第11話 復讐の意思

 その後、晩餐会が開かれた。


 俺とフィリムは、他の参加者とともに席に着く。

 テーブルの上には豪華な食事が並んでいる。


 見たことのない料理も多い。


「勇者様、いかがですか?」


 隣の席のリリルミナ姫が聞いてくる。


「ええ、とても美味しいです」

「そう言って頂けると嬉しいです」


 彼女は微笑んだ。俺の逆隣に座るのはフィリムだ。彼女は俺を見て言う。


「先輩も、もう少し愛想良くしたらどうです?」

「そうはいってもな……」


 愛想よく振舞うのは慣れていないのだ。


『マスター』


 アトラナータが言う。


『せっかくですから、もっと楽しげに振る舞えば良いではありませんか』

「楽しくと言われてもな……」

「勇者様は趣味などはないのですか?」


 リリルミナ姫が聞いてくる。

 趣味、か……。


「あります」

「まあ、お聞きしても?」

「故郷では、土偶……土人形を作ったり泥団子を輝くまで磨いたり、テナガエビやタニシを釣って余暇を過ごしていました」

「……」

「ドミノ倒しも好きでしたね」


 学生時代、個人の部で準優勝を飾ったことがある。


「ルービックキューブもいいですね。時間を忘れられます」


「……あの、それ楽しいんですか?」

「はい」


 俺は即答した。


『マスター』


 アトラナータは呆れた様子で言う。


『それは娯楽ではなく暇つぶしです。趣味とは言いかねます』

「そうか」


 無心に没頭出来て楽しいのだが。

 機械にはわからないか。


「遮光器土偶品評会三連覇の実績は趣味と言っていいと思うのだが」

『率直に言って理解できません』

「解せぬ」

「……あはは」


 リリルミナ姫が苦笑する。


「勇者様は面白い方ですね」

「そうでしょうか」

「はい」


 彼女は微笑んだ。

 別に笑いを狙ったわけではないのだが。


「私も、勇者様のお話を聞かせていただけると嬉しいです」

「私の話ですか」

「はい。勇者様の世界の事とか」


 彼女の瞳が輝いている。


「そうですね……」


 俺はしばし考えた。そして言う。


「学生時代に倉庫いっぱいの蕎麦の実を徹夜で数えた時の話を」

「それはいいです」

「そうですか」


 残念だ。


「あの話はどうですか先輩。宇宙マフィアのナメクジアンと戦った時の話」

「ふむ」


 あれは色々と面倒だった。


「あれは話したくないな。人間を超えるサイズの巨大ナメクジに求婚された話など、聞いてても興味は沸かないだろう」

「いえ、興味深いですよ」


 リリルミナ姫が目を輝かせて言った。


「そ、そうなのですか?」

「はい。是非とも、続きをお伺いしたいものです」

「先輩。どの世界でも女の子は恋バナが大好きなんですよ?」

「あれは恋愛話ではないと思うのだが」


 恐怖話だ。

 しかも彼らは雌雄同体であり、俺に這い寄……もとい言い寄ってきた奴は性自認が男性と言っていた。

 そんなのに言い寄られるのは恐怖でしかない。

 相手を殺さなかった俺の忍耐は褒められるべきだろう。


 しかしこう期待されているのでは……仕方ないか。

 俺はしばし考えて言う。


「では、機会があれば」

「ええ、お願いします」


 リリルミナ姫は嬉しそうに言った。

 女性というものは、わからん。



 そんな感じで歓談していると、やがて王がやってきた。


「勇者殿」

「はっ」


 俺は立ち上がり、王の前まで歩み出る。


「此度の件、真に感謝する。魔王軍四天王の一人を退けた功績、まことに大義であった」

「ありがとうございます」

「勇者殿」


 王は言う。


「このディアグランツ王国は、永きに渡る魔王軍との戦いで疲弊しきっている。

 故に、貴殿に求めるのは魔王軍討伐のみだ。それ以外の余計な戦いには巻き込まないよう配慮しよう」

「はっ」


 それはありがたい。

 人間同士の戦争は、正直ごめんだ。

 だが、周囲の貴族たちはそうではいようだった。


「陛下、それは……」

「勇者殿の力があれば、帝国や公国とも……」

「静まれぃ!!」


 王は声を上げる。

 貴族たちが口をつぐんだ。


「今はまだ、その時ではない」


 王は言った。

 今はまだ、か。


「魔王軍の脅威は去った訳ではないのだ。今は国力の回復に努めねばならない時だ。人間同士で争っている時では」

「ですが陛下」


 貴族が言う。


「皆が陛下のように、理性的で平和的ではないのです」

「わかっている」


 王はため息をつく。


「だが、勇者殿に頼りきりになるわけにもいくまい」

「……はっ」


 貴族は渋々といった表情で引き下がる。

 俺は王に頭を下げた。


「勇者殿」 


 王が声をかけてくる。


「はっ」

「魔王軍の残りが動き出している。近いうちにまた攻めてくるだろう」

「はい」

「魔王軍は強い。四天王が一柱、冥王が倒されたとはいえ、油断は出来ない相手だ。気を引き締めて戦ってくれ」

「はっ!」


 俺は恭しく応じた。

 政治というものは大変なのだな。


 しかし帝国、公国か……この惑星にある人類国家はここだけではないということか。


