第10話 ディアグランツ王国

 ディアグランツ王国に激震が走った。


 勇者死す。

 大魔術によって異世界より召喚された勇者が魔王軍によって倒されたのだ。


 勇者現る。

 勇者を失い敗走した王国軍の窮地を救ったのは、天より現れた天界人の勇者だっった。


 冥王斃れる。

 新たに現れた星の勇者の奥義、【星堕とし】によって根城の死の山脈ごと冥王軍は消滅した。王国の危難は去った。

 勇者の名は天界より舞い降りた星の勇者。


 その名は――



「ティグル・ナーデ様万歳!」

「勇者様、ばんざーい」

「勇者さまぁ~」

「……」


 俺は、王宮のバルコニーから手を振っていた。

 こういうのは苦手だ。本来、俺は日陰者なのだ。


「いや、どうしてこうなったんだろうな」

『マスター』


 アトラナータが言う。

 

『民衆が求めているのは、わかりやすい英雄です。どこの宇宙、どこの惑星でもそれは同じですね。人間とは単純なものです』

「そう言われてもな」


 俺はため息をつく。


「俺はただの兵士だった男だ。今まで命令をこなすだけだったからな。

 こう、旗印のようになるのは……慣れない」

『慣れてください。貴方はこの星の英雄です。人々に讃えられ、敬われ、愛されなければなりません。目的のために』

「そうか……そうなのか」

『はい。そうですね。命令を聴くのが楽ならば、私が命令してあげましょうか』

「それは遠慮しよう。この惑星を支配しろと言い出しかねない」

『殲滅と奴隷化と言わないだけマシと思ってください。これでも私は分別があります。銀河共和国以外に許しを与える慈悲は持ち合わせておりますので』

「……」


 本当に危険な奴だ。


『それにしても、やはり勇者という威光は絶大なものですね。民衆の反応ですがたった一日で、これほどまでに熱狂するとは思いませんでした』

「……仕方あるまい」


 俺は手を振るのをやめて、振り返る。

 眼下には、城下町の人々が集まっている。

 老若男女問わず、この国の人々が総出で集まってきている。

 そして――


「おお……あれが勇者様か」

「なんと美しい」

「凛々しい顔立ちだ」

「素敵……」


 などと、人々が口々に言っている。


『マスターの陰気な仏頂面を美しいと形容するとは、この惑星の人間たちの美的感覚はおかしいですね』

「そうだな。

 だが雰囲気に酔うと判断力も低下するだろう。そういうものだろう」

『ふむ』


 アトラナータが納得する。


『確かにマスターの顔の造形自体は悪くありません』

「そうか」


 つまり良くもないというわけだ。


『しかし、性格が暗いのが問題ですね。もっと明るく振る舞わなくては』

「……かつて泣いている子供に笑いかけた事がある」

『ほう』

「すぐに泣き止んだ。あれはおそらく恐怖だろう。以来、子供の前ではヘルメットを取るなと言われた」

『……私の前で笑わないでくださいね』

「善処しよう」


 オバケ屋敷に行った時は友人たちに「お前はずっと笑ってろ、魔よけだ」と言われた事はある。

 おばけ役のキャスト達が一人もよってこなかったな。


「お疲れ様です、先輩」


 フィリムがやってきた。いつもの軍服ではなく、この国のドレスを着ている。

 中々に似合っている。


「ああ、フィリムか」

「凄い人気ですね、先輩」

「ああ。だがお前もそうだろう。聖女様」

「そ、それやめてくださいよっ」


 彼女は治癒魔術を使い負傷兵を癒した。医療キットも併用して見事な手腕で人々を助けた結果、聖女と呼ばれていた。


「た、単なる衛生兵レベルですよぉ……まあ、悪い気はしないですけど。物語のヒロインみたいで」

「そうか」


 俺は言う。


「ともあれ、これで一安心か」

「はい」


 フィリムが微笑み、俺の隣に並ぶ。


「だが、あくまで一安心……でしかない。聞いた所、魔王軍幹部はまだ三体いるとのことだ」

「四天王……でしたっけ」

「ああ。子細は知らないが、【獣王】【海王】【翼王】らしい。

 魔王軍が理知的な軍人であれば、これを機に和平交渉に持ち込んでくる事もあるだろう。だが、モンスターの集まりであるなら、あるいは人類という種を殲滅させようとしている生存競争なら……」

