第9話 小杖 ☤

 産科医だったころは、枕元にケータイ電話を置くのが習慣だった。


 それ以来の条件反射で、着信ベルが鳴ると日中と言えどもビクッとする。

 電話をかけるのは嫌いじゃないが、かかってくるのは未だにストレスだ。


  3Gサービス終了を潮時にケータイ無用の気儘もとめむ


 ひと月前はこんな短歌も詠んでいたのだが、結局は……。


  色違ひのスマホを持ちて妻とわれ新規設定に休日つひやす


 そして「夫唱婦随」ならぬ「婦唱夫随」とばかり、アマゾンで色違いのケースまで購入してしまった。

 これこそ夫婦円満の秘訣!


  老境は須(すべか)らく妻に従ふべくスマホ買ひケースもそろへて候


 スマホを使って驚くのは、その音声入力の速さと正確さだ。

 エッセイの下書きなら口述筆記が十分楽しめる。


  「執筆を!」とスマートフォンに語りかけ安楽椅子にてエッセイを草す


  随筆も安楽椅子に身を沈めスマホに語りて草し終(を)ふなり

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🎿 転ばぬ先の杖 ⚽ 医師脳 @hyakuenbunko

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