 俺たちの居た銀河では、惑星一つ以上が国単位だったのだがな。


 そんな事を考えながら、俺は晩餐会を終えた。


◆◇◆◇◆


 その日の夜。

 俺は与えられた王城の一室で休んでいた。

 豪華な部屋だ。落ち着かない。

 ベッドの上でごろりと横になり、天井を眺める。すると、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。


「誰だ?」


 俺が問うと、扉の向こうから返事があった。


「私です先輩。フィリムです」

「そうか。入っていいぞ」


 俺が許可を出すと、フィリムが部屋に入ってきた。


「失礼します」


 彼女は部屋に入ると、後ろ手にドアを閉める。

 そして俺の方を見ると言った。


「先輩。少し、お時間よろしいですか?」

「構わないが」


 俺は体を起こす。


「それで、何の用だ?」

「ええ、ちょっとお聞きしたいことがありまして」


 彼女は言う。


「先輩は、この国についてどう思いますか?」

「どう思うか、とは?」

「この国を、好きになれそうですか?」

「さあな」


 俺は肩をすくめた。


「まだ来たばかりだからな。だが、この国の人々には好感を持っている」

「そうですか」

「ああ」


 俺はうなずく。


「……利用されているだけ、かもしれないが、それはお互い様だしな。

 俺の目的のためには、魔王軍をどうにかして、この惑星の人間の協力を取り付ける必要がある」

「エルナクリスタルを手に入れ、軌道上のノーデンスに帰還して、共和国に戻るためですね。

 ……復讐のために」

「そうだ」

「……」

「嫌なのか」


 俺は聞く。


「いえ……」


 フィリムは首を振った。


「ただ、先輩が望むなら、この惑星に定住するのも手だと思うんです。

 私たちの科学力、戦力で魔王軍を撃退し惑星に平和をもたらすことも不可能ではありません。そしたらもう、ずっと……平和にスローライフですよ。

 復讐に生きるより……それも」

「そうか」


 俺は静かに答えた。


「俺の望みは変わらない」

「……そうですか」


 フィリムは目を伏せ、うつむいた。


「復讐は……何も生み出さないという言葉があります。ですけど、それってやっぱり……何も知らない人間の、安全地帯からの言葉ですよね」

「……そうだな」


 利用され。裏切られ、切り捨てられ、殺されようとした事がないから言えるのだ。

 確かに復讐は何も生み出さないだろう。終わったときに何が残るのかはわからない。

 しかし。


「だがな、復讐は別に何かを生み出したいから行うのではない。

 復讐は、すっきりする」

「……すっきりですか」

「ああ。すっきりする」


 俺は断言した。


「すっきりした上でなら、この惑星でのんびり余生を過ごすのも悪くはない」

「……そうですか」


 フィリムは小さく笑った。


「先輩らしいですね」

「そうか」


 俺は答える。そして聞いた。


「お前こそどうなんだ?」

「私は……」


 フィリムはしばらく黙り込んだ後、ぽつりと言う。


「私も、復讐はしたくありませんよ」


 俺は彼女の言葉を聞くと、「そうか」とつぶやいて立ち上がった。

 そして彼女の前に立つ。


「先輩?」

「……」


 無言のまま、俺は彼女の頭を撫でた。


「ふぁ!?」


 彼女が驚きの声をあげる。


「せ、先輩?」


 困惑しているようだ。俺は構わずに続ける。


「いい子だ」

「あの、子供じゃないんですが」

「いい子だ」


 俺はさらに続けた。


「いい子は褒められるべきだろう」

「……はあ」


 彼女は困った様子で頬を掻いていた。


「……あの、恥ずかしいんですが」

「そうか」


 俺は手を離すと、そのまま彼女を抱き寄せた。


「ふぇえっ!?」


 彼女は変な声を上げる。俺は彼女を抱きしめたまま、耳元で囁いた。


「いい子だ」

「……」

「いい子だな」

「あぅ……」


 彼女の顔が真っ赤になった。


「あの、その、私、先輩にそういうことをしてもらう資格なんて……」

「あるさ」


 俺は言った。


「俺はこの世界で、お前に救われたんだ」

「先輩……」


 彼女は戸惑っているようだった。

 だが事実だ。

 俺が今、平静を保っていられるのは、彼女が生きていてくれたからだ。

 もしあの時、死んでいたら。死んだままだったら――


 俺はきっと、復讐者ではなく、復讐鬼となっていただろう。

 そして目的のために、この惑星の人々を蹂躙し支配しようとしていたかもしれない。


「お前が、いてくれてよかった」


「せん……ぱい」


 やがて、俺の腕の中で体を預けるように寄りかかってきた。


「……先輩」

「どうした?」

「もう少し、このままでも……?」

「構わない」


 俺は彼女の背中に回していた腕に力を込める。


(……温かいな)


 人の体温を感じるというのは久しぶりの事だった。


 俺も、おそらくは彼女も……。


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