになるかもしれないのだからな。


(……そうだな)


 俺は考える。


(この惑星の人間に協力を取り付けるには、まずは魔王軍をどうにかしなければならない。

 ……だが、それはつまり、それが終われば――この惑星の人々とも戦う事になる展開もあり得るということだ)


 ……正直なところ、あまり気乗りしないが仕方ない。俺の目的を達成するためには必要な事だ。


(だが、本当にそれでいいのだろうか?)


 この惑星の人々を皆殺しにしてまで、達成すべき目的なのか? 俺は考え込む。

 すると、隣に立っていたリリルミナ姫が口を開いた。


「すみません。今の質問は忘れて下さい」

「え?」

 

 俺は驚いて彼女に視線を向ける。すると彼女は少し慌てた様子で言葉を続けた。


「いえ、深い意味は無いんです。ただ、魔王軍との戦いで疲れているのではないかと思って。余計なお世話かもしれませんでしたね」

「いえ」


 俺は首を振った。


「大丈夫です。心配してくれて、ありがとうございます」

「いえいえ、気になさらないでください」


 彼女は微笑む。


「それで、これからどうされますか?」

「そうですね」


 俺は少し考えた。


「ガーヴェイン伯爵の所で、しばらく世話になる予定です。

 その後、しばらくはこの国の情勢を見てみようかと」


「そうですか。では、私の方から父に話を通しておきましょう」

「お願いします」


 俺が頭を下げると、リリルミナ姫は笑った。


「先輩!」


 フィリムが駆け寄ってくる。両手には串焼き肉を持っていた。

「お土産を買ってきましたよ! これ、美味しそうじゃないですか!?」

「ああ、確かにな」


 俺はうなずく。


「じゃあ、さっそく食べましょう!!」


 そう言うなり、彼女は肉を頬張った。


「ん~♪ おいひぃれふぅ」

「そうか」


 俺は苦笑いを浮かべる。そして、彼女に続いて、露店の料理を食べ始めた。


「……美味いな」


 確かに美味い。最近は軍用宇宙食ばかりだったので、こう……肉、という食べ物は中々によい。昨日の宮廷料理とはまた違った、シンプルな庶民的な味がする。

俺は満足げな表情で、串焼き肉を平らげた。


「先輩、こっちも美味しいですよ」


 フィリムが別の露店を指し示す。


「わかった」


 俺はそちらへ向かった。


 それからも、俺たちの買い食いは続いた。


◆◇◆◇◆


 夕刻になった。

 俺たちは、伯爵の家に迎えられた。


「勇者様、よくぞお越しになりました」


 玄関先で、彼は出迎えてくれる。


「今日はゆっくりと休んでいってください」

「ありがとうございます」


 俺が答えると、伯爵は微笑んだ。


「部屋は用意してあります。こちらへどうぞ」

「はい」


 案内された部屋には、高級そうな調度品が並んでいた。


「夕食の時間になれば、メイドが呼びに参ります。それまで、ごゆるりとお過ごしください」

「わかりました」


 俺はうなずき、用意されたベッドの上に腰掛ける。


「先輩」


 フィリムが声をかけてきた。


「どうした?」

「その、お風呂に入りたいです」

「ああ、なるほど」


 昨日は入っていなかったな。夜に汗もかいた。俺はうなずく。


「わかった。すぐに行こう。用意してあるといいのだが」

「ありがとうございます」


 部屋を出て使用人に質問すると、問題ないらしい。

 俺たちは案内されるまま、浴室へと向かう。

 脱衣所にはタオルが用意されていた。

 服を脱ぎ、浴場へ入る。


「おお……」


 思わず感嘆の声が出た。

 大きな浴槽がある。


「すごいですね」


 フィリムが言った。


「ああ」


 俺は同意し、体を軽く流し、浴槽に入る。

 肩まで浸かると、じんわりと温かさが体に染み渡ってきた。


「はぁー……」


 心地良い。


「ところで……」

「なんです?」

「なぜ一緒に?」

「ダメなんですか?」

「いや、別に構わないが……」


 俺は視線を下げた。

 そこには一糸まとわぬ姿の彼女がいる。


「……」


 俺は無言のまま、視線を逸らした。


「どうかしましたか?」

「いや」


 俺は首を振る。


「なんでもない」

「照れてるんですかー? 今更ですよせんぱい!」

「……確かにそうかもしれんが」


 俺はため息をつく。


「もう少し恥じらいを持ってくれないか」

