011 真実を求めて

 いきなり気まずくなった空気の中、場を和ませようとハナビが口を開く。


「それは悪いことしたね……。でも、アイゼンがまだこの領都にいるって話は本当だったんだねぇ……。今も元気にしてるのかい? 私は直接は会ったことないけど、もう相当なお歳だってことは聞いてるよ」


「……今朝、亡くなった。兵士崩れか、冒険者崩れかはわからないけど、それなりの手練れが数人押し入って来て殺されたんだ」


「それは……悪いことばかり聞いて悪いね……」


「いや、いいんだ。むしろ、この事実を広めて犯人を捜し出したいと思っているから」


「そうか……あんたは強いね」


 少しの沈黙。

 ハナビは自分の中にある疑問を言うべきか悩んだ後、再び口を開いた。


「でも、それだけ親しかったのなら、自分がなぜ貧民街にいるのかも話してくれたんじゃない? アイゼンは歴代の騎士団長の中でも屈指の有能さで、立てた功績の数は計り知れないとまで言われている。そんな人が退団後に役職や爵位も与えられず貧民街に押し込められるなんて、何か相当な原因があったとしか思えないけど……」


「俺もそう思っていた。けど、師範は最後まで何も話してはくれなかった。それでも、反逆を企てていたとは思えない……。少なくとも俺の父パルクスに対しては最低限の敬意を持っていたと思う。四男のベリムには相当酷いこと言ってたけど……」


「まあ、あのボンクラは酷い奴だからね。貴賤きせんのない意見を言えばそうなるさ」


「……なあ、クロエもそう思うだろ? 師範が反逆なんてありえない」


 クロエに助けを求めるラスタ。しかし、クロエは思いがけない言葉を口にした。


「私も個人的には『ない』と思っています。でも、『ある』と考えると辻褄が合うこともあります。師範がラスタ様を育てた理由……それが騎士団長の座に返り咲くことだとしたら……」


「な、何を言い出すんだクロエ……」


「決闘の儀の存在を知っていれば、五男のラスタ様が領主になる未来を想定できる。そのために鍛え上げることができる。そうすれば、恩人となった自分は元の立場に戻れる。それどころか、まだ年端も行かないラスタ様に代わる摂政せっしょうとして存分に権力を……」


「クロエ!」


「可能性の話ですよ、ラスタ様。私だって考えたくはありませんが、もし師範が反逆者でアッシュ団長がそれを見抜いた人ならば、アッシュ団長は相当に信頼できる人物になる……。これからの私たちに欠かせない人材になるんです。どちらかに偏った見方では、人を見極めることはできません」


「……そうだな。俺が熱くなりすぎてたよ。信じることは疑わないことじゃないって、いつか師範が言ってた気がする。だから、今はいろんなことを疑って疑って……真実を探そう」


「ご立派ですラスタ様。これは可能性の話なんです。だから、アッシュ団長が騎士団長の立場欲しさにアイゼン師範をおとしいれた可能性だって全然あるんです」


「うん……。ただ、どちらにせよこの領地の闇は深いな……」


 君主に対する反逆か、権力欲しさの謀略ぼうりゃくか……。どちらにせよ平和とは言いがたい静かな戦いが、城の中で行われていたことになる。


「とにかくアッシュ団長本人の話も聞く必要がある。ハナビ、団長はいつ頃遠征から返ってくるかわかるかい?」


「君主が死んだわけだから、騎士は飛んで帰ってくるさ。明日か明後日にでも、この領都シルバリオに戻ってくるだろうね」


「何事もすごいスピードで俺に向かって来るな……。でも、心の準備が……なんて言ってられない。アッシュ団長が帰り次第、俺も新たなる領主として挨拶をしようじゃないか。そして、疑惑に対する調査も進めていかないとな」


「……ねぇ、もし私が言ったウワサがすべて真実で、アッシュがとんでもないド悪党だった時……あんたはどうするんだい?」


「罪を裁く。領主として、それしかないんじゃないかな?」


「本当に強いね、あんたは……。じゃあ、もし真実を追求することで自分に危害が及んだら?」


「……今までに何かあったのか?」


「私たちの隊長だった人はねぇ、銀灰遊撃隊以外に残った唯一の隊のリーダーとして、あいつらの正体を探ろうと動いていたんだ。でも、ある日から詰所に来なくなった。どこにも見かけなくなった。探したけど、数が少ない私たちだけじゃ……。それにもうこの世にいないかもしれない……」


「アッシュ団長を追及すれば、俺たちもそうなると?」


「わからない……。何もわからないよ……! でも、私はあんたたちと話してて楽しいと思ったし、良い子たちだなと思った。アッシュのことを全部しゃべった後に言うのもアレだけど……いなくなってほしくない。やめときなよ、あいつに関わるのは」


「ハナビは優しい人だね。会ったばかりの俺たちをこんなに心配してくれる。でも、そのお願いは聞けないな。俺はシルバーナ領の領主になる男だから」


「あんた呪いの子だからって、ずっと酷い環境で暮らしてきたんだろ? でも、領主になったら誰も差別なんてできないよ。このまま大人しくしとけば、やっと良い暮らしができるんだよ……!」


「確かにそうかもしれない、一時的にはね。本当に平穏な暮らしというのは、厄介事や面倒事から目を逸らして生きることじゃない。俺がここで目をそむければ、俺はいつかクロエやハナビ……君も失ってしまう。せっかく出会えた君を、俺は失いたくない」


「えっ……私を……?」


「ああ、君は信用できる女性だ。俺のこれからの人生に必要な人だ」


「そ、そんないきなり……っ!」


「だから、俺はたとえアッシュ団長がド悪党でも立ち向かう。大丈夫、こう見えて体だけは強いからさ! 単純な暴力に負けはしない。ジュース、とても美味しかった。また来るよ」


 ラスタとクロエは頭を下げ、詰所を去ろうとする。


「待った!」


 それを呼び止めたのはハナビだった。


「体だけは強い……? 暴力には負けない……? なら、それを私に証明してみせな!」


 ハナビはバーカウンターに散らばった書類の中から1枚を選び、ラスタたちに見せつける。


「これは私からの挑戦状だ!」

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