第2話 バジリスクのもも肉は涙の味

 ――あれから五年、ここにいるのは、ニ十歳になっても定職に就かず日雇いの仕事をしながら各地を転々とする俺がいた。


 旅の途中で行商人の馬車に同乗させてもらい、俺はセルティアトと呼ばれる町にやってきた。

 親切な行商人に礼を言い、すぐにギルドを目指した。

 どの町にも規模の大小はあれどギルドは存在し、主に仕事を斡旋する為に仲介所としての施設だった。

 旅人の多くは町に到着すると、まずギルドに向かうところから始まる。ギルド長がしっかりとしているなら、旅人や冒険者用に寝泊りできる格安の宿も紹介してくれる。さらには、ギルドが仲介することで出所不明の謎の仕事を社会的に弱い立場の旅人が無理して受けることもない。


 早速ギルドに入ると町の人口の割には、酒場と宿屋それから道具屋も併設されており規模の大きなギルドだった。そして、こうした町に似合わないギルドがあるということは――。


 「やっぱりか……」


 ――仕事募集の掲示板の大半がダンジョン関係だ。

 つまり、この町の近くにダンジョンがあるということになる。


 あまりのショックに落ち込む俺はふらつく足取りで二、三人とぶつかりつつ、酒場のカウンターに向かった。


 「マスター、適当なランチを頼む」


 おう、と愛想よく言った髭面のマスターが早速料理に取り掛かる。

 五年前のあの日以来、なるべくダンジョン関係の仕事から避けてきたが、とうとう運悪くダンジョンで生計を立ててる者達が中心の町にやってきてしまったようだ。

 じゃあ逃げればいいじゃないか、という単純な話ではない。


 ダンジョン近くの町の周辺もその恩恵を受けていることが多く、無関係な土地に行くにはそれなりの路銀が必要だ。だが、今の俺には遠方に移動する金銭的余裕はない。

 少ない財布事情でできることといえば、ここで安い飯を食うことと三日だけ宿で宿泊できることぐらいだ。


 「はいよ、バジリスクのもも肉炒めだ」


 大型の爬虫類系のモンスターだ。


 「うわーい……」


 ダンジョン近くの飲食店あるある、新鮮なモンスター料理。

 釣人アングラーをしていた過去を思い出すが金に余裕もないので無理して食べることにする。

 掲示板以外の仕事も無いか受付に訊ねてみないと、などと考えつつ料理をかきこんだ。


 「マスター、お勘定を」


 高過ぎず安過ぎることのない妥当な金額、懐の財布を――ない。

 慌てて体のあちこちや少ない私物を探しても発見できない。全額袋に入れていただけで、いざという時の金なんてありゃしない。


 (ま、まさか……!)


 気落ちしていたせいで油断していたが、人と肩がぶつかった時に財布をスられたという可能性に辿り着いた。それしかありえない。


 「なあ、兄ちゃん。まさか金が足りないとか言わないよなぁ」


 魔断士エクスキューターでもしていたのかな、筋肉隆々とした腕を組んだマスターが巣を荒らされたオークのような形相でこちらを見下ろしていた。   


 「い、いえ、足りないというか無いというか……」


 「あぁ!? 食い逃げするつもりなら、それなりの対応させてもらうからな! いいか!?」


 「ひいぃ――」


 ここで牢屋にぶち込まれてしまえば、すぐに名前がバレて、家族にも居場所が分かる。これで実家におめおめと戻ってしまうなら身内いや親族中のいい笑いものだ。

 絶体絶命の窮地に立たされ、いっそのこと騒ぎ起こして逃げ出そうかとも考えたその時――。


 「――私がお支払いします」


 カウンターのテーブルの上に請求額ぴったりの硬貨が置かれた。

 マスターも俺もぎょっとしつつ、声の方向に目をやる。そこには、凛とした佇まいで雪国で見かけるような強い白――白銀色の髪の美しい少女が立っていた。

 俺達二人から注視されたのが恥ずかしかったのか、ローブを深く被りなおした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る