「……ふっ。私が恥ずかしくないとでも思ってるんですか」

「そうは思わん。昨日の事もあるしな」

「……せんぱい、そうじっくり思い出すの禁止です。恥ずかしい」

「……恥じらいがあるのかないのか、お前はいったいどちらなんだ」


 俺は呆れたように言った。


「ところで、どうしてそんなに平然としてられるんですか?」

「何がだ?」

「いや、だって、ほら、私の体とか、その……」

「まあ、そうだな」


 俺はうなずく。


「取り乱したら負けと思っているからだ」

「……なるほど」


 納得してくれたようだ。


「それじゃあ私も、負けたくないのでちょっとだけ大胆になってもいいですかね?」

「構わんが」

「それなら」


 彼女は俺の隣に座り込んでくる。

 そして、身を寄せてきた。


「どうですか先輩」

「……ふむ。やわらかいな」

「先輩は、硬いですね……すごく鍛えてるのわかります」

「そうか」


 俺はうなずく。


「しかし、こうして密着されると、やはり緊張するな」

「ドキドキします?」

「多少はな」


 俺は答えた。


「……先輩、実は女の子慣れしてません?」

「まあ、それなりには。ゴリラみたいな女兵士ばかりで、甘い話はなかったが」

「そっかー……あの、ちなみに、私の体はどう思いますか?」

「悪くないと思うが」


 俺は正直な感想を述べた。

 彼女の肌は白く滑らかで、触り心地は抜群だ。顔立ちは整っており美人と言っていいだろう。


「そうですか……。じゃあ、もっと見てもいいんですよ?」

「わかった」

「えっ」


 俺は彼女を見る。


「いや、えっと、冗談のつもりだったんですけど」

「そうか」


 俺はうなずいた。


「では、遠慮なく見させてもらうとしよう」

「えぇ……!?」


 彼女は驚いた様子で後ずさる。


「ど、どうぞ……好きなだけどうぞ」

「ああ」


 俺は視線を下に向けた。


「……ん?」


 見ると、彼女の体がわずかに震えている。


「どうした?」

「いえ、べつに……」

「そうか」


 俺は視線を戻した。


「しかし、なかなか大きいな」

「ええ!?」


 彼女は驚く。


「い、いきなり何を言ってるんですか!?」

「? 見ての通りだが」


 俺は視線を上げる。


「どうしたんだ、何かおかしいことを言ったか?」

「いえ、べ、別に、おかしくはないですけど」

「そうか」


 俺はうなずき、視線を戻す。


「……」


 しばらく沈黙が続いた。


「せ、先輩」


 やがて、フィリムが話しかけてくる。


「その、もう、いいでしょうか」

「ああ、そうだな。堪能した」


 俺はうなずいた。


「すまなかったな。あまり時間をかけるのもよくないだろう」

「はい……」


 彼女はうなずく。そして、視線を逸らすと、小声でつぶやく。


「……先輩って、やっぱり変態さんなんですか?」

「いや、そうでもないが」


 俺は首を振った。


「お前の体は美しい。素直にそう思っただけだ」

「……」


 ……ん?


「フィリム?」


 反応が無い。

 不審に思って横を見ると、彼女は顔を真っ赤にしてうつむいていた。


「どうした?」


 俺は問いかける。すると彼女は、恐る恐るといった様子で俺を見上げた。


「いえ、ええと、ですね……」


 そして、言う。


「先輩、今のセリフは、かなりキザったらしいですよ」

「……そうか」


 俺は苦笑いを浮かべた。


「それは、申し訳ない」

「いえいえ、気にしないでください」


 フィリムは首を振る。


「そういうところも含めて、私は先輩のことが好きですから」

「そうか」


 俺はうなずく。


「では、お互い様という事だな」

「そうですね」


 彼女は微笑んだ。

 俺は立ち上がり、浴槽を出る。


「では、体を洗ってくる」

「はい」


 俺はタオルを手に取る。そして、浴室を出ようとした時だった。


「あ、先輩」


 フィリムが声をかけてくる。


「どうした?」

「背中を流してあげましょうか?」

「いや、そこまでしてもらうわけにはいかない」


 俺は首を振る。


「大丈夫だ。自分でできる」

「えー。先輩の背筋を頬摺りしたいという乙女心を」

「それは欲望というのだ」


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