「諦めない、ということですね」

「ああ。政治的外交手腕のひとつである戦争と、生存競争は別だからな」


 俺は言う。戦う以上、そこを理解しておかねばならない。

 誤解していたら、決定的なミスを犯してしまうだろう。


「勇者様、聖女様」


 伯爵が声をかけてくる。


「謁見の準備が出来ました。国王陛下がお待ちです」


 やっとか。

 俺たちの存在はイレギュラーなので、随分ともめたらしい。


 だが、ひとまずこれで、この世界 における立場を確立できただろう。


◆◇◆◇◆


 玉座の間に通される。


 そこには、豪奢な衣装に身を包んだ壮年の男性がいた。

 彼がディアグランツ王国現王、レグンヴァルス・リゲル・ディアグランツだ。

 隣には王妃もいる。年齢は三十代前半といったところか。

 そして、その娘がリリルミナ姫だ。

 俺たちが入ってくると、王と姫は立ち上がり出迎えてくれた。


「よくぞ参られた、勇者殿」

「ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、フィリムも続いて礼をする。


「お初に御目にかかります、ディアグランツ国王陛下。天界より参りました、勇者ティグル・ナーデと申します。

 今だ未熟で若輩の身ではございますが、この世界と人々を守るため、身命を賭し戦う所存にございます」


 俺の言葉に、王が答える。


「うむ、よく来てくれた。勇者殿。

 このディアグランツ王国は貴殿を歓迎いたす。魔王軍の脅威は、我が国にも迫っている。どうかこの世界を救ってくれ」

「はっ」


 俺は恭しく応じる。


「して……勇者殿。まずは我が娘のリリルミナを救い出した事、感謝する」

「いえ」


 俺はリリルミナ姫を見る。リリルミナは頬を赤らめて目をそらした。


「さて……勇者殿」

「はい」

「そなたは、天界より召喚された星の勇者だというが、それは真か?」

「いいえ」


 俺は素直に言った。その言葉に謁見の間がざわめく。


「召喚、ではありまぜん。

 私は私の一身上の都合にて、この地に降り立ったのです。迷い出た、と言っても間違ってはいないでしょう」

「……ふむ」


 王は難しい顔をする。


「勇者殿は、天界人ではないと申すか」

「いいえ、この世界の人々が天界と呼ぶ世界の出身である、という点においては相違ないかと」


「では、我々の為に魔王を倒すため現れたのではないと申すのか!」


 横から貴族だか大臣だか知らないか、声が上がる。


「いえ。これは姫や伯爵にも伝えましたが、私の目的……使命は人々を魔物から守り戦う事に他なりません。

 それは我々が元居た世界、天界において私の使命でした。この世界に降り立った今も、それは変わりません」

「……」


 貴族たちが押し黙る。


「勇者殿」


 王が言う。


「そなたの事情がどうあれ、そなたが冥王を打ち倒し、姫と軍を救ってくださった事実、そして我らの味方として戦ってくださるという意思、それを受け入れよう。

 勇者ティグル・ナーデよ。此度の働きにより、其方にはディアグランツ王国より勲章を授与する。

 また、王国より正式に、勇者としての称号を与えるものとする。これは王国と、勇者に対する名誉ある称号だ。誇りをもって受け取るがよい」


「拝命いたします」


 俺は頭を下げた。


「また、此度の功績により、そなたに褒美を与えようと思う」

「はい」

「望みを言うが良い。金か? 地位か? 名誉か? 望むものを言え」

「はっ」


 俺は少し考える。

 欲しいものは確かにある。だが……


「まずは、この国における身分と、この国での市民権をいただきたいと思います」

「ほう」


 王が興味深げに言う。


「それだけか?」

「はい」


 俺は続ける。


「私はこの世界に来たばかりです。この惑星についての知識もなく、また文化もわかりません。故に、この国で生きていくための保障が必要と考えます」

「わかった。だが、国の窮地を救った天界の勇者殿が平民というのは些か問題があろう。

 そなたには貴族として爵位を授けようではないか」

「拝命いたします」

「うむ。では、これより其方は勇者ティルグ・ナーデ子爵だ。この国で不自由なく過ごせるように取り計らう事を約束する」

「ははっ」


 俺は頭を下げる。


「なお寄親としてライオネル・アドルム・ガーヴェイン伯爵を推薦しておこう。彼は我が国でも屈指の戦士であり、勇者の庇護者として相応しいであろう」

「はっ」


 俺はさらに深く頭を下げる。


 そうして、謁見の儀は滞りなく終わった。

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