第3話 無一文のクルスと魔を断つアミラ

 「ありがとうございました!」 


 酒場の隅のテーブルに席を移し、俺は昼食代を立て替えてくれた少女に深々と頭を下げた。自分よりも三つ四つは年齢が下の少女に平伏するなんて余裕でできる精神状態だった。


 「気にしないでください」


 表情の変化少なく、ふるふると首を横に振りながら少女は言う。しかし、問題はここからだ。

 情けなくも財布をスられて半泣きになっていたその日暮らしの旅人を救うには、それなりの理由があるはずだった。

 一つ、咳払いをした。


 「そろそろ教えてくれ。どうして、俺の事を助けてくれたんだ。何か理由があるんだろ」


 「お話が早くて助かります。お伺いしますが、貴方の名前は、クルス・トライライドで間違いないでしょうか」


 「うぅ!? どうして、その名前を!?」


 誤魔化すことすらできずに馬鹿正直な返事をしてしまう。

 動揺する俺とは反対に少女はほっとしているようだった。


 「良かった。人違いで助けて、一方的に片思いされたらどうしようかと思いました」


 凄い自分に自信があるらしい白銀の髪をした少女は片側だけカールした髪をいじるが、その人形の横顔に見覚えはない。

 改めるように少女は俺の方に向き直った。


 「私の名前は、アミラ・オリュンスと申します。貴方と同じ、ダンジョン釣りに関係する仕事を生業にしています……て、どうかしましたか?」


 ずっと逃げてきた言葉が出てきて、俺は思わず両手で頭を抱えた。


 「……住んでいた町から、遠くにいるつもりだったんで名前を知っている奴がいてびっくりしただけだ」


 「そうですよね、驚くのも無理ないです。私の父は魔断士エクスキューターをしていたのですが、その時に同伴した私は仕事をしている貴方の姿を目にしています。見事な腕前だったと記憶しています」


 「それはどうも、握手でもしてほしいのか」


 「いいえ、一部の釣人アングラーの中には偶像的な人気がある方もいらっしゃるようですが、私が貴方に興味を抱いているのはその釣人アングラーとしての才能です。そこを見込んで、お仕事を依頼したい」


 逃れられない過去の呪縛が絡みつくような感覚にげんなりしつつ溜め息を吐いた。


 「才能ねえ……。それはあまり期待しない方がいい。親父から勘当されて、もう五年も釣竿ロッドは握っていない。釣人アングラーとしての腕を求めているなら、ギルドを通して正規の依頼書を出したほうがいい」


 このアミラという少女にせっかく助けてもらったが、生憎と彼女の希望に応じることはできなさそうだ。

 一年、いや、半年も釣竿ロッドに触れていないなら本来の実力を取り戻すのにその倍はかかる。こんな命懸けの仕事は、鈍った技術で挑戦するものではない。

 黙って俯いていたアミラは意を決したように顔を上げた。その顔に嫌な予感を感じた。


 「それなら、今回立て替えた分のお金を返してください」


 「それはもちろんだが、二、三日待ってくれないか? 仕事を見つけて、すぐに払うから……」


 「いいえ、今日中に返金してください。もし無理な場合は、ご実家に報告します」


 「きょ、今日中!?」


 頭の中に思い浮かべたのは、ギルドの依頼書の貼られた掲示板。そこには、ダンジョン釣りに関係する仕事しか見当たらなかった。

 藁をも掴む、いや手繰り寄せる思いで、立ち上がり挙手をした。


 「マスター! この酒場で給仕は募集していないか!」


 「間に合ってるよ」


 即断られる。先程まで食い逃げ寸前だった男を信用できないのは当然のことだろう。

 どこまでも逃げ続けるつもりだったが、とうとう限界を迎えたということだろうか。


 「まず最初に言っておく、俺はもう何年もロッドに触れていないしダンジョン釣りの仕事に関わってない。君の望み通りの活躍はできないだろう。……それでも、俺の協力が必要なのか?」


 できれば断ってほしいという気持ちで言ったが、アミラはああっさりと頷いた。むしろ、少し嬉しそうだ。


 「はい、構いません。今回はこちらから指名の依頼ということで、相場の倍額の報酬をお支払いいたします」


 よほど期待しているらしい、五年前の俺はどんな活躍をしたんだ。

 依頼主に隠すことなく俺は沈んだ声で応じた。


 「……分かったよ、今回限定で仕事を受けよう」


 「はい、よろしくお願いします」


 「ところで、釣人アングラーだけでは仕事はできない。魔物討伐担当はどこにいる?」


 辺りをきょろきょろ見回すが、それらしい人物は見当たらない。もしかして、今から探すところだろうか。

 ふとアミラが自分の胸の辺りに手を置いていることに気付いた。


 「まさか……」


 「はい、貴方が釣人アングラーで私が魔断士エクスキューターとしてパーティを組みます」


 屈強な戦士達の姿から程遠い少女がそう告げると微笑んだ。

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