第9話 神の杖

『イエス、マスター。偵察はここまでです』


 俺の言葉に、アトラナータが答える。


 そして……黒い巨体が俺を庇うように、アガンディルに体当たりした。


「なに!?」


 突然のことに、アガンディルはバランスを崩す。

 それは、黒いボディに黄金色のラインが走る、可変型宇宙戦闘機ネメシス。


「もう少し持つと思ったのだが」

『遊びはほどほどにしてください。様子見で死ぬなんて人間のすることです』

「俺は人間なのだが」 


 言いながら、俺はネメシスのコクピットに乗り込む。

 俺はコンソールを操作し、機体を戦闘モードに変形させる。人型形態だ。


「待たせたな」


 俺はアガンディルに向き直る。


「ここからは俺たちのターンだ」

「なに……?」


 死霊騎士は動揺していた。


「貴様、何だそれは……ゴーレム……?」

「違うな」

「じゃあなんだというのだ!」

「ロボットだ」

「……?」


 死霊騎士は理解出来にいという態度を取る。

 どうやら男の浪漫が理解できないらしい。


 俺はブラスターを構える。


「お前を倒すための機械兵器、相棒だ」

「ふざけたことを! この私、死霊騎士アガンディルが貴様のような下等生物に遅れを取るものか!」

「ならやってみろ」


 俺はトリガーを引く。

 放たれたビームが死霊騎士アガンディルに命中したが、奴はびくともしない。


「無駄だ! 魔法攻撃は私には……」


 だが次の瞬間、死霊騎士アガンディルの左腕が吹き飛んだ。


「……!? なっ!?」


 死霊騎士は混乱している。


「なんだ!? 何が起こった!?」

「理解する必要はないな」


 俺は奴の背後に回り込み、ネメシスの拳を叩き込んだ。


「ぐぁっ!」


 死霊騎士アガンディルは吹き飛ぶ。

 木々をなぎ倒し、その巨体は倒れる。


「なぜだ……」

「簡単だ。最初の一発はただの魔力弾だが……二発目はただの光学兵器だったって話だ」

「こうがく……?」


 まあ……お前にはわからないだろうな。


「説明する義理もないな」


 そう言いながら、二発目、三発目のブラスターを叩き込む。


「ぐがあああああっ!!!」


 死霊騎士アガンディルは苦痛に悶える。


「終わりだ」


 俺はライフルを構え、奴の心臓部を狙う。


「や、やめ……!」

「貴様は命乞いをする相手を助けたことがあるのか?」

「あ、ある! だから……」

「そうか」


 そう答え、俺は、死霊騎士の中枢を撃ち貫いた。


 それが事実だろうと嘘だろうと、躊躇する理由にはならない。


「貴様は彼らの勇者を殺した。やってはいけない事をしたのだ」


 断末魔の叫びと共に、死霊騎士アガンディルは消滅した。


 

『お疲れさまですマスター』


 俺はシートにもたれかかるようにして一息つく。


「状況は終了した。周囲に残存勢力無し。まずはこんなところだな」


 俺は周囲を見渡す。そこには、リリルミナ姫とフィリムの姿があった。


「あ……ありがとうございます勇者様! 貴方がいなければ、私たちはどうなっていたことか……」

「気にすることはありません」


 俺は答える。


「今、皆さんを助けられるのは私達だけなのですから」

「はい……」

「む~」


 顔を赤らめるリリルミナ姫と、頬を膨らませるフィリム。どうしたのだろう。


『さて、マスター……』

「ああ、わかっている」

 まだ敵は残っている。冥王だったか。


「死霊騎士と戦い、データは取れたが……次はどうするかだな。

 この機体ならあの山脈まで容易に到達できるだろうが……」

『しかしマスター。さきほどの様子見で、マスターの身体はそれなりに損傷しておりますが』

「そうだな」


 まだ左腕も万全ではない。全身の打撲もある。

 パイロットスーツの衝撃吸収で骨折までには至っていないが……これ以上の戦闘継続は危険か。


 だが……


「敵はさらなる追撃をしてくるだろうか?」

『計算によると76%の確率で送ってくるでしょうね。なにせ原住民の勇者を倒した死霊騎士をあっさりと倒したのです。敵にとってマスターとこ の 私 はかなり危険分子かと』

「ふむ……そうだな」


 となると。


「姫様や伯爵も、当初の目的を果たせずに帰還となると都合が悪いだろうな」


 なにせ勇者も失ったのだ。いくら俺たちという新しい戦力を得たとはいえ、結果だけ見ると敗走に他ならない。


『恩を売るわけですね』

「双方に有益な結果をもたらすだけだ。

 アトラナータ、言っていたな。自分だけでどうてでもなると」

『ええ』

「このネメシスだけで圧倒出来るとは思えない。まさか……」

『はい。ノーデンス本体による……』



 アトラナータの語る戦略は、とても単純かつ相当なものだった。

 アトラナータを作ったというマスター氏はどれほどの人物だったのか。興味は出たが、今はいい。

 俺はリリルミナ姫たちに言う。


「全軍を撤退させてください」

「このまま帰還……ということでしょうか」


 伯爵が言う。彼もこのままの撤退はよろしくないという判断なのだろう。

 なので俺は言う。


「いいえ。この機に乗じて一気に攻め落としますが……皆さんが巻き添えを食ってはいけないので」

「何を……する気なのですか」


 伯爵の問いに、俺は答えた。



「杖を、振り下ろそうと思いまして」


◆◇◆◇◆


 死の山脈にて、死霊騎士アガンディル敗北の報告を受けた冥王ヘルディースは思案する。

 あのアンデッドたちは、決して弱くはない。それどころか、かなりの強者だ。

 そんな彼らがあっさりと敗れるとは……。


「やはり……新たなる勇者か」


 報告にあった、天より現れた勇者は本物なのだろう。

 ならば……手加減も油断も出来ないだろう。


「ゆくか」


 冥王は決して傲慢でも愚かでもない。

 死霊騎士を倒した勇者は決して軽視出来るものではなかった。


「全軍、出撃だ」


 髑髏の半身と腐敗した半身を持つ、冥府の女王。


 彼女が 率いるのは、死霊騎士三百体、リッチー二百体、スケルトン・ウォリア五百体、ゴースト千体、ゾンビ二千体の大軍勢である。


「さて、どれほど持ちこたえられるかな、勇者よ」


 これで簡単に勝てる――と楽観視などしない。

 死霊騎士アガンディルを破った以上、勇者も相応の力を持っているはず。

 ならばこちらも相応の兵力で当たらねばならない。


「いざゆかん、死の軍勢たちよ」


 そして、彼女は出陣した。


 彼女は見上げる。


 陽が落ちる。夜は死者の時間だ。

 星が落ちる。


 流れ星は――不吉の象徴だ。


 そう――



 その星は、まさしく不吉の――破滅の象徴だった。


◆◇◆◇◆


 神の杖。



 それは高度1,000キロメートルの軌道上から地上へ金属製の槍を地上へ投下するという、きわめて原始的で単純な質量兵器だ。

 その音速を遥かに超える速度から発せられる破壊力は核爆弾に匹敵する。


「杖」は衛星などの誘導によって惑星全域を攻撃することが可能であり、また即応性や命中率も高い。

 この惑星には人工衛星は無いが、アトラナータの計算によってピンポイント爆撃は可能だ。


『この文明レベルでは、探知も迎撃も困難でしょう』

「一方的な蹂躙というわけか」


 銀河共和国や銀河帝国のような文明があれば、神の杖のような質量弾の迎撃は容易だろう。だがこの惑星の魔王軍では――


「探知迎撃されたなら、方針を修正すればいいだけか。まずは様子見だな」


 目標は、死の山脈――冥王の拠点だ。

 姫によると、周囲に人間は住んでいないとの事だ。アトラナータのスキャンでも、知的生命の存在は確認されなかった。

 ならば、躊躇する理由はない。


『投下します』


 そして――軌道上から、神の杖が振り下ろされた。



 星が落ちる。


 まさに流れ星だった。それが死の山脈に直撃し、閃光が迸る。


 凄まじい爆音に、大地が震えた。


 巨大なキノコ雲が立ち上る。

 爆発の衝撃波は山々を吹き飛ばし、木々を燃やし尽くしていく。


「…………」


 俺は、その様子を眺めていた。


「……これは」

『成功です。マスター』


 アトラナータが告げる。


「そうか……」


 俺は、空を見上げた。


『マスター?』

「いや……」


 俺は視線を戻す。

 神の杖の実際の破壊を見たことは無かったが……凄いな。


『スキャン中……スキャン終了。冥王と思しき個体の反応ありません。エーテル反応なし。完全に消し飛びましたね』

「つまり、対応は出来ない程度の文明レベルということか」

『我々の知る宇宙魔族であれば、対応したでしょう。雑魚ですね』


 アトラナータは淡々と事実を告げる。


『とはいえ、これでマスターの作戦は完了です』

「ああ」


 俺はリリルミナ姫たちの元へ向かう。



「終わったぞ」

「おお……!」

「なんと……!」


 リリルミナ姫と伯爵が驚く。


「これが……貴方様のお力なのですか……!」

「はい」

「星を堕とすとは……まさに天界人、星の勇者……!」


 俺は振り返り、背後を見る。

 そこには、山脈に巨多大な穴が穿たれていた。大きくえぐれている。


「流石に……やりすぎたか?」


 俺はつぶやく。


『問題ないかと』


 アトラナータが言った。


『山脈が消し飛ぶ程度、悠久の時の流れ、自然の移り変わりの中では些細な事です』

「そういう問題ではないと思うが……」


 まあいい。

 それから数分ほど待ったが、動きはない。

 完全に敵は沈黙したようだ。


「ともあれ、姫様。我々の勝利です。これで作戦目標は達成したのでは」


 俺の言葉に、姫と伯爵は安堵の表情を浮かべる。


「そう……ですね」

「ああ……助かりました。勇者殿」

「いえ。人々を助けるのが我々の使命ですので」


 俺は言う。


「では姫様……」

「はい」


 伯爵はリリルミナ姫に言う。姫は剣を抜き、空に掲げた。


「我らの勝利です! 天より降臨らし勇者殿が我らを救す、冥王を見事に打ち倒ってくださいました! 皆の者、武器を収めよ! これより凱旋を行う!!」


 歓声が上がる。人々は歓喜の声を上げる。

 俺は周囲を見渡す。


「……先輩。みんな喜んでます。先輩が救ったんですよ」

「お前の力もあるだろう」

「そ、そうでしょうか。えへへ」

「そうだ」


 俺はフィリムの頭を撫でながら言う。


「よくやったな」

「はい……えへへ」


 だが、いつまでもフィリムの頭を撫で続ける事に熱中していてもいけない。

 これからの事も考えねば。


 ひとまず、現地人とのコンタクトは成功だ。

 モンスター……魔王軍の戦力もひとまずは把握した。


 しかし、まだわからない事は多い。

 この世界の事をもっと知らねばならない。

 慎重に慎重を重ねて行動せねばならないだろう。


「星の勇者……か」


 俺は呟く。思えば遠くへ来たものだ。

 そしてこれからどうなっていくのやら。


 だが……


 復讐は、まだ始まってすらいない。


「勇者様」


 リリルミナ姫が言う。


「我々、ディアグランツ王国は勇者様を歓迎いたします、是非、王都へとお越しくださいませ」

「はい」


 俺は頷いた。

 断る理由はない。渡りに船だ。


「私、こういう王国って初めてなので楽しみです!」


 フィリムが言う。


「俺もそうだ。行ったことあるのはせいぜいが宇宙ネズミ王国ぐらいだな」

「先輩。それテーマパークです」

「そうか」


 ちなみに年間パスポートも持っている。

 ……もう使えないのが残念だ。だがいずれまた、あの銀河に戻り、宇宙ネズミ王国に行きたいものだ。

 ともかく……


 俺たちは、この惑星……いや、剣と魔法の世界、シクスゼリアへと降り立った。


【星の勇者】として……。

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